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痛快娯楽迷宮語「天地人獣」  作者: 五十嵐キサラギ
序章「迷宮探索集団『ヴィヴィアン』結成編」
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九話「登場、天才Summoner!」前編


 澱み討伐の翌日、ベリルは日の出と共に安宿の固いベッドの上で起床し、探索者ギルドに向かった。

 早朝特有の迷宮へと向かう探索者でごったがえす、この賑やかな雰囲気を感じるのは随分と久しぶりだ。

 やはり地下に潜る探索者と言えども、その生き方は太陽と共にあらねばならないとベリルは痛感する。

 

 昨晩、ギルドへの簡単な報告を済ませたベリルとメアはこれからの事を少し話した。

 彼女は今、来る時にも頼った遺産管理局員の先輩の部屋に泊めてもらっているらしい。

 とりあえず、朝にギルドに集合する事。どうやって迷宮探索を進めるか。他の仲間をどうするかをその時に決めよう。という事にして二人は別れた。

 

 まずはメアを待ちながらゆっくり朝食でも食べよう。この街に来てすぐの頃は、食費を切り詰めるためによくギルド横の食堂で提供される探索者向けの朝食サービスを利用したものである。

 何と百ソルでコーヒーと日替わりのパン、更にゆで卵がつくアンカルジアで最もお得な朝食だ。

  

 ご機嫌な考えでベリルが食堂へ足を運ぼうとすると、彼の目の前に一人の少女が立ちふさがった。

 少女どころか幼女と形容してもいいほどに幼い顔立ち。身長も低く、探索者の中に紛れれば見えなくなってしまうだろう。白いフリルのついた黒のゴシックドレスに身を包み、頭にはレース付きのシルクハットを被っている。手には身につけている服装に合わせたゴシック柄の傘が握られていた。


 少女はベリルを見上げると、その顔立ちに似合わない、気難しい表情で喋る。 

「おはようございます。ベリル・ザトー」

「これはギルド長。おはようございます」

 その幼い彼女に対して、ベリルは恭しく礼をする。そう。何を隠そう彼女こそ、アンカルジアの探索者ギルドをまとめあげるギルド長。ティニア・デスモンドなのである。


 初対面の者は誰もが、この齢にして八歳の少女がギルド長にある事に驚く。その可憐な風貌と礼儀正しい態度から、実権を持たない偶像的地位なのだろうと思う。実際、彼女にまだ実権と言えるようなものは少ない。


 ベリルはゴンドラの一員となりギルドからも期待された以上。自然と彼女との接点は多かった。

 そして何故か、ゴンドラの中でも自らを気にかけくれていた事もあり、彼女に対して礼儀を欠かさないようにしている。


「貴方には昨日の事で、話したいことがあります。朝ごはんはこれからですか? ごちそうしますよ」

「ならお言葉に甘えて」

 

 探索者ギルドにある食堂は、職員や探索者はもちろん場合によっては祝賀会等に使われる事もあるからか、非常に広くその内層も清潔が保たれている。メニューの値段も割安だ。

 命懸けの探索に出る前の食事くらいは、真っ当なモノを口に入れるべきだという考えで成り立っている。

 ベリルは朝食サービスの他に昨日の昼食と同じホットサンドを、ティニアはホットミルクティーを頼み、テーブルの席についた。一口ミルクティーを飲んで、ティニアは喋りだす。


「まずは、ギルドより感謝を。襲われた探索者は治療院で命を取りとめました。二層に現れた澱みの討伐。ご苦労です。足だけが残ったというのは不思議ですが、調査は今日から行う予定です」

「為すべき事をしたまでですよ。それに俺一人の功績ではありません」

「もちろん。貴方と組んだというコードトーカーの方にもいずれお礼を言うつもりではあります」


 ところで。と、ティニアは人差し指を立てる。

「ジョゼフから聞きました。貴方が、再び迷宮へ挑むつもりだと」

 その口ぶりから本題はこっちの方らしい。

「……期待はしないでくださいよ。ゴンドラの元メンバーと言っても、俺は所詮替えのきくアタッカーです。期待するなら、ティーとセラっていう二人組の方だと俺は思いますよ。俺の数倍強い」

「その二人になら、既に一度会ってます。昨日助けを送りこむのに、彼女たちに直接お願いしましたのは私です」

「さすが。耳がお早い」


「その上で貴方にも期待しているのです。ベリル・ザトー。私は一度の失敗で怒るほど、短気ではありません。何度負けても、最後の一回を勝ったのなら、それは真の探索者です」


「ギルド長……」

「それにベリル。貴方はまだ十七くらいだったでしょう。人生の半分の半分も生きてないのに、そんな弱気でどうするのですか」

 自分の半分も生きてない少女に、情けない事を言われてしまっている。彼女はそういう子だ。例え年上にあっても、物申す時は一切遠慮をしない。

 

