第2章 第5話 「Let's train!:後編」
垣内が幾度倒しても、ゴブリンは分裂を繰り返しては数を元に戻していく。
「《フォルゴレ・スピーナ》!・・・ちっ、キリがないな」
垣内の両手から放たれた、無数の雷光を帯びた棘は確実にゴブリンを仕留めていく。しかし、一匹でも取りこぼせば奴らは倒せない。瞬く間に元の数まで増えてしまう。
ー最初召喚された数から増えることがないのが、かなりの救いだ。
「風音ちゃん、あれ、全部一気に倒さないとダメなの?」
きららがまたもやメモを取っている風音に尋ねた。モスグリーンの手帳には、小さな黒い文字がびっしりと書かれている。一体何をメモしているのか、隣にいても全く分からない。
「そういう訳でもないわ」
風音は顔を上げると、ゴブリンを指差した。
「きらら、ゴブリンが分裂するときをよく見てて」
「《フォルゴレ・スピーナ》!」
細くて長い指が示す先では、またもゴブリンが攻撃を受けては分裂を繰り返している。
きららはよく目を凝らした。
ゴブリンの分裂は、一度に一匹が二匹になることしかできない。それがあっという間だからキリがないのではあるが、その分裂にはある特徴があった。
「あっ」
きららは思わず声を上げた。
「何かに気がついた?」
「ものすごい速さで動いてる!」
きららの驚いた声に、島原も身を乗り出した。
「なになに、何だって」
「ほら、あそこ!めっちゃ速いスピードで動いてるよ!」
確かにきららの言った通りだった。
ゴブリンは分裂をする瞬間、身体を激しく左右に動かしている。目にも見えぬ速さで左右移動をすることで、彼らは分裂しているのだ。
「それは、つまり・・・どういうことだ?」
「だからっ!・・・あれ、えーっと、うん?どういうこと?」
「おいっ!雲井も分かんねぇんじゃん!」
「でっ、でも気づいたもん!」
「分かんなきゃ意味ねーだろ!」
途端に騒々しくなる二人に、風音は冷たい視線を浴びせる。
「か、風音ちゃんっ」
「わりぃ・・・教えてくれ」
風音はいろいろと呆れたようなため息を吐いて、解説を始めた。
「二人とも、ゴブリンが素早く動くことで分裂しているのは分かったわね?」
「「うん」」
こくり、と頷く。風音は続けた。
「言い換えるとね、動かないと分裂はできないのよ」
「「?」」
「ゴブリンは左右に素早く動くことで、自身の体を分裂する手助けをしている・・・つまり、いくら分裂しようとしても、動くことができなければ彼らは分裂しない」
あ、ときららの口から小さな声が漏れた。
もしかしたら、きっと、こういうこと。
「じゃあ、動きを止めちゃえば・・・!」
その答えに、風音は満足そうに微笑んだ。
「なるほどな!」
島原がぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ早速あいつにっ」
「それはダメよ、島原君」
垣内に向かって伝えようとしている島原を、風音が制する。
「えー、なんでだよ」
「解決策には、自分で気がつくことが大事だもの」
風音が垣内の方を見やる。
「それに垣内君は、薄々気がついてるみたい」
「《放電網》!」
垣内が放った電気の網が、周囲のゴブリンを捕らえる。捕らえられたゴブリンは、体がしびれて思うように動けていない。
「電気を網状にはりまぐらせているのね。なかなかだけど・・・」
「っ!やっぱ全部は捕らえきらねぇか」
網の大きさには限界があった。
捕らえきれなかったゴブリンは、消滅した数だけ分裂していく。
「距離が遠いと届かねーのか」
垣内は、さっき島原が戦っていたところに立っていた。
そうすると、練習室の端に近いゴブリンには網が届かないのだ。
「それなら・・・・・・」
一か八かだな、。
垣内は覚悟を決めると、ダッと部屋の中心へと躍り出た。
これで四方八方から狙われる。
リスクは倍増。いや、正面だけだったさっきと比べれば三倍ってとこか?
でも、その代わり、
垣内はバッと両手をあげた!
「俺だって全範囲を狙える!《放電網》‼︎」
その瞬間、両手から放たれた電気の網が部屋中を駆け巡った!
その網は、瞬く間にゴブリンたちの動きを封じていく。
「ギィィィィ!」
怒ったように鳴くゴブリンたちに、垣内は再び両手を向けた。
これで、終わりだ。
俺は、もっともっと、強くなる!
妹のためにも・・・!
「《稲妻》‼︎‼︎」
天井に浮かび上がった魔法陣。
そこから、一斉に白い稲妻がゴブリンめがけて落ちる!
