第3章 第2話 「霙谷椿」
「ま、魔力者って・・・あたしたちと同じ⁉︎」
霙谷椿が、“運命の魔力者”ー⁉︎
思いがけない驚きで目を丸くするきららに、風音はゆっくりと頷いた。
「うん、もちろんわたしの推測ではあるんだけど。でも今日、ちょっと調べてみたら、あの人生まれつき魔力が高いみたいで。それに、化学室で見かけた時、不思議な気を感じたから」
「あ、だからあの時名前を聞いたんだ!・・・って一体何調べてんの!それ、めちゃくちゃ個人情報だと思ううんだけどっ⁉︎」
「そこはほら、神童編入生の特権的な?まあそんなのどうだって良くって、」
「いや、どーだっていいわけじゃないから」
これも無駄な抵抗だとは思いつつ、一応突っ込んでおく。
「とりあえず、明らか普通の生徒とは違うと思ってね」
風音の瞳が怪しく輝いた。
「な、なるほどね。でも、不思議な気って?あたしにはなかったんでしょ?」
例の魔獣との闘いの後、風音は帰り道すがらにいろいろなことを話してくれた。自分の生い立ち、マルデードという強大な魔力者のこと、そして“運命の魔力者”について。
きららが“運命の魔力者”だと分かったのは、完全に偶然だとも言っていた。
そりゃ、あたしもビックリだったからな・・・・・・。
未だに、その魔力者だっていう実感は全然わかないし。
「きららは本当に例外と言ってもいいかもしれないわ。初めて会った時に、少しだけ不思議な気はしたけれどね。わたしも、それにビリー・・・世界のどっかを放浪してる樹を司る魔力者も、少しだけ他の魔力者とは気配が違うの。大抵の人には分からない違いらしいけれど、わたしは気配をよむのが得意というか、専門分野だからね」
「さすが風音ちゃん・・・!」
「そうでもないわよ。みんな、司る属性によって得意不得意があるし。でもきららには、“運命の魔力者”の気配がなかったの」
「え、じゃあやっぱあたしは違うんじゃ、」
「それはないわ。きららが使った光の魔法と、瞳の輝きはわたしのそれと類似しているもの」
風音はきっぱりと否定した。
「それに、突拍子もなかったわたしの話を信じてくれたしね」
そして目をそらすようにそっぽを向く。
その頰が淡く染まっていたのには、鈍いきららは気づきもしなかったが。
「後は、霙谷さんが魔法を使うところをみて確認したいのよね」
風音は腕を組んで考え込んだ。
「クラスが違うと授業がかぶらないものね・・・どうしたものか」
「実技検査は終わっちゃったし、後は体育祭くらいしかないもんね」
風音は黙って頷く。
共通の友達もいないし、話をするのも難しいかな・・・・・・。
「せめて少しでも接近できればいいんだけど」
その言葉に、きららは何気なくつぶやいた。
「寮生だったら、まだ訪ねやすいけどなー」
「その手があったわ!」
風音がはっと気がついたように声をあげた。
「さすがよ、きらら!寮の部屋にお邪魔しちゃえばいいんだわ!」
「霙谷さんが寮とかって、知ってるの?」
「もちろん!」
風音は興奮したように、カバンの中から手帳を取り出す。
まったくどんだけ用意がいいんだか・・・。
きららは変に感心しながら、そのモスグリーンの手帳を覗き込んだ。
そこには、やわらかなボールペンの字でこう書き留めてある。
霙谷椿 五年C組 魚座B型 第2寮301号室
「ー大正解?」
そう首を傾げるきららに、風音はふっと不敵な笑みを浮かべるとゆっくりと頷いた。
***
鼻にツンとくるような薬品の匂いが、教室中に立ち込めている。
黒いカーテンをひいた教室の中は蛍光灯の光でぼうっとした白い光に照らされ、霙谷椿は少し気分が悪かった。
そうなると、生徒たちの話し声も教師の説明も、ポコポコと化合する音も、もはや耳障りな雑音にしか聞こえない。窓際後ろから二番目の席で、椿は頭を抱え込んだ。
ーまたあの頭痛だ。
頭の中からズキズキと痛みが広がっていく感じがする頭痛だ。いつもの頭痛とは全然違って、ふとした瞬間に椿を襲う。
何日かに一回は訪れるこの痛みは、その度に椿を苦しめていた。
「霙谷さん、具合が悪いの?」
ふいに隣の席から小さな声が聞こえた。
見ればわかるだろ、と内心毒づきながらちょっとだけ顔をあげて頷く。下田麻衣というその女生徒は、慌てて担当教師を呼んだ。ー余計なことを。
「大丈夫?」
すぐに頭上から低い声が聞こえた。
少し首を動かすと、そこには漆黒の長い髪を後ろで束ねた化学教師が立っていた。
「保健センターに行ってもいいわよ?」
紅の唇が静かに動き、切れ長の瞳が真っ直ぐに椿を見つめている。
ーこの女性は苦手だ。
漆黒の髪と真紅の唇に、白衣の白さが余りにも似合いすぎている。
「多分、大丈夫、です」
椿は切れ切れにそう言った。
内心は早く立ち去って欲しいだけなのに、
「え・・・でもすっごく具合悪そう・・・」
と横から下田が口を挟む。心配しているのに、という含みを帯びたその声が嫌で、椿は「本当に大丈夫だから」と頑なになった。
化学教師は問うような瞳で椿を見つめている。
ーあぁ、だから、やっぱりこの女性は苦手。
「先生、本当に大丈夫です。いつも、すぐに治るので・・・」
嘘ではない。
突然襲い掛かるようにやってきて、そのくせ五分も経たないうちに消え失せてしまう。
だから先生、もう行っていいってー・・・
「じゃあ、どうしても具合が悪くなったらまた呼んで頂戴」
化学教師はそう言うと背を向けた。他の生徒に呼ばれ歩いていく背中に、少し安堵する。
そっと吐息を吐くと、何かを勘違いしたのか下田が「あたしにも言ってね?」と小首を傾げた。
側から見れば、純粋に心配している顔が椿にはただの作り物に見える。
私は、そんな表情が嫌いだ。
ありきたりな言葉とセットで身についたような表情が、私は嫌いで嫌いで仕方がない。個性のかけらもない、つまらない表情。そしてそんな人間。
ひとに嫌われることを恐れ、ハッキリとせずに決められた型ばっかりの人間。
ー学校だってそんな集いのようなものなのに。
もともと人付き合いは得意じゃなかった。
変わったやつだと、変な子だと言われてきたし、自分でもそう思っている。
だから、正直こんな学校に通うのももう嫌だ。
魔力があろうとなかろうと、結局、みんな同じじゃないか。
「・・・っ」
ズキン、という鈍い痛みが椿を襲う。
私もいつか、つまらない周りに溶けていってしまうのかもしれない。
いっその事、それが楽なのだろうか。
頭を抱え込んで机につっぷすと、遠くから授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえた。




