第1章 第1話「国王会議」
重苦しい雰囲気の中、議長であるバーントアンバーの国王が口を開いた。
「忙しいところすまんのう。皆様に集まっていただいたのは、もちろん”運命の魔力者”について話す場を設けたかったからじゃ。早速じゃが、何か意見をお持ちの方はおりますかな?」
大広間の席についていた国王たちが、その言葉を待ちかねていたように挙手をする。議長に指名されて、アルジャンの女王が静かに立ち上がった。彼女は風を司る魔力を持つ、銀色の長い髪が印象的な女性だった。
「一つお尋ねしますが、“運命の魔力者”には、向こう側で生まれた魔力者もいるんですよね?」
「そうじゃ。むしろ、あちら側で生まれた魔力者の方が多いかもしれん」
「それでは、余りにも不安ではありませんか。いくら“運命の魔力者”とはいえ、所詮人間でしょう。マルデードを止めるには、かなりの力が必要では・・・・・・」
いつもは美しく輝いている水晶のような瞳に、薄く陰りが差している。
「それは私も同感ですわ。そもそも、本当に向こう側に“運命の魔力者”がいるんですの?」
黄金色に光る髪をふわりとゆらしながら言ったのは、カクタスの女王、メドウだ。国王たちの中で最年少の彼女は、異例の若さと実力で王位に就いた。彼女の使う荊の魔法は、凶悪な魔獣たちも恐れるほどであった。
「メドウ、それは信じてもよいと思います。我が家に伝わる魔法書にも記されていますから。『世界に破滅が訪れる時、全ては約束の地に集う八つの輝石・・・・・・八人の魔力者に委ねられる』と。約束の地というのも、どうやら向こうの世界にある地名で間違いないようです」
「そんな他人事みたいな予言、信じられませんわ。もし仮にそうだとしても、カザネとビリー以外の魔力者はまだ誰も分かっていないのですよ?そんな不透明なものを信じるより、私たちの力を合わせて対抗する術を探すべきではなくて?」
「メドウ女王、少し落ち着きなされ」
バーントアンバーの国王が、しわがれた声でたしなめた。
「貴女の仰るとおり、わしらはまだ“運命の魔力者”がどの子なのか知り得ていない。中には、まだ魔力が開かれていない子もいるじゃろう」
重々しい彼の言葉に、一同は深くうなずいた。
「しかし、我々では力不足なのもまた事実じゃ」
「それはっ・・・・・・!」
「わしら八人の最上級魔力者を持ってしても、マルデードの力を完全に封じることはできんのじゃ。それ程までに、やつのまとう闇は増幅しておる」
彼は悲しそうに首を振った。マルデードが生まれてからの百年間で、世界は大きく変わってしまった。八人の国王がそれぞれの国を治め、国家間の交流も盛んだった、平和な世界はもうない。大広間に設けられた八つの席には、議会の歴史上、初めて三つもの空席がある。二つの席の主は内乱の制圧に向かっていた。魔獣の暴走や種族間の争いが、どの国でもひっきりなしに起こるようになった。もう一つは、本来なら、闇の種族を治める王の席だった。今はもう、マルデードに地位を奪われ、消息すら分かってはいない。
「俺も、国王の仰るとおりだと思うが」
ふいに低い声が響いた。声の主は、バーミリオンの国王、グレン・バーミリオンである。
「俺たちだけじゃあ、両方の世界なんて守れないだろう。現に、どの国も自国の治安維持で手一杯だ。到底、やつに対抗する力も勢力も揃えられない。唯一できることと言ったら、その“運命の魔力者”とやらがこちら側にくるまで、時間を稼ぐくらいじゃないのか」
「・・・・・・」
暖炉の炎が、すきま風に小さく揺れた。パチパチとはじけた火の粉が、しん、と静まり返った空気の中にとけるように消えていく。大広間を温めるには、この暖炉はいささか小さすぎたのかもしれない。
「両方の世界が救われる術は、“運命の魔力者”しか知らないわ。世界に破滅が訪れるのが今だとすれば、未来は彼らに託されたの。それが彼らに背負わされたものよ。私たちは、ただ、彼らが揃い、魔力を開くことを願うしかないのよ」
透きとおるようなアイスブルーの瞳を伏せて、ウィスタリアの女王が淡々と言った。いつも毅然としている彼女が瞳を伏せたのは、これで二度目だった。
「それでも、やはり心配ですね・・・・・・。この百年間でいくら向こうの人間がこちら側の存在を知り、魔力も身近に感じるようになったとはいえ、魔力を持って生まれてくる人間は少ないでしょう。そんなところで、本当に魔力は開くのでしょうか」
アルジャンの女王が不安そうに考え込む。それはあるな、とグレンがうなった。
「まあ、だからカザネをあの魔法学校とやらに入れたんだろ。うまいこと約束の地にあるしな。そうでしょう、国王」
グレンの言葉に、バーントアンバーはゆっくりと頷いた。
「そのとおりじゃ。こちらから学校に指導者も送っとる。何にしても、あの子には大きなものを背負わせてしまったがの」
ゴツゴツと骨ばった手を、胸の前で組む。
「あちら側でも、小さいが異変が起き始めているそうじゃ。彼らが魔力を開き、無事こちらにくるその日まで、わしらは少しでも崩壊を食い止めるのじゃ」
もう大分薄くなってしまった紅色の髪から思わせる外見とは裏腹に、彼の言葉は力強かった。国王たちは深く頷くと、大広間の天窓から見える夜空を大きく仰ぐ。その夜空には、ぱっくりと割れた裂け目が存在感を増していた。裂け目の奥には、底なしの闇が広がっている。
誰も口には出さなかったが、思っていることは同じだった。今まで自分を育んできた国と、愛する人々。何が起こるかわからない中で、本当は自分たちの力でこの世界を守りたい。不透明な、“運命”だけに任せたくはない。けれど、彼らの力だけではマルデードは止められないのだ。両方の世界を救うことができるのは、万年に一度、強力な魔力を持って生まれてくると伝えられた“運命の魔力者”だけだから。
彼らは、信じるしかなかった。
先が見えないこの世界の中で、向こう側にいる“運命の魔力者”が生まれ持った運命を背負っていけることを。
***
その頃。内乱制圧を終えたインディゴの国の王子は、国の東の果てで何かを考えていた。そして、決心したように静かな声で命じる。
「・・・・・・青き龍よ。我が声を風の奏者に伝えておくれ」
一呼吸おいて、湖の底から声がした。
「その望み、叶えよう」
彼の願いは、たった一つだけだ。彼女が無事に戻ってくること、それだけだ。
数々の想いが交錯するその夜も、漆黒のビロードの上に瞬く星の輝きだけは、いつもと変わらずに優しかった。