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痛快娯楽迷宮語「天地人獣」  作者: 五十嵐キサラギ
序章「迷宮探索集団『ヴィヴィアン』結成編」
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二話「Wake Up Boy!」後編




 すぐにレモネードのグラス二つが置かれる。まずティーの方がレモネードを一口味わうように飲み、セラへと頷いた。セラはレモネードを飲んで、話し始める。

「大変な失礼を致しました。交渉を彼女に一任した以上、私が口を出すべきではないと考えたのですが、これ以上の争いは双方望むものではありません。私達、この街についたのがつい先程でして、探索者ギルドも朝まで開かないとの事なので、夜を明かせる宿を探していたのです」


 マスターは悩んだ。身元を明かせない美女二人が宿を求めてこのような酒場を頼る。尋常ではない。

「事情を深くは聞きませんよ。そして宿を探しているとの事ですが、この街には、探索者となるために来たのでしょう? ならば安全や衛生に贅沢は言わず、多く有る適当な宿を選ぶべきだと思いますよ」

 おそらく、実家を飛び出した貴族の娘とその従者と言ったところか。それにしては、主と思わしき彼女は余りに美しく、そしてこの従者は余りにも強すぎる。しかし、それを深く追求しないのがこの店の掟。というよりは、このアンカルジアという街そのもののマナーに近い。


このアンカルジアに来る来訪者。そのほとんどは、この街の地下に広がる大迷宮に挑む探索者を目指す者達である。探索者の管理機関であるギルドは来る者を拒まず、大きな条件を求めない。それこそ、いくつかの不便を我慢するならば偽名でも充分に通用するだろう。

 だからか、探索者の中には一攫千金や迷宮踏破の名誉ではなく、訳あり者が身元を伏せてこの街を隠れ蓑にする事を目的とする者達がたまにいる。迷宮探索や自治府からの依頼という稼ぎ口と衣食住に安価な施設が揃っている為身を隠すにはちょうどいい街なのだ。


 重犯罪者や際限無い人の流入を防ぐため、既存の探索者の紹介が必要である。が、いくつかの「誠意」があれば、紹介者を探すのはそう難しい話でもない。どのような事情であれ、この街に来てから悪事を犯さず都市の発展に貢献するのであればその素性を多くは問わない。

 迷宮都市アンカルジアはそんな者達が再スタートを切る為の街でもあるのだ……来て早々に酒場の男を叩きのめしているようでは、先が思いやられるが。


「ティー、話の通りです。素直に安い宿を探しましょう。この街の治安が大きく悪いようには私には見えませんし、文句も言ってはいられません。私達は、これから探索者として迷宮へ挑むのですから」

 セラは決断的に言うと、美味しい飲物です。とマスターに微笑みかける。マスターは磨いていたコップを思わず落としそうになるが、それをかろうじて阻止して良かったと頷く。そしてそのまま、そそくさと中へと入っていってしまった。


「……承知致しました。では、その通りに」

 ティーは悩むように言葉を絞り出す。そこでこの話が決着したのか、二人は今後の事を喋る。正直まだいるのかよと思う面々だが、倒れてるフリをしながら聞き耳する。


 どうやら二人はかなり本格的な迷宮探索を考えているようだった。身元を隠したいだけなら、表層で資源回収の仕事をすれば飢え死ぬ心配は無い。実際この酒場にいる者達も日頃はそういった仕事を主とする。

 アンカルジアの大迷宮は既に百年探索が行われているが、内部施設の完全把握と制圧は未だ一層のみしか行われていない。それ以降は大なり小なり死のリスクが伴う。


 だというのにこの二人は、いきなり三層以降を探索する前提で話をしていた。故に争点は他の協力者が必要かどうかという事に終始している。

 ティーの実力は嫌というほど味わったが、どうやらセラの方も迷宮探索に必須の技能。コードを扱えるようだった。


 「妖精」が人に教えた知恵の中でも、コードは今なお人々の生活に根付く技術だ。妖精達の言葉であったと伝えられるコードは詠唱や記述等個々人による異なる発動方法で行使する事の出来る特殊な力の事だ。

 今も残る文書によると、遺産文明の人間はこの力をよく「魔法」と例えていた。コードが存在する以前は、理を越えた不可思議な力をそう呼称していたらしい。

 

 このような話を堂々と話すのは、自分達が只の訳アリ者だと主張しているようだった。最も、そうと納得するには余りにやり過ぎなのだが。少しして、マスターがカウンターへと戻ってくる。それに応ずるようにセラとティーも立ち上がった。

「ご馳走様です。当然の来訪で多大なご迷惑をお掛けして申し訳御座いませんでした。こちらは心ばかりのお詫びとレモネードの料金として受け取ってください」

 セラはそう言って、ローブの下から丁寧に折りたたまれた十万ソル紙幣をマスターへと差し出した。日常生活では余り見る事の無い高額紙幣だ。マスターは受け取ると、一枚の簡単な地図とサインが走り書きされたメモ用紙を渡した。


「商業第二区画に、私の親戚が経営する宿があります。安全の保証までは出来ませんが、このメモを出せば何も言わずに泊めてもらえるかと」

「よろしいのですか?」

 予想外の助け舟にセラの目が輝く。マスターは微笑み頷いた。

「前途多難な迷宮探索へと挑む御婦人方への、私から出来るせめてもの餞別です。ただ、そちらの剣士に一つ忠告を。貴女がそちらの御婦人の護衛ならば恨みを買って良い事なんて、一つもありません。このような行動は控えるべきだと思いますよ」


