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06

どうしてこうなった。


噛んだ舌は猛烈に痛くてこれ絶対血が出ていると確信するレベルだが生憎この場で確認する術はない。鏡ないし指を突っ込むわけにもいかない。でも口の中にほんのり広がる鉄の味。うぐぅ…。心の中で呻き声をあげながら両手で口を押さえて踞る。漸く王妃さまの引き摺りが終わったというのに立ち上がることすら出来そうにない。痛くて泣きそう。2回目の王宮でまた泣くなんてごめんだ。絶対我慢する。と、一人で痛みに耐えている間に王妃さまは居なくなってしまった。


なんか途中、陛下のような人と会った気がするけど私まだ国王陛下見たことないから多分気のせい。王妃さまが陛下って言ってた気がするけど多分痛みに気を取られていたから聞き間違えたのだ。その陛下って呼ばれてた人に王妃さまが回収されていたけど多分もろもろ全部気のせいだ。去っていく背中を見ながらどこかで擦れ違ったことがあるような感覚を覚えたけど私家から出ないからなぁ。場所が限ら……深く考えるのはやめよう。諸々全て丸っと気のせいだ。気のせいったら気のせいだ。


いや。というか、今現在それどころではない!


「コーデリア、口あけてごらん?」

「………」


首をふるふると横に振るとエリオット様が困ったような顔をした。その少し後ろではレオナルド様がなんともいえない顔をしている。なんでいるかなぁ、王子達!いや、王妃さまに引き摺られていたときに偶然擦れ違ったから多分追い掛けてきてくれだんだろう。多分。


どうしてこうなった、と先程と同じ言葉を心の中で繰り返す。せめてもうちょっと心の余裕があるときでお願いしたい。レオナルド様が物凄く気まずそうだよ!


「コーデリア、あーん」

「……」


俯いたままの私に痺れを切らしたのか、両頬に手を添えられたかと思うとぐっと顔をあげさせられた。至近距離でエリオット様が促すように口を開く。ひぃ、美少年…っと思ったのは多分前世の私ではなかろうか。距離感って大事だと思うの。


「コーデリア」

「っ、ぁ、あー」


ちょっと低い声で名前を呼ばれて思わず口を開けた。と、同時に涙がぽろりしたけど仕方ない。怒られ慣れてないのだ。


「血が出てるね。薬を貰ってくるよ。コーデリア、もう口閉じていいよ。良い子」


親指で優しく目元を撫でられた。多分涙が溢れたところだろう。それから私の脇に手を差し込んで一緒に立ち上がってから今度は頭を撫でられた。その姿はまさに理想のお兄ちゃんである。何故私は一人っ子なのか!いや、思い出せば前世の私には兄が二人居たけれど、どこか他人行儀な不思議な兄弟仲だった。それぞれ両親とは仲が良いのに兄弟になるとさっぱりなのだ。我ながら不思議。もう顔も思い出せないけれど。


ぼんやり昔のことを思い出しながらエリオット様の背中を眺めていると、彼はレオナルド様の肩をぽんと叩いてから部屋を出ていかれた。この間も思った気がするけどここの兄弟は仲良さそう。


あれ、レオナルド様と二人きり?


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


気まずぅ!

そっと顔を逸らしてもう一度両手で口を押さえる。相変わらずの鉄の味にちょっと顔を顰めているとふと影が差したので思わず顔をあげると先程のエリオット様ほどでもないけれど近距離にレオナルド様が立っていた。お、おう……。


「………」

「………」

「………」

「………」


無言辛い。

何か喋って欲しい。…私は返事できないけど。ちら、とレオナルド様を見るとぱちっと視線が絡まった。咄嗟に俯くとレオナルド様も視線を逸らしたことを感じる。いや、待て。お見合いじゃないんだよ!?


「………」

「………」

「………」

「………」


あー、早く帰ってこないかなぁエリオットさま!


「………」

「………」

「………その、悪かった」

「………」

「この間は、酷いこと言って悪かった」

「………っうえ!?っ!!」


ぼんやりしてて反応が遅れた。

そしてびっくりし過ぎてまた噛んだ。おうふ。

踞る私の背中を撫でてくれるレオナルド様の距離の近さに流石兄弟距離感…と現実逃避を試みるが当然の如く失敗した。小さく呻いてから何とかレオナルド様を見る。


ちかぁい……。


けれど間近に見える綺麗な瞳に映るのは私だけで。この間のような雰囲気はどこにもない。それなりに時間は経ったけどどういう心境の変化だろうか。一瞬王妃さまの顔が浮かんだけれど即座に打ち消しておく。母は強しか。


「大丈夫か?」

「……ん、」

「そうか」


両手で口を押さえたまま数度頷くことで答えると、レオナルド様は安堵したように小さく笑った。先程のエリオット様のように私の目尻を指先で撫でたので多分また涙が出たのだろう。この泣き虫め!


「コーデリアは本当に泣き虫だな。…あ、いや、責めてるわけでも馬鹿にしているわけでもないぞ!」


慌てて弁解するレオナルド様を見ていると、何故だか少し笑えた。両手で口を押さえたまま、ふふと溢すとそれに気付いたレオナルド様が少し罰の悪気な顔をする。笑ってしまったことについては怒っていないらしい。


「とにかく、この間は酷いことを言って悪かった」


頭を下げるレオナルド様に、同い年の子どもなのに凄いなぁ。と少しばかり場違いなことを思った。自分の非を認めて謝ることは凄く大事だけど、それはなかなか出来ないことだ。特にこんなに幼い子どもが。あぁ、王子さまなんだなぁ。


すぐ目の前に居るのに、凄く遠くに居るみたいだ。


少しばかりぼんやりしてしまったせいか、何の反応も返さない私にレオナルド様が不安気に名前を呼んだ。そこで漸くはっとして声を出そうと思ったけれど、私の口は両手で塞がれたままだ。この距離だと口を開けたら酷いことになりそうなので、前回エリオット様にしたようにレオナルド様の耳元にそっと口を寄せた。


「わたしも、ないてごめん、ね?」

「コーデリアが謝ることじゃないが……仲直り、というほど仲が良かったわけじゃないな。ううん。…これから仲良くしてくれるか?」

「うん」


こくりと頷くとレオナルド様の顔に笑みが広がった。うっ、近距離でショタの笑みが……っ!…あれ、今前世の私が滅された気がする。そんなまさか。


「仲直り出来た?」

「兄上!」


いつから見ていたのか扉のところに立っていたエリオット様にレオナルド様が慌てたように私から離れて彼の元に走った。小声で何か話しているようだが私には聞こえない。まぁ、流石に私の悪口とかじゃないだろうし。


仲良し兄弟はほのぼのするなぁ。


なんてのんびり二人を眺めていた私はこの後、エリオット様に再びあーんさせられ舌に直接薬を塗り塗りされるとは思ってもいなかった。

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