四話「同行者と探索と第一階層」後編
話数編集作業によって生まれた回ですので新規のお話ではありません
「ありがとうございました。お金までお借りして……」
「金はまあ、俺も来てすぐはいろいろんな人に世話してもらったから気にしなくていい。ただ、そんな状態でこの街に来るのは気をつけた方がいいですよ」
「すみません……」
二人は少し早足程度のスピードで、第一階層の表層を歩く。探索者登録を済ませた後、早々にベリルとメアは迷宮内へと脚を踏み入れた。
時間が時間である以上、制圧済みで安全な第一階層の移動を行いながら、互いの簡単な自己紹介と昼食を済ませる。
まさか初日でコードトーカーを誘えるとは思わなかった。しかしどうも話してみればこのメアという女。見た目以上の難物である予感がする。
まず探索者になるために必要な事項を全く知らずに、現地の知り合いのみを頼りにこの街に来たという無謀ぶり。まあこれはベリルもそう大差なかったので良い。良くないんだがいい。
だがまず持ち金がしわくちゃの一万ソル紙幣一枚と小銭少々なのには面食らった。オルフォンの銀行にはある程度の貯金があると言われたが、それがこのアンカルジアで変わらず引き出せるとでも思ったのだろうか。結局探索者登録に必要な費用をベリルが建て替えてやる事にした。
これは親切と同時に打算もある。金を貸し、恩を売る。投資のようなものである。フリーのコードトーカーを仲間に引き込むにはちょうどいい理由だ。
彼女はどうやら、今日までオルフォンどころか学院に入ってからはほとんど外に出た事が無いらしい。
そう、話して分かった事は彼女は致命的に探索者に向いて無さそうだという事だ。人生の大半を学業で過ごし、外に出るのは実家に帰るのと課外授業くらい。
箱入り娘のお嬢様というよりは根っからの学者気質という事か。
ベリルは遅い昼食のホットサンドを食べながら彼女を見る。第一階層の更に表層とはいえ、彼女には宝の山なのだろうか。興味深そうに右へ左へと視線を動かしながら、サンドイッチをかじる。
サンドイッチやホットサンドは、食い歩きに適し片手で食べられる事から迷宮探索者には好かれやすい食べ物だ。彼女も何も言わない事から、学生時代で読書のついでに昼食を済ませる習慣が身についたのだろう。
ちなみにこの昼食代金もベリルが出している。これは単純な親切だ。
「それで、メア・ベルトシュタインさん。今後の事はともかく、今日は短い時間とはいえパーティーとして組む事になる。なんて呼べばいいかね」
ベリルは少し歩みの速度を落とす。テンポは彼女に合わせるべきだ。メアは小走りにベリルの横まで追いつき喋る。
「あ、はい。友達はよく私の事。ベルトさんって呼びますけど、好きなように呼んで頂ければ」
ベルトシュタインの姓と腰の大型ベルトから取ってのあだ名だろう。
「じゃあメアさんで。俺はベリルでもザトーでも好きな方で呼んでくれればいい……体力の分配は重要だから、辛い時は言ってくれ。でも慣れてもらわないと困る。ここには迷宮の深層を調査する為に来たんだろ?」
「はい。このアンカルジアの迷宮を調査するのは私の夢でした。これだけ大規模な迷宮でありながら、まだ四階層より下は……ほとんど手付かずだそうじゃないですか!」
「あ、ああ。まあそうだな。ロジャード・ノクトバーグ以外に四層以降を潜ったなんて話はない」
疲れ気味と思いきや突然言葉の調子が上がるメアに、ベリルは引き気味に頷く。心なしか彼女の歩みは大ぶりになる。
「貴方もご存知かもしれませんが、大陸で発見済の迷宮は探索の完了と制圧が済んだものがほとんどです。私達が今を生きる為に迷宮の踏破が必要な事は認めます。ですが、迷宮は資源の宝庫である前に、遺産文明の痕跡色濃く残る貴重な遺跡! それを生活資源として利用するが為だけに荒らし、金品目当てに遺物を盗み取るのは見過ごしてはいけない事態だと私は考えております! そもそも、コードトーカーは妖精言語学者に与えられる資格。迷宮を踏破する為に生まれた盗掘者や魔法使いではありません!」
彼女は熱弁し、荷物から取り出した水筒の紅茶をグイっと飲んで続ける。
「もちろん私も、コードトーカーを武器にして探索者のパーティーに入ろうとしています。真に迷宮を憂う者からすれば私も褒められた者ではないでしょう。でもだからといって、本国の遺産管理局に勤め、何度仲介を果たしてやってきたかも分からない遺物を、制約だらけの中で調べるというしがらみのある研究者になりたくなかったのです! 迷宮探索者には、迷宮内で発見した遺物を好きに扱っていい規則があると聞きます。私から言わせればこの規則にも言いたい事が山ほどあるのですが……変えられない規則に文句を付けている暇はありません! 私の最終目的は、『妖精』を見出す事にありますから!」
言い切って、大きく息を吐いたメアに、ベリルは形容し難い顔をする。よくもあんなに喋りながら歩けるものだ。存外体力はあるのだろうか? そして、最後の一言に引っかかるものがあって尋ねる。
