第1章 第4話「放課後の二人」
風音ときららは、人気のなくなった校舎内を並んで歩いていた。ホームルームが終わった後、風音が校内案内を頼んだのだ。
「雲井さん、お願いがあるんです」
そう言って、美人で頭のいい(と思う)編入生が真っ直ぐな瞳で見てくるものだから、断ることはできなかった。たとえ、きららがどんなに断わって逃げたかったとしても。
だって、無理がない?
こんな美人と2人っきりで広い校舎を歩くとか。一目引くし、比べられるし。
そもそも会話続かないよ!何話せばいいの⁉︎絶対冗談とか言えないでしょ⁉︎
一体あたしが何をしたって言うんだ・・・。
朝の償いなら、えりから充分すぎるげんこつをくらったはずなんだけどな・・・。
若干涙目になって、まだわずかに残っている、額のたんこぶをさする。
いや、断ろうとはしたのだ。何とか用事を取り繕うとは思った。けど、「私からもお願いするわ」って担任が笑顔でトドメをさしたのだ。先生のお願いもあるし当然案内してくれるわよね、って笑顔で。ああいう笑顔にはどうも弱い。最後の頼みの綱、島原始め男子どもにも期待を裏切られた。こっちとしては全力で交代してほしかったのに、彼らは羨ましさ妬ましさ全開の顔をして帰ってしまった。みんな美人な編入生と仲良くなりたいくせに、変なとこ遠慮するんだから。なーにが「俺たちより女子がいいだろ、普通に。せっかく隣なんだしさ」だ。変わりたいんなら、素直に変わってくれればよかったのに。
「雲井さん?どうかしたんですか?」
男子陣への不満を思い出して何やらぶつぶつと呟いているきららに、風音はおそるおそる声をかけた。
「あっ・・・す、すみません!」
慌てて我に帰る。
「ちょっと、ぼーっとしちゃってて!」
あはは、く、くるしい・・・。誤魔化すように笑ってみたものの、絶対今、顔強張ってる。
もう、なんなの、この状況。
そんなきららの様子に、風音は急にしゅんとした顔になった。えっ、とかたまったきららに風音は向き直る。
「あの、雲井さん、」
「あ、はい」
美女の思いつめた声に、思わず真面目に返事。
「突然学校案内なんて、頼んでしまってすみません。・・・ご迷惑でしたか?」
そう言って申し訳なさそうに見上げた瞳は、わずかに潤んでいた。
え、潤んで、、、
まずいまずいまずい!ちょっと待って、これはまずい!
「いっ、いやいやいや!全然!迷惑だなんて!」
きららはぶんぶんと音が出るくらいに首を横に振った。ちょっと待って、乙女の涙はまずい!あたしが泣かせたみたいじゃない⁉︎それはだいぶヤバくないですか⁉︎
「迷惑だなんて思ってないし・・・ええっと、むしろっ、話せて嬉しいですし!」
おろおろしながら、必死で言葉を探す。
「その、神宮寺さんが美人だから、きっ、緊張はしてるんですけどっ!迷惑とかっ、嫌とかじゃないです!全然!」
風音は、きららの懸命な言葉に圧倒されて目を瞬かせた。しかし、その驚いた表情はすぐに微笑みに変わった。
「ありがとう、雲井さん」
風音がふいにきららの手をとって、ぎゅうっと握りしめる。
「そんな風に言ってもらって、わたし、とっても嬉しいです」
ふふっと嬉しそうに笑ったその顔は、まるで天使のようで。風音の笑顔に、きららも照れくさそうに笑った。
ーーなんだか、これなら案内もうまくいきそう。
「じゃあ、次、東棟に行きましょう!ここからは少し遠いんですけど、途中にある温室がバラで有名なんです!せっかくなんで、そこも見てみませんか?」
きららの提案に、風音はええ、とうなずく。
「よろしくお願いしますね、雲井さん」
「まっ、任せてくださいっ!」
二人は並んで外に出た。東棟は、今二人のいる本館から中庭を抜け、さらに温室を抜けた東のはずれにある。東棟は、主に魔法研究のための施設になっていた。
「魔法の研究は、生徒もするのですか?」
「ええと、私たち、五年生から少しだけ関わるって感じですかね。東棟にいるのは、学校が雇ってる著名な研究者とかばっかりらしいですけど」
そんな話をしながら、中庭を歩く。
朝は澄み切っていた空に濃い灰色の曇が近づいていることに、二人とも気がつきはしなかった。