表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛快娯楽迷宮語「天地人獣」  作者: 五十嵐キサラギ
序章「迷宮探索集団『ヴィヴィアン』結成編」
1/54

一話「Wake Up Boy!」前編

修正完了済みです




 再定歴3025年 アンカルジア


 商業街第三区画、裏路地の一角にあるBAR「ムゥトゥ」は一部の迷宮探索者達が集まる酒場だ。店内には五人の客が皆一様に用意された椅子に深く腰を沈め、パイプを咥え煙を燻らし、芳醇な匂いを堪能していた。

 モクと呼ばれる植物の葉を刻んだモノをパイプに詰めて燃やす事でその匂いを楽しむ。「モクモク」とも言われるこの嗜好品は、彼らにとって労働後の至福のひと時だ。


 マスターである壮年の男は、モクの葉っぱを細かく刻んでは薄い紙にまとめ上げて商品にしていく。この一回分で千ソル。酒と一緒に嗜むのが通だ。部屋内には落ち着いた音楽が流れており、その場にいる客達が皆その日暮らしの探索者とは思えない程に静かな空間だった。


 その中の一人。隅のソファに陣取る若い男は、目を閉じて眠るようにパイプを燻らせていた。その顔つきからまだ十代だろう。他の客の男達に比べて齢も体格も一回り以上小さくありながら、その態度は人一倍大きい。そしてその態度に対して、他の客は誰一人ケチを付けない。この男は、そういう立場だった。

 彼は目を閉じたまま手探りでグラスを持ち、傾けようとして空である事に気づく。どうするか少し迷うが、気怠そうに眼を見開くと、立ち上がってグラスをカウンターに置く。


「同じの」

「いいけど、大概にしとけよ」 

 最低限の会話だけ交わして、マスターが後ろの棚から瓶を取り出そうとした時、重い扉が開きベルが鳴る。全員の視線が入り口に向いた。他の常連は泊りがけの探索や金欠で来れないはずだ。興味本位の初見客か、勘違いした酔っぱらいか、夜回りをしている自警団連中の嫌味か、どちらにせよ歓迎すべき者でないのは確かだった。


 果たして、その客は全員の予想を裏切るモノだった。現れたのは、二人組の女。扉を開けた一人は輝くようなセミロングの金髪に碧眼、おおよそこの場にそぐわない白肌に銀の軽鎧。腰に一本細剣が得物としてぶら下げている。背負った二人分の荷物が満載されていると思わしき鞄が不似合いだった。

 そしてもう一人の方は身体を隠す上質なローブに身を包みその容貌は分からない。だが俯いた隙間からチラリと見える肌から、この女も相当な美女である事は疑いようがなかった。


『……』


 来客の女も含めて、全ての人間が押し黙る。女剣士は漂う匂いに少し顔をしかめるが、自分達に野次を飛ばすでもない客を一瞥する。そしてローブの女に小さく耳打ちして店内へと歩み、マスターへと真っ直ぐその碧眼を向けた。そしてその風貌に見合った鋭さのある声を発する。


「宿を探している。余計な詮索を行わず、安全が保証されている。信頼の出来る宿だ」

「……」

 無視をする。というよりは、答えあぐねたような顔でマスターは瓶を出し、美女達の方へ興味が向いている男のグラスへと琥珀色の飲料を注ぎながら喋りだす。

「まあ、ウチがそんな宿屋でないのは見ての通りですよ。そして無料の案内所で無い事も見てもらえば分かると思いますが……」


 注がれたグラスを手にとって、男は少しグラスを傾け女剣士の反応を見る。女剣士は微動だにせず、マスターはため息をついて続ける。

「訳アリなのは分かりますがね。ウチも面倒事と揉め事は控えてるんで」

「ソレがバレたら困るからか?」


 その言葉にマスターの手が止まり、男達の表情が険しくなる。ソレ、とはマスターの手許にある刻まれたモクの葉の事を言っているのは明らかであった。

 客の一人、丁髷の男がパイプを灰皿に置く。他の面々も同様だ。しかし、動きはしない。代わりに皆が男を見る。男は嫌そうな顔で店の壁に飾られたダーツボードを見る。


 当番表と小さく書かれたダーツボードには、点数の代わりに禿、丁髷、入墨、鶏冠、寝坊助と今日の常連達の特徴が記されており、その内の寝坊助の所にダーツがしっかりと刺さっていた。

 この当番表はつまり、面倒事になった時に真っ先に首を突っ込む者を決める為にある。男の見た目は年齢にしてはやや小柄程度の普通の青年。禿、丁髷、入墨、鶏冠の身体的特徴は見られず、ダーツボードで示す所の寝坊助である事は明らかだった。


「無遠慮に入ってきて、注文もせずに質問して、しかもウチの商品にあらん疑いをかけるのは、さすがに言葉を選んでもらいたいものですな。ウチは合法の純正品しか扱ってませんよ。粗悪なのモノを出す胡乱な店と一緒にしないでもらいたい。とはいえ、御婦人にこの煙たさが不快というのも分かります。他の店を当たってもらった方がよろしいでしょう」


 丁寧さに極力の拒絶を混ぜて、マスターは女剣士に取り合わず突っぱねた。これ以上は喧嘩沙汰になるぞという最終通告だ。彼はこの酒場を二十年守っている。主な客が迷宮探索者である以上いろんな者を見てきたが、この女は相当な手練だ。

 そして、女はソレを自覚して武器にしている。おそらく安易な挑発でここの客を焚き付け、返り討ちにして情報を得る腹積もりなのだろう。今日の当番が寝坊助である彼であったのはある意味運が良かったと言える。少なくともこの場において、最も腕が立つのはこの最年少の寝坊助だからだ。