「まあその、大演説ありがたいが、あんた……メアさんは、妖精が本当にいると思っているのか? 過去の伝承にある妖精が比喩的なものではなく、確かに存在すると?」
妖精。旧時代の人類にコードを始めとする技術を教授し、文明を絶頂期に導いた存在。為した事の大きさからはおかしい事に、妖精そのものを示すものは一部の文献程度にしか記されていない。その文献自体も要領を得ないもので、妖精というのは知識を与えた何らかの啓示や集団の比喩であるという見方が大きかった。
メアは自信満々に頷いた。
「当然です! 妖精の正体に関しては諸説ありますし、その一切が不明な以上、何が正しいかは分かりません。ですが、私は間違いなく妖精は実際に存在したと考えています。それを証明する為になら私は嫌悪する探索者となる事を躊躇いません!」
跳ねるように飛んでベリルの前に出ると、彼女はグイっとベリルの方へと顔を近づける。至近距離で見つめられるが、初対面はともかく今の過程を経てドキっとするほど子供ではない。
というよりこの女。今自然に探索者を嫌いだと言ったな。コードトーカーじゃなければ誰も組みたくないタイプの人間だ。例え本心では探索者という職業を毛嫌いし馬鹿にしようとも、それは口に出さないのが礼儀というものだ。
「熱意はよく伝わった。存分にな。それじゃあ、昼飯も片付いたしそろそろ本格的な探索と行こうか。今日の俺達の迷宮入りはすこぶる遅い。第二回層を下見する程度の探索と思っといてくれ。とはいえメアさんも初めてだろうから無理はしないほうがいい」
冷静にベリルは切り返すと、目の前にいる彼女は突然自分の行いに気づいたのか顔を赤らめて恥じらうように距離を離して頷いた。熱が入ると周りが見えないタイプのようだ。
「い、いえ。それに関しては異論ありません。私としても一緒に潜ってくれる方を探していましたので……す、すいません。ちょ。ちょっと休憩させてもらえますか……」
そして息を切らして立ち止まる。熱が入ると物理的な肉体限界も無視してしまうらしい。
ようやく表層が終わるという所なのだが、しかし初めてでペース配分が出来ていない事情は憂慮すべきだ。ベリルはちょうど腰掛けれそうな資源残骸を見つけ、彼女に座るよう促した。
地面から出た資源が、おそらく今日の探索者が採取して平たい切り株のような形になっている。このように根こそぎ取らず、また盛り上がってくるのを待つ。この状態だと大体三日ほどで、採取可能な大きさになる。
「あ、ありがとうございます」
メアは上品に腰掛けて、紅茶を飲んで一息付く。
「それにしても何て大きなフィルターなんでしょう。知識としては知っていましたが壮観です」
「フィルター? ああ、そういえば表層の正式名称だったっけか」
「そうです。私も資料は何度も目を通していますので、大体の構造は把握しています」
第一階層は大きく二層に分かれている。迷宮入り口から続き、地表に出ている表層と、第二回層へと続く内層だ。この第一階層は迷宮にとってフィルター。巨大な濾過装置らしい。表層にある資源とはつまり、今だ生きている迷宮の地下階層の活動による過剰エネルギーがこの第一階層を通して吹き出し、結晶化したエネルギーの塊なのだ。
そう。迷宮は遺産文明が衰退消滅し、何千年も経った今なお生きているのだ。まず建物や施設が生きているというのが今の技術では解明出来ていないのだが、迷宮は一つの巨大な生命体であるというのは判明している。
「そりゃあ助かる。じゃあここから先、内層からは迷宮生物。魔物が出て来るのも知っているな」
階層毎に分かれて生息する魔物は、探索者達にとって命を脅かす敵であると同時に貴重な資源である。迷宮が巨大な生命体であるとするならば。迷宮に住む魔物達はさしずめその細胞か微生物だろうか。
「第一階層は制圧済みだから魔物が出るって言ってもたかが知れてるが、事故で怪我をする探索者はいくらでもいる。油断している奴は特にな」
例えば二年前のベリルがそうである。
「小さいのなら課外授業で見たこともありますよ」
「なら、戦った事は?」
「そんな! 魔物は迷宮の一部ですよ? 本来倒す事は推奨されない行為です!」
メアには悟られない程度に、ベリルの表情が険しくなる。戦った事が無いなら良かった。これから慣れればいい事だ。しかし彼女のこの物言いは戦う事そのものを拒否している。
「……一応聞くが、何か自衛の手段は? 戦闘用のコードでもいい」
「遺産学院でそんな野蛮なモノは学びません。防御手段としてのコードは幾つかありますが」
それを誇りだと胸を張るように答えるメアにベリルは更に突っ込んだ質問をする。
「もし魔物が襲ってきたらどうするつもりなんだ?」
「魔物達が人間を襲うのは、捕食の為ではなく敵対侵入者に対する拒絶の意味合いが強いです。コードトーカーの迷宮での役割は迷宮や魔物の特性を理解した戦闘や罠の回避です。戦う事ではありません。それにそのような不測の事態の為に、私は貴方のような仲間を必要としました」