ものすごい爆音とともに、真っ白な光があたりを包み込んだ。
「ギッ・・・ギィィィィ・・・・・・」
動きを止められたゴブリンには、為す術はない。
微かなうめき声とともに、その体は光の中に溶けていった。
「や、やったのか?」
垣内は、眩しそうに目を細めながら室内を見回した。
室内はまだ、稲妻の残した光に包み込まれている。
稲妻が落ちたはずの床には、その傷跡は何もなかった。島原の時もそうであったが、さすが実技練習室といったところか。魔法による損傷はすぐに修復してしまうらしい。
「お疲れ様、垣内君。最後の一撃、とても良かったわ」
光の中から、風音が満面の笑みを浮かべて現れた。
「お前まじか、すげーな!こんな魔法見たことないぞ!」
「ね!垣内って強いんだね!」
風音の後ろから、島原ときららも口々に賞賛の言葉を口にする。
「いや、自分でもびっくりだよ・・・」
垣内は、少し照れたように頭を掻いた。
「垣内君、あの魔法はもともと知ってたの?」
「最後の、稲妻の魔法のことか?」
「ええ」
そうだな、と垣内は頷く。
「俺、ここに入学た時、自分の属性魔法を調べるのにちょっとハマってて。図書館とかでいろいろ調べて、使えそうなの覚えてたんだよな」
「なるほどね」
「お前、すげぇな・・・!いつの間に・・・!」
驚いた様子の島原の肩に、きららはポンと手を置いた。
「島原、あたしたちはすごい取り残されてるみたいだね」
「おいっ、その憐れんだ目は何だよ!つか、俺は兄貴から教えてもらってんだ!むしろ雲井だけだろ!」
「自分でやってないんだから一緒でしょ!」
「それでも俺は知ってるからいいだろ!次雲井の番だな!俺が見ててやるよ!」
「うるさいなーもう!」
「おい、お前ら・・・」
またも騒がしくなる二人に、垣内が焦ったように声をかけた。
その肩にそっと手を置いて、風音が制する。
そして風音は、笑顔のまま唱えた。
「《口封》」
「さっ、じゃあ最後にきらら、と言いたいところなんだけど、」
何事もなかったように、風音は話を変える。
「もう時間が時間だから、とりあえず今日はここまでね」
「お、おう・・・」
ちらっと後ろを気にしながら、垣内は頷いた。
「最後に、垣内君にこの扉を開けてもらおうかしら」
「そ、そうだな・・・」
神宮寺さん、あいつらは完全に無視のするつもりだな・・・・・・。
二人の後ろで、口を塞がれたきららと島原が訴えるような視線を向けている。
まあ、風音は見えてすらないように振舞っているわけだが。
「んっ、ん"ん"ん"!(ちょっと垣内、あたしたちを助けてよ!)」
「ん"ーっ‼︎ん"、ん"ん"ーっ!(そうだぞ!俺たちを見捨てんじゃねーぞ!)」
必死に声にならない声をあげる二人に、垣内は困り切った顔を向ける。
きららも島原も、なかなかに必死の形相だ。風音の口封じの魔法はやはり結構強力である。
俺は絶対に逆らわないでおこう、と垣内は誓った。
そしておそるおそる切り出す。
「・・・あの、神宮寺さん、」
「「‼︎‼︎(さすが垣内‼︎)」」
「俺一人じゃ、さすがにこの扉は無理かと」
「「⁉︎(そこかよ⁉︎)」」
「そう?」
「これ、なかなかに高レベルの扉だと思うし」
「まぁ、確かに五年レベル一人だとちょっときついかしら」
あっけにとられている二人を無視して、風音と垣内は扉の前に立った。
「呪文自体は凄く簡単だけど、この扉は重いものね」
「そう、だと思う」
「垣内君がそう言うなら仕方ないわ」
パチン、と軽く指を鳴らす。
「《解除》」
「ぷはぁっ!」
呪文とともに、二人の口を塞いでいた魔法が解かれる。
「あ、やばい、声が出るってすげー嬉しい」
「かっ、感動してる場合じゃないでしょ!」
荒い息をしている二人に、風音はツカツカと歩み寄った。
「今回は垣内君に免じて解いてあげたけど。今度からは、痴話喧嘩もほどほどにね?」
「「は、はいっ‼︎」」
二人合わせていい返事。
「それでいいのよ」
「「すみませんでしたっ‼︎」」
「痴話喧嘩っての、気付いてすらねーのな・・・」
垣内の独り言に、風音はふふっと微笑んだ。
「じゃ、早速三人で扉を開けてみて?」
扉の前に立って、三人は慎重に呪文を唱える姿勢をとった。
島原は両手を扉につけ、垣内は少し離れて両手を向ける。きららはというと、木犀の杖を取り出してその先を扉の中心部へと向けた。
「っし!俺が数えるから、せーので唱えんぞ!」
「おう」
「おっけー!」
島原はふう、と大きく呼吸をすると、声を張り上げた。
「サン!ニー!イチ!せーのっ!」
「《アンロック》‼︎」
その声とともに、何かがガチンと外れる音がして、。
あの重たかった扉は、
「ギィ・・・・・・」
「おっ、うおおおお‼︎」
「開いた‼︎風音ちゃん、開いたよ‼︎」
「さすがに三人だと開くな」
最初はあんなに手こずった扉は、たった一度の魔法で、大きく開かれたのだった。
「さすがね、三人とも。うまく魔法を使いこなせれば、実技検査は大丈夫よ」
風音の言葉に、三人は嬉しそうに顔を見合わせる。
「さ、もう日も沈みそうだし、帰りましょう」
「そーだな!」
「今日はさんきゅーな、神宮寺さん」
「風音ちゃんありがとう!」
口々にそう言って、三人は寮の方へと駆けて行った。
その背中が小さくなるのを見送って、風音はうーんと伸びをする。
「んー、わたしは何の魔法で攻略するべきかしら」
あんまり強すぎる魔法はリスキーだものね、と考えながら荷物を肩にかける。
今日一日でだいぶ収穫が得られた。これは今後の生活で役に立ちそうだ。早く帰って、手帳を見直さなければ。
夕焼けの、橙と小紫色に染められた空の下。
風音は弾む気持ちを抑えきれずに、珍しく小走りで帰路に着いた。




