第1章 第2話「出会い:きららver.」
キャバリー魔法学校を舞台に、物語が動きだす。ようやく主人公たちが登場してくる、第2話お楽しみください!
雲井きららは、いつもより少しだけ早く目を覚ました。
うん?少しだけ?
いや、春季休業中のだらけっぷりからすると四、五時間は早いから、かなり、という言葉が妥当だ。遠足とか、運動会とか、クリスマスの朝がやたら早起きなのと一緒。わくわくして、ろくに眠っていられなかった。
だって、仕方ない。
今日から、いよいよ、待ちに待った、
「ごっ、ねんせーい!」
勢いよく窓を開けて叫んだ瞬間、
「いった!」
突如後頭部に何かが激突した。あわてて後頭部を抑えて、後ろを振り返る。激突して床に落ちたそれは、かわいそうに、愛らしいクマのぬいぐるみ。優しげな顔のまま、両手を上げて床に転がっている。同室の深川恵理のぬいぐるみだ。
「あーもう!えりのばか!クマちゃんごめんね、えりのばかが乱暴して」
そう言いながらぬいぐるみを床から拾い上げて、ぎゅっと抱きしめる。ついでに、丸い鼻についていた埃もちょんとつまんでゴミ箱に。
「えり!クマちゃんに謝れ!」
きららはほおを膨らませて、えりの寝ているベットに近づいた。
「ク!マ!ちゃ!ん!に!あ!や!ま!れ!」
彼女を見下ろすように立って、声をはりあげる。しかし布団の下がもぞもぞと少し動いただけで、なんにも返事はない。
くっそう、シカトですか。いいもんね、こっちには奥の手がある。
きららはクマちゃんを枕元に置くと、そのまま、恵理のかぶっている掛け布団を思いっきりひっぺがした。さあ、思う存分寒がれ!
「必殺★身ぐるみはがしの術!」
「や、ちょっとやめっ!」
恵理が慌てて引こうとするが、あえなく掛け布団は足元へといってしまう。
「まって、きらら寒いから!」
「クマちゃんを投げたえりがわるい!」
クマちゃんの敵!と、慌てる恵理に舌を出す。さあ、掛け布団ははがしきって残るは一枚。既に手はかかっている。勝ちだ、これ。奥の手を出させた恵理の負け。きららは気合を入れて、布団をめくっ・・・
「ひっ!」
とてつもない殺気に、ぎくりとかたまった。布団からわずかに覗いた恵理の目。それが、じろりときららを睨んでいる。物陰に潜む殺人者のような、静かな殺気。いや、殺人者なんてテレビの刑事ドラマでしか見たことないけど。そもそもバラエティしか見ないけど。とりあえず、怖すぎる。
「え、えり・・・・・・あ、あはは、えっと、あの、これはね、」
愛想笑いでごまかしながら、きららはそっと布団から手を離す。心は既に逃げのモードだ。
「あは、あはははははははは」
恵理の表情(目だけであるが)は変わらないーやばいやばいやばい。これはやばい。結構、本気でやばい。恵理を怒らせると怖いのは、一年間同室だった自分が一番知っている。
つまり、この状況は、どういうことか?
「おいきらら。ちょっとそこ座んな」
低い声で、恵理がすごんだ。
つまり、まぁ、あれだ。
「はやく座んな」
一発逆転。完全に、つんだ。
***
「とまぁ、朝からいろいろあったわけで」
きららが頭のたんこぶをさすりながら言うと、周りを取り囲んでいた友達がどっと笑った。
「やっばい、ほんとにすごいたんこぶ」
かわいそうにねー、と友達が頭をなでる。
「でっしょう⁉︎えり、ひどいと思わない⁉︎先にクマちゃん投げてきたのはあっちだよ⁉︎」
そこは全力で主張しておく。
「いや、でも、あんたも悪いわ」
主張むなしく、爆笑しながらの容赦ないレスポンス。ありえない。全くもって、ありえない。人がこんなに痛い思いをしてるってのに!みんなして笑い者にしやがって!
きららがぷくぅとほおを膨らませると、また笑いが起こった。かんっぜんに面白がられている。しょうがない、他に助けを求めなきゃ。誰かちょうどいい人は、と・・・・・・。
教室を見渡すと、ちょうど今登校してきた男子生徒と目が合った。どうやら向こうもきららに気づいたみたいだ。こちら側に歩いてくる。
「よっ!雲井、また一緒だな!」
そう言って笑ったのは、去年も一昨年も同じクラスだった島原陸斗。明るめの茶髪に、くりくりした丸い瞳、平均より小さめの体格が上級生の間では可愛いと言われているんだとか。まあ、確かにそこそこ整った顔ではあるんだけど。きらら的には、ちょっと理解できない。
でも、仲はいいし、島原ならいっか。話くらいは聞いてくれるはずだ。
「しまばらー、ねぇちょっと聞い」
「雲井は今年も最低点数記録伸ばすんだろ?」
ーー⁉︎
「いやー、すげぇ。学校創立以来の最低点数記録とか」
ーーイマナンテイイマシタ⁉︎
「ちょっ、島原!なんてことをッ!!」
ワンテンポ遅れてきららが反駁する。危ない、かるく意識がとびかけた。ってゆーか、普通言うそれ⁉︎新しいクラスで、早々あたしの恥ずかしい過去バラす⁉︎確かに、まあ、学校創立以来の最低点数記録、塗り替えましたけども!