 女剣士は黙るが、店を出て行く気配はない。難儀な状況だ。男は神妙な顔で考えてから、口を切る。

「あんたが喧嘩腰なのは結構なんだが、お連れさんの事も考えたらどうだ?」

「貴様達には関係の無い事だ」

 さっきよりも幾段トゲのある口調の女剣士を男は気にしない。

「あるだろ。あんたがそんな態度だから、俺達はこんな対応をしなきゃいけない。物を頼む人間には然るべき態度がある」

 女剣士は今更に、隣でパイプ片手に軽口を叩く男の方を見る。

「余程自信があるようだが、その自信を折られる前に帰った方がいいと思うぞ、少年」

 それが決定打だった。という事にした。内容はどうでもいい。向こうから喧嘩を売ってきたという事実が重要なのだ。


「マスター」

「はいよ」

 男が一言呟くと、パイプを灰皿に軽く叩くように置く。それに反射的に目を向けた女剣士へと素早く裏拳を放った。

「なるほど」

 雑魚ではないな。と女剣士は当然のように男の裏拳を右手で受け止め、捻り上げる。瞬間、男の身体は上下反転して宙に浮く。そして男が声を上げる暇すらも無く、床へと叩きつけられた。


 余りにも鮮やかな手際に周りの男達が動揺する。寝坊助なら何とかするだろうという楽観的予測は、敢え無く崩れた訳だが……だからと言って、ここで敗北を認めるのは店の沽券と自分達の流儀に反した。


 禿頭の男が体勢を低く構え突進し、滑るように女剣士へと足払いを仕掛ける。女剣士は背に負う重苦しい荷物から想像も出来ないほど軽快に跳ねそれを躱し、そのまま禿頭に着地、力を咥えてもう一度跳ね跳ぶ。


 そこに、入墨の男と丁髷の男が座った姿勢から跳ね跳び、勢いのまま同時に空中の女剣士に襲いかかる。その拳が届くよりも前に鋭い空中二段蹴りがそれぞれの鳩尾へと放たれて吹っ飛ぶ。


 女剣士の着地に合わせるように、鶏冠頭の男が飛び後ろ回し蹴りを放つ。勢い良く顔目掛けて飛んでくる脚に女はそっと添えるように手を当て、跳ね上げる。男は縦回転で宙を舞う。


「さて」

 全員が地に伏し呻く。これで少しは交渉も簡単になるだろう。女剣士はマスターの方を向き直ろうとして、寝坊助の男が苦々しい顔で立ち上がった事に気づいた。当然、加減をしたつもりはない。

「痛え……あんたの言う通りだ。俺の自信さっきの一撃でボロボロだぜ。今のは絶対かっこよく説得するシーンだったのに。なあ、マスター」

 軽口をやめない男にマスターは呆れ返る。

「少なくとも一年前のお前なら、あそこまで無様じゃないだろうよ」

「だよ、な!」

 男は大きく背を伸ばして、女剣士との距離。歩みにして五歩を一瞬で詰める。女は瞬時に構えた。


 一度のアプローチで放った互いの攻撃はそれぞれ五発。最後の一打を受け後ろに退いたのは男の方だったが、女の顔つきは変わった。

「迷宮落伍者の集まりかと思ったが、そうでもないらしいな」

「その落伍者に頼らないといけないくらい訳あり者なんだろ。あんたらも」

 右足で床を叩いてリズムを取り、再度男は仕掛ける。素早く拳が交差し互いが攻撃をいなし合う。が、明らかに男の攻撃は軽くいなされているのに対し、女の攻撃を男はいなすのが精一杯の風だった。


「不当に貴様らを軟弱に見たのは謝ろう」

 まるで謝罪する気がない顔で女剣士は言って、懐に潜り込む。そして一歩遅れて前に出ようとした男に対して、腹部に置くように拳を突き入れた。可笑しいくらいの勢いで吹っ飛ぶが、壁に激突する前に空中で一回転して勢いを殺し着地して男は唸る。とんでもない怪物だ。

 一方で女剣士も少しだけ感心していた。トドメを打ったつもりだったが、まだ倒れないか。近づいて男に追撃を加えようとする所を、凛とした声が止める。


「おやめなさい」


 その一言で女剣士は電撃を放たれたようにピンと直立し振り返る。そこには先ほどまでずっと黙っていたローブの女がこの状況を見かねたのか女剣士の方へと歩み寄っていた。女剣士は慌てて頭を下げる。

「セラ……様。申し訳ありません」

「ティー、私の事を配慮して戴くのは大変嬉しいですが、そこの彼が言うとおりです。尋ねる者には尋ねる者の礼儀があります」


 互いに愛称とも思わしき名で呼び合うと、ローブの女セラはマスターに凛とした声で喋る。

「連れ合いの者が不躾で申し訳ありませんでした。何か飲み物を頂けますでしょうか? お酒で無いほうが助かりますわ」

 フードの中の顔がマスターを見上げて、彼は息を呑む。このティーという剣士もかなりの美人だが、彼女は別格だ。思わず場違いだからと退店を促す選択肢を捨ててしまうほどには。

「……レモネードかジンジャーエールくらいならすぐご用意できますが」

「ではレモネードを二つ」

「すぐ、ご用意します」

 予想外の解決方向から痛みに呻く客達は耳を疑うが、反論した所で女剣士に敵う訳でもない以上、マスターの決定に声を荒げる事はしないし、そもそも面倒くさいという有様だった。

作者取材の為次回掲載は未定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