02
泣きすぎて目が赤いけれど、今日行われる王妃様のお茶会には出なければいけない。お父様は無理しなくていいと言ったけれど、幼いながらもそれは良くないと分かったので時間ぎりぎりまで目元を暖めてからお城に向かった。
お茶会が行われる薔薇園には既に人が大勢居た。我が家はお母様が亡くなってから自宅でのパーティーを控えていたし、幼い私を連れてお父様がパーティーに行くこともなかった。というか、私は屋敷から出たことがない。そんなわけで初めて見る大勢の人間に思わずぴたりとお父様に張り付いた。昨日失礼のないようにと言われたけれど、無茶ぶりにも程があったのだ。
そんな私を怒るでもなく、引き剥がすこともせず、お父様は苦笑しながら主催者の王妃様の元まで向かって挨拶した。ちょっと抵抗したけど子供の私の力なんて微々たるもの過ぎてお父様は気付きもしない。ちくしょう。
初めて見る王妃様はこれぞ王妃様!というようにどえらい美人だった。語彙力の少ない私にちょっと絶望。
「あら。その子が噂のコーデリアちゃんかしら?」
お父様の影に隠れていた私を難なく見つけてしまった王妃様が興味深そうに覗き込んでくる。見つかったからには仕方ない。おずおずとお父様の影から出て、何度も習っていた挨拶を辿々しく繰り出した。そして終わったら即行でお父様に張り付く。擦れ違いがなくなった今、お父様は絶対の味方ですよね!ね!
「まぁあ…っ」
「?」
感極まったような声にお父様を見上げていた視線を王妃様に移すと、目がきらっきらしていた。
「本当にクロエによく似てるわ」
「おかあさま…?」
「ふふ、クロエ…あなたのお母様とはお友達だったのよ。これから仲良くして頂戴ね」
「はいっ!」
にっこり笑った王妃様は薔薇のようで、自然と私も笑みを浮かべる。ぽんぽんとお父様の手が頭を撫でるので余計だ。
「そうだ。息子達を紹介するわね」
王妃様に呼ばれて私の前に立ったのは二人の男の子。黒髪に蜂蜜色の瞳の優しげなお兄ちゃんはエリオット様。私の2つ上。もう一人は赤銅色の髪に、深緑の瞳をしている同い年のレオナルド様。それぞれタイプは違うが、揃って実に見目麗しい王子さま達だ。自己紹介は恙無く終わって、またもやお父様にへばりついて隠れる私に、王妃様は先程と変わらない薔薇のような笑みを浮かべた。
「ところで。実はヴィンセントとお話がしたいのだけど…。コーデリアちゃん、少しの間お父様を貸してもらえるかしら?」
「…ぇ」
「そうだわ。薔薇の迷宮には行ったかしら?凄く素敵なのよ。私達がお話している間、エリオットとレオナルドに案内してもらうといいわ」
戸惑う私に、王妃さまが有無を言わせない笑みでね?と更にだめ押ししてくる。助けを求めるように、お父様を見上げると…あの、お父様なんか顔色悪くないですか?私の気のせい?
どうしようかと答えあぐねていると、すっと掌が差し出された。
「行こう?」
「ほら、早く」
その掌を辿れば、優しく笑うエリオット様と強気な笑みを浮かべるレオナルド様の姿が。いや、本当に正反対だなぁ。もう一度お父様を見て、それから王妃さまを見て、改めて二人を見てからおずおずと自分の両手を差し出すとあっという間に手を引かれて歩き出すことになった。諦め悪くお父様をちらちら振り返るけども、すぐに見えなくなってしまった。お、お父さまぁ…。駄目だ、昨日から涙腺壊れてる。
視界が滲む。
「泣くと不細工が余計に不細工になんぞ」
「こら、レオナルド」
凄いことを言われた。
ぽかんと口を開けてしまったけど、あまりの衝撃に涙も止まっている。聞き間違えかな?と頭が現実逃避をしたがったが、エリオットさまが叱っていることから今のは現実だと認めざるを得ない。叱っている、といっても穏やかな声は本気には聞こえない。え。
え。
「なんだ、よ……」
「………う、」
視界がじわぁと滲む。さっき止まった気がしたけど、気のせいだったようだ。焦ったような二人の顔が見えたのは一瞬で、カウント入りまーすと頭のどこかで冷静な自分が呑気に呟いた。前世の私かな?
