第3章 第5話 「氷の魔力者」
椿は、またも困惑していた。
「ええとつまり、」
混乱した頭から、なんとか大事そうな言葉を拾い上げる。
「神宮寺さんは“裏”の世界からきて、雲井さんは“表”側の人で、二人とも、その・・・」
「“運命の魔力者”?」
「あ、その“運命の魔力者”ってので、私もそうじゃないかと思った、ってことですよね?あれ、何か違いますか?」
「えーっと、たぶん、」
椿の言葉を反芻しきれていないきららをよそに、風音は「ええ」と頷いた。
「“運命の魔力者”が何を求められているのかは、さっき話した通りよ。まあそれも、王家に伝わる魔法書に書いてあったからってだけで、実際は曖昧ですけど」
「そうだよねー・・・。あたし、そんな怖そうな魔力者とバトるなんて無理だもん」
「ああ、マルデードのことね」
「超強いんでしょ?八人だけで相手できないって」
「それもそうなのよね。いくらわたしたちが運命とも言われる魔力を持っていても、王家や軍の魔力者の方が今は遥かに強いわ。それをどうして八人で、ってね」
聞けば聞くほど、関わりたくない話だーと、椿は思った。
まあ、自分がその“運命の魔力者”とやらだという確証はない。なくていい。面倒ごとはご免だ。
強大な魔力者を止めなければ二つの世界が滅びる、けれどどうしろというのだ。それを私が止められるわけもないのに。
「今すぐにこの話を信じる必要はないけど、心には留めておいてーって、霙谷さん、聞いてます?」
「あっ、ーすみません」
僅かに眉間にしわを寄せた顔でさえ、美人はなかなか迫力があるらしい。風音のブラウスの裾を、きららはちょんちょんっと控え目に引っ張った。
「とりあえず、三つだけ伺ってもいいですか?」
「三つ」
そうです、と風音は指を折って数える。
「霙谷さんの魔力はいつ発現したか、どんな魔力か、魔法を使った時に何か特異な点はなかったか、の三つ」
なんだかよく分からないが、とりあえずこの三つさえ答えれば解放してくれるかもしれない。
壮大な話よりも、椿にとっては目の前の課題の山のほうが重要だった。
ーそれに、この編入生は何だか苦手。
偽善者ぶっているわけでも、優等生を演じているわけでもなさそうだ。かといって、隣のきららのように純粋とか天然、ってわけでもない。
風音が本当はどんな人間なのか、椿には全く分からなかった。
「それじゃ、とりあえず一つ目」
風音が、細くて真っ直ぐな指をピンと立てた。
「霙谷さん、魔力はいつ発現したのか覚えてます?」
「魔力は、生まれつきです」
「生まれつき⁉︎あたしは小学校に入った後だったよ!」
きららが驚いたように目を丸くした。
風音はと言うと、またしてもちょっと口の端をあげた笑みを浮かべている。手元のモスグリーンの手帳には、さらさらとペンが走っていた。
「じゃあ、二つ目。霙谷さんの属性魔法は氷って伺ってるんですけど。氷属性でも主にどんな魔法なんですか?」
「えーっと、」
ーどんな魔法?どんな、って、何を言えばいいの?
「どんな、って言うのは答えにくいわね。すみません」
椿の困った様子に、風音が手を差し伸べる。
「そうですね・・・例えば、私は風属性なんですけど、周りを流れている風を使います。自分で創生するわけではなくて。あとは、攻撃的な魔法が多いです。風を吹き荒らすようなものだったり、刃にしてみたり」
「ああ・・・・・・なるほど」
何となくイメージはつく。
「それなら私は、創生ってことになりますかね。水を凍らせることもできるけど、基本的に氷のものを作り出すってのが多いですから」
「なるほど」
「攻撃的・・・・・・とかではないと思います。実戦形式の授業では、氷の召喚獣をよく使ってます」
「召喚系がお得意なんですね」
風音は何やら楽しそうだ。ふんふん、と小刻みにリズムを取りながら、手帳にメモを続ける。
「召喚魔法が使えるって、すごいなあ」
きららが感嘆の声をもらした。
きららの属性は、この前の魔獣との戦いで“光”だと分かった。しかし、あの日以来光の属性魔法は使えてはいない。そもそも、光の属性魔法の使い手が“表”の世界には余りいない。
あたし、本当に光の“運命の魔力者”なのーきららがそんな疑問を抱くのも至極当然のことだった。
「今度ぜひ、召喚魔法、見せてくださいね」
風音がそう言ってにっこりと微笑んだ。
「あ、はい・・・・・・」
ー絶対、いやだ。
「じゃ、三つ目」
風音がスッと指を立てる。
「今まで魔法を使った時ー特に、属性魔法を使った時、何か普通とは違ったこととかってありますか?例えば、基本魔法とは違った感覚がする、とか」
「いえ、そういったことは特に・・・」
と答えかけて、そういえば一つだけ思い当たることがある。
「そういえば・・・氷の造形を作る時、なんだかキラキラ光ったものが見える、とは言われたことがあります」
「キラキラ光ったもの」
風音がぐいと身を乗り出した。
ー怖い怖い怖い。
「それ、少し詳しく伺えますか?」
「いや、特に詳しく、ってことはなくて・・・ただ、私、こうやって造形魔法を使うんですけど」
椿は腕を少し上げると、両手のひらを天井に向けた。
「この時、指先から腕、稀に体全体がキラキラ光ってる、って言われたことは何回か」
「なるほど、ね・・・・・・」
風音がメモを取りながら、何かを考える表情になった。
ー早く解放してほしいんだけど。
椿の気持ちを汲み取ったのかは定かではないが、風音はぱっと顔を上げた。
「ありがとうございました。とりあえず、今日はこれで失礼します」
「あ、こんなんで・・・役に、」
「いえ、とても興味深いお話が聞けました」
拍子抜けする椿に、風音は再びにっこりと微笑む。
「また何か、思い出したことあったら、ぜひお話してくださいね」
「あ、はい」
「じゃ、きらら、行くわよ」
風音がソファから立ち上がる。
「あ、待って待って」
きららも慌てて立ち上がると、椿に向かって一礼した。
「あ、ありがとうございましたっ!」
「いえ・・・・・・」
そうして二人は、もう一度礼を述べると、寮を後にした。
椿は、その背中を半ば呆然としたように見送る。
ーなんだったの、一体。
椿にとってはよく分からない二人の訪問。
しかしどうやら、風音にとっては、大きな収穫となったようだったのは、次回のお話であるー