「……説教はこのくらいでいいでしょう。私は貴方を褒めに来たのであって、怒りに来た訳ではありませんから」

「ギルド長には、いつも感謝していますよ」

「これも仕事ですからね……そういえばベリル、この一年貴方は何をしていたのです。モクモクを吸うことに文句は言いませんが、規則正しい生活をしていましたか? 後、また私への呼び方がギルド長に戻っているではないですか。私の事は『レディ・デス』と呼ぶようにとアレだけ言ったのに、すぐ忘れるのですから」

「説教続いてるじゃないですか」

 

 言いながらも、ベリルは大人しくティニアの小言を聞き朝食を食べる。彼女からの小言を聞くのも一年ぶりで、少しだけ心地良かった。


 しかし、いつ言われても「レディ・デス」は無いだろうとベリルは思っている。

 ティニアとしては、まず呼ばれ方に威厳を付けたいという意味もあるのだろうが、彼女を日常的にレディ・デスと呼ぶ者をベリルは見たことがない。



 他の仕事があるというティニアと別れ、朝食を終えたベリルはギルドに戻る。時刻は現在八時。既に最初のラッシュは通り過ぎて人はかなり減っていた。

 辺りを見渡すが、メアの姿はない。あの遺産学院の制服は相応に目立つので、まだ来てないという事だろう。

 

 そろそろ来て欲しい時間なのだが、これについては余りベリルが言えた事ではない。食後の散歩がてら、メアを探しに遺産管理局辺りまで行こう。

 人通りの少ない探索区画を歩いているとふと、路地の方から声が響く。

  

「きゃあっ!」

 ベリルが反射的にその方を向くと、路地から吹き飛ぶように少女が転がってきた。すぐに立ち上がったが、身に纏うフードマントは土埃まみれだ。


 顔立ちと身長から見て、十代前半の年頃だろうか。淡い桃色をした、短いおかっぱの髪で、左右をリボンで結んでツーサイドアップにしている。

 手には大事そうに、古めかしい本を一冊抱えており、それが原因で受け身を取れず転がったようだ。


 しかしそれよりも驚くべきは服装だ。上は布面積の少ない黒のチューブトップのみ。下はえんじ色のミニスカートに、レース柄のニーハイソックス。一瞬下着姿かと見間違うような露出度だ。

 フードマントで身を包んでおりかろうじて肌を隠しているが、それが却って一見痴女のような背徳感を出しており、余りにその年令に見合わない。 


「!」

 ベリルが興味半分心配半分で見ていると、助けを求めるように見る彼女と目が合う。ベリルは慌てて目を逸らそうとするが既に遅かった。

「ちょっと、何で目を逸らすのよ! 乙女が助けを求めるんだから、諸手を挙げて一心不乱に助けなさい!」

 少女は真っ直ぐ突撃するようにベリルに走って来る。このアンカルジアでは美人には何かと縁のあるベリルだったが、今回は随分とドギツいのが来た。


 ベリルは少女ではなく、彼女が走ってきた方を見る。そこには、分厚い本を片手に持った黒コートの男が立っていた。長い黒髪に陰鬱そうな目つき。その目はベリルも少女も見てないように虚ろだ。

「それがお前の奥の手か? 小娘」

「そうよ! あんたなんか、この……えーと、私の仲間が倒すんだから!」

 男の言葉に少女はベリルのジャケットの裾を掴んで叫ぶ。デカい態度の割に、下僕とか家来と呼ばなかった事には一応努力を認めるべきなのだろうか。


「どうせ口から出まかせだろう。巻き込まれたな、お前」

「それはいいが、こんな子相手にちょっと大人気ないじゃないか?」

「俺はデカい口を叩いて喧嘩を吹っかけてきた小娘を追いかけてきた。それだけだ」

 男が少女を指差すと、少女が叫ぶ。

「ま、負けは認めたじゃない!」

「負けて謝って終わりじゃあ、勝負の意味が無いだろ」  

 少女は手に持つ本を守るように身を丸める。どうやら目当てはこの本らしい。男も同じように本を持っている事からも間違いないだろう。


「ただの大嘘かとも思ったが、そうやって必死に守るという事は騙したい訳じゃあないんだな。そこは謝ってもいい。それにだからこそ、手に入れる価値が出てきた」

「嘘じゃないし、渡しもしないわ!」

「埒が明かないな」

 男がこちらへと歩いてくる。少女は慌ててベリルの後ろに隠れた。

「た、助けて……!」

 先ほどまでのデカい態度は嘘のように、少女は気弱に助けを認める。男はつまらなさそうにベリルを見る。

「言っておくが、女の前でカッコを付けたいのならやめておけ。恥をかくだけだ。庇って得になるような小娘でもないぞ……その本がロジャード・ノクトバーグからもらった。なんて見え透いた嘘を付くような奴だ」

