第2章 第2話「魔法実技を教えて」
「風音ちゃん!」
5月の連休前。最後の授業が終わった途端、きららが風音の元に駆け寄ってきた。
「なぁに?どうかしたの?」
風音はきららには目もくれず、机に積まれた課題の山をせっせとバッグの中に移している。
「なぁに?じゃないよ!」
ぷくぅ、と頬をふくらませてきららは身を乗り出した。
「その!課題の量!」
「課題?」
今まさにバッグの中にしまわれた課題。きららはそれをビシッと指差した。
「課題が何よ?」
「もう!これだから風音ちゃんは!」
「いや、だから何って聞いてるでしょう?」
風音は怪訝な顔をした。全くわからない、といった顔である。
「もううううう」
「きらら、だから一体」
「それだよ!か!だ!い!」
きららは諦めたようにまくしたてた。
「たった一週間で!その量は無理だってこと!」
「・・・・・・」
「GWって、遊ぶためにあるんじゃないの⁉︎これ、ひたすら家にこもれってこと⁉︎」
「・・・・・・」
「こんな量、あたしみたいにバカな子、終わるわけないじゃん!しかもだよ!」
そこまで言い切ると、急にしゅんと肩を落とす。
「連休終わったら実技検査とか、そんなのない・・・」
五年生がこの連休で出されたのは、基礎教科のワークと、加えて魔法学系のワーク、そして連休明けの実技検査に備えた魔法の特訓というものだった。実技検査は、その名の通り魔法実技の到達度を測る検査である。例年は学年終了時に行われていたものを、春休みでだらけきった魔法を更に大型連休で退化させるのを恐れた学校上層部により、年二回の実施となった。実技系の魔法が苦手な生徒にとっては、成績によっては即補講がついてくるこの検査はただの恐怖でしかない。
案の定、きららもその一人だった。
「そうねえ、」
風音もようやく理解したらしい。
「確かに、実技はそれなりに練習がいるかもしれないわね」
うんうん、と何かを確認するように頷く。その度に艶めいた細い黒髪がさらさらと揺れた。
「でも、単に課題だけならすぐ終わるわよ?一日だと手が痛くなりそうだけど、三日もあれば」
「・・・・・・え?」
「基礎科目?主要五教科というのかしら、この座学のワークはすこぶる薄いし簡単そうじゃない」
言われてみれば確かに、数学や国語のワークは魔法学系のワークよりは薄い気はしないでもない。それでも普通の感覚だと、一週間弱の休みには十分すぎるほど厚いものだ。一冊ならまだしも、これが各教科分あるのだからたまらない。
あくまで普通の感覚だと、の話である。
「・・・・・・風音ちゃんは、それ、二日で終わるの?」
おそるおそる、きららが聞き返した。
「?ええ、多分可能だと思うわよ?まぁ、そんなに手を酷使することは好まないけど」
あれ、なんかこれは思ってた展開と違うような。
「えーと、ちなみに、実技検査の対策は」
「え?こっちのレベルはよく分からないのだけど、多分五年生レベルの魔法実技なら大したことはないと思うわよ?」
しばし、沈黙。
「うん、ごめん、風音ちゃんに聞いたあたしがバカだったみたい」
きららが目をそらしながら笑った。最早色々と諦めたような笑い。
その様子を見ていたのか、島原と垣内が話の輪に加わってきた。
「雲井、仕方ないって。お相手は神童とも言われてる神宮寺さんだぜ?そんな質問したお前がバカ」
「えー、だってさぁ」
「頭の差を考えろ、差を」
「ううう」
頭のレベルは島原も一緒じゃん、と内心で悪態をつく。
「いやー、でも、実際やべえよな」
垣内が大きくため息を吐いた。
「それな。課題、終わんねぇって」
島原もうなずくと、
「でも俺、今まで終わったことないから別にいーわ」