時すでに遅し。周り、大爆笑。
「やだもう、これ以上笑わせないで〜」
引き続き笑いのツボにはまったらしい友達が、ひくひくと肩を震わせる。ーーじゃあ笑うな。
後で仕返ししてやらなくちゃ、そう思いながら島原を睨むと、島原はケロっとした顔をして「そういえばさー、」と話を変える。
何コイツ。やっぱさっきの取り消し。コイツが顔整ってるとか、可愛いだとか、全くもって理解不能。ほんとに上級生のお姉さま方はどうかしてる、そもそもコイツに常識ってものが存在してるのか。きららに大変失礼なことを思われているとはつゆ知らず、島原は話を続けた。
「俺、さっき聞いたんだけどさ!なんとっ、このクラスに編入生が来るらしーぜ!」
一瞬、なんのことか分からなかった。
んーと、ちょっと待って。今、確かに編入生って・・・・・・
「ええええええええ!」
編入生って、もしそれが本当だったらすごいことだよ⁉︎キャバリー魔法学校は、一年生・・・十三歳になる歳の入学試験は、一定魔力があればだいたいパスできる。そして落第点を取らない限りは、そのまま七年生の卒業までエスカレーター方式で上がっていけるところだ。学校創立以来のきららでさえ、落第点ギリギリでなんとか進級できているのだからお分かりだろう。(その陰には講師陣の慈悲深い恩赦があるのだが)
しかし、これが編入となっては話は別だ。噂によれば、半端なく難しいらしい。普通の中高生と同じ、五教科プラス魔法学、実技試験というハードな内容。しかも五年生への編入ということは、かなり魔法の知識と実力がなければクリアできない試験なはず。それなのに、編入とか、すごすぎる・・・。
「島原、それ本当かよ!どんだけガリ勉くんなんだよ!」
きららたちのやり取りを聞いていたのか、去年同じクラスだった垣内が話の輪に入ってきた。
「ああ、まじだって。しかもな!」
島原はやけに勿体ぶって続けた。
「か・わ・い・い・お・ん・な・の・こ」
「う、うおおおおおおおお!!!」
「・・・・・・」
呆れ顔のきららを無視して、クラス中の男子が色めき立つ。単純なやつらだ。でも、可愛い女の子で編入生?それはかなり、大ニュースだ。
とりあえず、一気に舞い上がった男子のおかげかなのかニュース性なのかは分からなかったが、編入生の噂がまたたくまに広がっていったのは言うまでもなかった。
***
「はじめまして。今年一年間、みなさんの担任を務める岸紀香です。専門は呪文学。いい一年にしましょうね」
そう言って、今年初めてこの学校に来た担任は頭を下げた。白いレースのワンピースに、やわらかそうな生地のカーディガンを羽織っている。胸元まである薄茶の髪はゆるやかにウェーブしていて、そんな若くて綺麗な先生に男子は早くもお祭りムードだ。
「さて、みなさんはもう知っていると思いますが、このクラスに編入生が来ます。どうやら七年ぶりらしいですね。学校長に伺ったら、かなり素晴らしい子ですって。私と同じくこの学校は初めてなので、みなさんで助けてあげてね」
「「「はーいっ」」」
男子、声をそろえていい返事。先生が綺麗だからってなーに浮かれてるんだろう。まったくもって男子って単純、というのは負け惜しみに聞こえそうだから言わないでおくけれど。
「じゃあ、神宮寺さん、入ってきてください」
先生のその一言で教室が水を打ったように静まり返った。さっきは単純と言ったものの、編入生が気になるあたりは同じようなもの。きららを含めた、クラス全員がドアのところを見つめている。教室中には、期待と緊張が張り詰めていた。そしてついに、白いドアの小窓からうっすらと見える影が動きーー
「失礼します」
そう告げて入ってきた編入生は、
「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」
・・・・・・それはそれは見事なまでに全員の期待を裏切らない、可愛くて頭のよさそうな女の子だった。
今回はきらら視点のお話でした。次回は、風音視点になります。
第1章 第3話「出会い:風音ver.」近日投稿予定です!