「なるほど」
彼女の目的が深層の遺物である以上、どう考えても敵対侵入者である事は拭い難くつまり襲われるのは必然なのだが、そこに気づいていないのか。
何故遺産管理局の人間が自ら探索調査をせず、ある程度の不満を承知の上で探索者に迷宮探索を任せるのか。それが分からないのか。
理解する知能よりも、探究心が上回った結果なのだろう。愚かな事だが、フリーのコードトーカーという要素に、探索者として必要な他の要素を全く見なかったベリルも大差はない。
彼女とこれからも探索を共にするにせよ、今回限りの仲間とするにせよ、いろいろ学び取ってもらう必要はありそうだ。
「それじゃあそろそろ内層に向かうか。戦闘回避の仕事、頼りにさせてもらう」
「は、はい!」
メアは慌てて立ち上がり返事する。自身の専門分野を語っている時とそうでない時で言動の差が激しすぎるのも改善した方がいいポイントだ。
表層から内層へはかつては緊急用に使われていたと思われる大ハシゴしか無かったらしいのだが、制圧が完了した後往復のための昇降機がついた。二人は昇降機を用いてそのまま内層へと向かう。
第一階層の内層こそが本当の意味での迷宮の入り口と言っていい。表層を歩き回って資源回収をするだけでは探索者とは言えない。例え浅くても、地下に潜ってこその探索者である。
地下であるというのに、内層はとても明るい。これはまだ浅く太陽の陽が届くから。ではない。迷宮の地下は不可思議な光源の力によってどれだけ地下にあろうとも基本的には明るいのだ。この光源もまた、迷宮が生命体であることの一つの証明であると言える。
内層には表層とは逆で天井に結晶化した資源がつららのように垂れ下がっている。採取が面倒なので表層とは違いほとんどの資源はそのままだ。たまに伸び切って跳躍程度で取れる資源を、小遣い稼ぎに折って帰る程度だろう。この資源は時々ポッキリと折れて落ちて来る事があるので注意が必要となる。
「わぁ……」
大規模かつ幻想的な風景にメアは感嘆の表情を顕にする。ベリルは魔物が近辺にいない事を確認してから歩きだす。
「上を見ながらでいいから付いてきてくれ。周囲は俺が警戒するから一旦気にしなくていい」
「っと、分かりました」
二人は無言で内層を進んでいく。この辺りにいる魔物は強さもそうだが種類や出現場所も知れている。制圧済みの階層は魔物が出現する場所自体をある程度コードで制御しているからだ。
ベリルは後ろのメアと背後を気にしながら黙々と進み、魔物の出現場所を見つけるとそこを指差す。
「ん、いるな。あんたが見たことあるのも多分アレなんじゃないのか?」
「え? ……あ、そうです。資源スライム。ですよね」
「そうだ。あいつは白だから結構当たりだな」
エネルギーがフィルターによって結晶化せず、固形ジェル状のまま動くようになった魔物。それが資源スライムだ。色によってその資源の質が分かり、基本的に透明に近い程高品質な資源で出来たスライムになる。
一見すればブヨブヨの塊に過ぎず、手足や目鼻口といった生物を表わす記号もない。だが動くし、地面に生えている苔を食べたりする事が分かっている。
余程の攻撃的な事をしない限り害は無い。が、資源スライムは素人でも倒すのが容易で結晶状の資源より値がつく。内層まで来る人間は大抵帰りの駄賃程度の感覚で倒そうとする。
「倒すんですか?」
試すようにメアが尋ねる。正直白は無色の次に良い色なので倒したいのは山々なのだが、今日は金稼ぎに来た訳ではない。
「今日は、倒さない。二層に向かう方が優先だ」
今日。を強調してベリルは答える。抗議の一つでも飛んでくるかと思ったが彼女はベリルを少し見つめた後、すんなりと頷いた。
「……分かりました」
言葉には少し否定的な感情があったが、まだそこを無理に咎めるようなものではない。生きていく中で身についた価値観を変えるのはなかなか難しい。その為に一番手っ取り早いのはやはり、現実を知る事なのだ。
ベリルが今第二階層に急ぐ理由もそこにある。遺産文明の朽ちた都市区画が広がる第二回層は、アンカルジアが大陸最大の迷宮と言われる理由でもあるからだ。
多少の休憩は挟んだが、初探索者を連れた移動としては順調なスピードで動けている。速度こそやや遅いが、さすがに迷宮探索者を志すだけあってメアはかなり根性があった。難点山積みの問題児ではあるが、コードトーカーである事を考慮すれば磨けば光る原石である事は間違い無い。
もうすぐ第二回層へと続く螺旋階段にたどり着く。第二回層が制圧されればここにも昇降機を設置する目処が立つだろうから、何とかしてほしいものだ。と、他力本願な事を考えながらベリルがメアに声を掛けようとした時。乾いた破裂音と共に、赤い煙が空中へと巻き上がる……信号弾。
赤は緊急事態発生の合図。ベリルは瞬時に思考を戦闘に切り替えて、走り出した。