と付け加えて笑った。
「いや、よくはないと思うけど・・・・・・」
きららの小さなツッコミは、さくっと無視される。
「だってよー、俺ら魔法学びに来てんだぜ?せっかく魔力持って生まれてんだし、魔法使いこなせばそれでいんじゃねーの?」
島原があっけらかんとそう言った。
「まあ、一理あるわな」
「魔法学校だもんね」
「だろ?」
垣内もきららもうんうんと同調する。
「魔法だけならなー、楽なのになー」
「古典も読まなくていいんだぜ」
「あい きゃんと すぴーく いんぐりっしゅ‼︎」
途端に、わいわいと賑やかになった三人。
その様子を黙って眺めていた風音は、笑顔で言い放った。
「それなら、余計に魔法実技ができないと生きる術はなくなるわね」
一瞬にして、その場の時が止まった。
「あら?わたし、何か変なこと言ったかしら?」
三人は、かたまった笑顔でぷるぷると首を振る。
それならいいけど、と風音は帰る支度を始める。
ようやく時が動いた。
「ちょっと島原垣内!何言ってんの、危うくこっちが死ぬところじゃん!」
「いやいや、お前もノってきただろ」
「本気で生きた心地がしなかったぞ」
「悪気がないあたりが逆にね・・・・・・」
肩を寄せ合って、三人はひそひそと話す。
「神宮寺さんて、何気結構怖いのかな」
「それ、あたしも最近思ってる」
風音がただのお嬢様でないことは、この一ヶ月で薄々気がついてきた。じゃあ何かと言われれば分からないが、とりあえず、きららの思っていたお嬢様像とはかけ離れている気がするのだ。しかし、今だにクラスの大半の生徒にとっては、風音は頭の良いお嬢様であり、汚してはいけない純粋なお嬢様のポジションにいるのだった。
「よし、きめた」
島原が、何かを決意したように頷いた。
「何を?」
きららが怪訝な顔で問う。
絶対、ろくなことじゃない。
「いやさ、もういっそのこと神宮寺さんに魔法実技教えてもらわね?」
「・・・・・・」
意外といい案かもしれない。
「それはアリだな。せっかく神童とお近づきになれたんだし」
「な、なるほど」
「だろ⁉︎やっぱ俺って天才」
島原はにんまりと笑った。
風音の言葉にやられていたのに、立ち直りが早い。それが良いところなのかは置いといて。
「んじゃ、そーゆーことで」
「雲井!よろしく!」
二人は手を合わせてきららの方を向いた。
「なんでそこ、あたしなの!思いついた島原が言ってよ!」
「いや〜、俺より雲井のが良くね?何でかは知らないけど、クラス一仲良いじゃん」
「えっ、嬉しい」
って、照れてる場合じゃなくて!
「だって何て頼むの⁉︎ド下手なあたしたちに実技教えてくださいって⁉︎」
「俺は雲井ほどヘタじゃねーぞ!」
「うるさいな!」
またしてもギャーギャーと叫び出したところに、風音が帰り支度を終えて席を立った。
「あっ!」
慌てて、三人は風音の方を向く。
「なぁに?」
ええい、もう、言っちゃえ!
「かっ、風音ちゃん!あたしたちに魔法実技教えてっ!」
「いいわよ」
即座に風音は頷いた。
「はやっ!」
ため息を吐いて、風音は更に続ける。
「だいたい話は把握したわ。明後日土曜日、正午に学校の実践練習室集合ね。五年生レベルの課題、全部みっちりやるからちゃんと覚えてきてよ」
「か、風音様‼︎‼︎」
「じゃ、ごきげんよう。明後日遅れないでね」
そう言って、風音はひらひらと手を振ると教室を後にした。
「や、やべぇ・・・・・・」
「さっくりOK貰えたね?」
「それはそれで逆に怖いぞ」
「ま、やるだけやってみっか・・・」
嬉しいのか、ちょっと怖いのか。
取り残された三人はちょっぴり複雑な気持ちになりながら、とりあえず明後日だけは頑張ろうと心に決めた。