「んー……?」

 ロジャード・ノクトバーグの言葉に反応して、ベリルは少女の方を見る。少女は強気に叫ぶ。


「本当よ! 嘘なんてついてない!」

「……なるほどね」

 ベリルは腰のフライパンを抜くと、軽く回してロッドにし構えた。

「今ので決めた。この厄介事に首をツッコむ」  

「何だと?」

「カッコ付けて、お前に恥をかかせてやりたくなった」 


 ニヤリと笑うベリルに、男はやれやれと首を振って、開いた本のページをなぞった。

「全く。探索者というのは、勇気と蛮勇の違いを知らない者ばかりだな……『レギオーン』」

 瞬間、音も無く男の側に影が立つ。黒く揺らぐ身体に骸の顔、剣を持つ四人の影騎士。ベリルは身構えた。コードなのは間違い無いが、何かが分からない。


「安心しろ、殺しはしない。適当に痛めつけるだけだ」

 男が一歩引くと同時に、四人の影騎士がベリルへと向かう。否、一人テンポが違う。アレはおそらく、後ろの少女が目当て。どちらにせよ、人間では無い以上手加減する必要は無いだろう。

 

 ベリルはフライパンを二度振り回し、肉体強化コードを行使すると加速。少女目当てであろう影騎士に、反応させる間も無くその後頭部を打ち抜く。メキリという音がして影騎士が吹っ飛ぶ。物理的攻撃も有効で何より。


「フラン」

 プレート部を熱しながら、左掌底でようやく攻撃態勢に入った影騎士の脇腹をめり込むように打撃を入れる。

「ヴェー」

  

 炎燃え盛るプレートで三撃打ちのめして一体、切りかかってきた影騎士の剣戟を躱し、フライパンを振りかぶって火球を投げつける。直撃して炎上しながら、影騎士は声も上げず倒れた。


 まさしく瞬殺で、ベリルは四体の影騎士を下した。これには、男も少女も目を見開いて驚く。

「後何体出せる? その数によっては、本気でやらなきゃならんのだが」

 ベリルはフライパンを向けて余裕を見せる。男は少し考えて、ため息をついて本を閉じコートの中に収めた。


「力量を見誤った時点で、俺の負けか……」 

「話を分かってくれて助かるよ」

 つい最近、話の分からない奴にエライ目に合わされたから、余計にそう思うベリルである。

「全く感心する。そんな面倒の種にしかならなそうな小娘一人を助けようとするなんて。お人好しなんだな」

 

 嫌味でなく、心底理解出来ない。という風に男は首を傾げる。

「他人から施された無償の親切は、別の他人に無償で施し返せ。アンカルジアの探索者が守るべき事の一つだ。ここに来て浅いなら、覚えておくと損はない」


 そうやって生まれる「善意の輪」こそが、人が良識によって成り立つという何よりの証明となる。

 アンカルジアが独立した都市として存続出来るのは、迷宮から得られる無尽蔵のエネルギーだけではなく、この理念が守られる事による治安の良さが大きい。


「崇高な理念だ。感動するね。俺は、今まで他人に助けられた事が無いから一つも共感出来ないがな」 

 この態度だ。おそらくソロの探索者なのだろう。

 常に一人で行動する探索者はかなり珍しい。そしてそれが虚勢や見栄で無いのなら、かなりの実力者だ。


「今は無くても、これからあるかもしれないぞ」

「なら、そうならないよう行動するだけだ。精々お前達はその大層な理想論を守ってくれ。その小娘は、今回は諦める。だが一つ忠告しておくが、そいつは面倒の種にしかならんぞ」

 男はそう断言して去っていった。


「面倒の種、か」

 ベリルはフライパンを戻すと振り向いて、去る男を未だに威嚇してしている少女を見る。

「助けたついでだ。話くらいは聞くけど、どうする?」

 すると、少女はベリルの顔をジっと見て答える。

「ま、及第点ね」

「何が」

「武器がフライパンなのはダサいけど、腕と顔は悪くないわ」


 助けた人間に対する態度がそれか。

「私、キャロル・チェイスよ。あなたは?」

「……ベリル・ザトー」

「ベリルね、覚えたわ。とりあえず、私にご飯を御馳走しなさい! 安い朝食サービスじゃないわよ、ちゃんとしたの!」 

 キャロルはフードマントの埃をはたいてバサリと翻し、その水着同然の服装を露わにして胸を張る。


「たかりたいだけなら、帰らせてもらうぞ」

「あ、待って! ちょっと待って! 私、昨日水しか飲んでないの。お願いします! これも縁だと思って!」

 途端に涙目になってキャロルに抱きつかれながら、ベリルはこれで良かったのかと少し考えてしまった。


次回更新は来週水曜日です

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