「うわぁああああああんっ!」
涙腺決壊。
繋いでいたままだった手を勢いよく振り払ってただひたすらに泣きわめいた。赤ちゃんは勿論、子供の泣き声は凶器に等しい。両耳を押さえる王子二人が見えた気がしたけど私の知ったことではなかった。
前世の記憶があろうと今の私は5歳時だもの。泣きわめいたって恥ずかしいなんて思わない。……嘘。ちょっとは恥ずかしいけど、でも体は止まってくれないのだ。仕方ない。
「コーデリアッ!」
「おどうざまぁ"ぁぁぁぁっ」
走って駆け付けてくれたのだろう。
視界が滲んでよく見えないけれど、ここ数時間ずっと聞いていたお父様の声だとすぐに分かった。ぐっと体が持ち上げられる感覚がして温もりに包まれる。ふわりと香ったお父様の匂いに反射的に顔を押し付けたけれど、涙はまだ止まってくれない。泣きすぎてしゃっくり出てきた。きつい。
「あらあらまぁまぁ!コーデリアちゃんどうしたの?どこか痛いの?それとも…」
ひやりとした声がして、しゃっくりを飲み込んでしまった。うえっ。両手で目を擦りながらこの声は王妃様…?と顔をあげる。
ひえっ。
「馬鹿息子達が何かしたかしら?」
怒っている、と思った。
笑っているのに何故か怒っている、と。びっくりして涙は止まってくれたけど、しゃっくりは止まってくれないのでしぃん…と静まった空間にひっくと間抜けな音が響く。止まれ。
「ひっく、っく、」
心の中で必死に祈っても止まらないので、せめて両手で口元を押さえながら首を横に振った。泣きわめいたのは私だがここではいと言えるほど酷いことをされたわけではない。相手は子どもだし、涙腺の壊れてる私が悪い。まぁ、それはそれこれはこれで王子達の好感度はぐっと下がりましたけどね!
「じゃあ、何があったの?」
「いや……それは、」
「レオナルド?」
「う……」
首を傾ける王妃さまから決まり悪そうに顔を背けたのはレオナルド様。おい、その反応はバレバレだろ。これは…どうしたら。何か言ったほうがいいのだろうけど私の口はしゃっくりで忙しい。かといってこのままだと場の空気に釣られてまたもや私の涙腺が決壊しそうだ。いい加減にしろよ私の体。泣くのだって疲れるんだぞ。
と、視界に淡い薄紅色の薔薇が差し出された。
「……ひっく?」
「酷いことを言ってごめんね」
そう言って頭を下げたのはエリオット様である。…なんでだ。レオナルド様を庇っている、のだろうか。どこから薔薇を取り出したのかは分からないけれど、差し出された薔薇に刺はなかった。とは言え、両手で口元を押さえる私に受け取ることは出来ない。例え全然効果がなくともだ。
そんな私の様子を察してか、多少渋い顔をしながらお父様がしゃがんでくれた。エリオット様と目線が近付くとその薔薇が私の髪に差し込まれる。
「うん、可愛い。ね?」
「………」
同意を求められたレオナルド様は…何故か王妃様に頬をつねられながらそれでもなんとか頷いた。気付かなかったけど何をやっていらっしゃるのか…。な、仲の良い親子ですね?
視界の端にちらりと映る薔薇の花弁。自分ではどうなっているか分からないので、お父様を見上げると似合っていると小さく笑ってくれた。もう私将来大きくなったらお父様と結婚するううう。
と、はしゃいでる場合ではない。
お父様に降ろしてもらっておずおずとエリオット様に向かい合った。口元を押さえていた両手を少しだけ開くと、エリオット様がそっと耳を傾ける。まるで内緒話をするようで少しくすぐったい。今だけ気合いで止まれしゃっくり!
「……あの、」
「うん?」
「ひっく、」
止まらなかった。ちくしょう。
この距離では絶対無理だけど、聞こえなかったということにして欲しい。というかなかったことにして欲しい。お願いします。
「…ありがとう、ござい…ます、」
誤魔化すようにちょっぴり早口で告げて、ぴゃっとお父様の腕の中に帰る。少し遅れてエリオット様が小さく笑った気がしたけれどわざわざ確かめたりなんかせずにすぐさまお父様の胸に顔を埋めた。あーあー私には何も聞こえないー!