 ティーはマスターを睨みつけるが、それに反論するような事は無かった。

 エスコートされるまま、セラは店を出る。安全を確認し、ティーは店を出ようとして、ピタリと立ち止まる。視線の先には、二度打ちのめした男が三度立ち上がりニヤリと笑っていた。


「詫びついでに、もう一回だけ立ち会ってくれないか。ティー様」

 おどけるように言う男にティーは驚いた後初めて少し笑い、構えた。

「いいだろう……しかし、その前に名前くらいは名乗ってもらおうか」

「ん。おっと失敬。俺はベリル・ザトー」

 男は名乗って、ティーが頷く。

「来い」

 その言葉を聞いた瞬間に、ベリルは獣の如くすっ飛んだ。彼の勢いをつけた飛び蹴り掠めるように受け流すと、そのままハイキックでふっ飛ばした。直撃を受けたベリルはゴムボールのように吹っ飛び、そのまま着地点の椅子をぶち壊して転げ回った。

「宿の件に関しては感謝する」

 そう一言マスターに添えて、ティーは満足げに扉を閉めて出ていった。



 二人が店を出て行って数十秒程、皆が扉の方を注視する。そしてその閉じられた扉が再び開かれる事が無いのを入念に確認してから、警戒を解き胸を撫で下ろし、立ち上がってやれやれとカウンター席に集まった。

 あれだけの大立回りを演じながら皆それほど怪我を負ってるようには見えない。酒場で管を巻いているとはいえ彼らも一端の探索者。あの程度でいつまでも呻いているようでは話にならないのだ。


「とんだ災難だったな。ほら、こいつはサービスだ。料金はあのお嬢様から頂いてる」

 マスターは新品のグラスにそれぞれがよく頼む酒を注ぎ、更にモクモクを一本ずつカウンターへと並べていく。常連達はそれぞれ受取りながら談笑する。

「いやあ、ドエラいのが来たな」

「俺もここの店を構えて長いが、あんな理不尽の塊みたいな客は初めてだ」

「でもその割にはマスター、ローブの娘には優しかったじゃないか」

「お前らも見たら分かるよ。剣士の方もなかなかだったが、アッチの嬢ちゃんは別格だったね」

「はぁー。あんな滅茶苦茶な強さでしかも美人と来たものだ。これから目立つだろうな」

「でもここで会っといて逆に正解かもしれないぜ。ギルドでうっかり絡んじまったら目も当てられねえ。次から関わらないようにすりゃいいだけの話よ」

 パイプを口に咥えグラス片手にテーブルへと戻っていく常連客達にマスターが安堵のため息をつくと、残った最後の一本に手が伸びた。


「全く。すごい二人組だったな」

「おお、かっこよかったぞ。用心棒様。それと、椅子の弁償代もさっきのお嬢様のお代で帳消しにしといてやる」

 マスターが皮肉げに呟くと、最後のアプローチも呆気なく返り討ちにされたベリルは新しいモクモクを手にしていた。彼はカウンター席に座るとパイプにモクモクを詰めながら喋る。

「さすがにあんなのが来るとは思わないだろ」

「あんなの呼ばわりは結構だが、お前もここに来てすぐの頃は実力が伴っていない上に態度だけは一人前な奴だったぞ」

「そこを突かれると立つ瀬がないな。それに俺だって多少の礼儀はあったつもりだぜ」


 男はモクモクに火をつける。あの二人の会話を聞いて昔を思い出す。いや、まだそんな昔でもない。たった一、ニ年程前の事なのだ。その一年で自分は随分と堕落してしまった。一日鍛錬をサボれば、三日の鍛錬が無駄になるという。ならば、今の自分は? 腕も精神も随分と鈍ったという事だ。


「あの二人、アレで他の仲間が集まるとは思えないが」

「明日お前が誘ってみろよ。剣士の方はお前の事気に入ってそうだったじゃないか。そうでもないと、最後にもう一勝負受けて名前を聞いたりしないだろ」

 ダンジョン探索する上での理想の実力を持つ仲間。確かに欲してやまないモノだが、ベリルにとってはそれ以上に、あのティーという女剣士には思う所があった。

「……いや、アレは目標だ。もう一度、実力を取り戻して喧嘩を売る」

「ほぉ?」

 楽しそうに返すマスターにベリルは背伸びして呟いた。

「そろそろ休暇を終わりにしても良い頃だろ」


 鈍った身体を戻す。仲間を集める。あの女剣士に再び挑む。やるべき事は山ほどあった。

「この一本が最後だ。仲間を見つけるまではな。それまでモクモクを断つ」

「いい心がけじゃないか。スピネさんの教育の賜物かね」

「いつか、自分がリーダーのパーティーを組んだら姐さんにも挨拶するつもりでいたんだよ。だから腑抜けた顔もショボい仲間も見せる訳にはいかない」


 スピネはかつてベリルが所属していたパーティ「ゴンドラ」のリーダーにして、ベリルにとっては探索者としての全ての恩人に等しい。

 一年前、かつてのパーティーメンバーは皆それぞれの答えを選び、探索者を諦めていった。スピネもまた、己の限界を感じ取り探索者を引退してしまった。


 一番若いベリルだけが残り、こうして一年間休暇とも堕落とも言える生活を送ってしまった。それも今日で一旦終了だ。ベリルは隅のソファに横たわり、そのまま眠りについた。



作者治療の為次回の掲載は未定です

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