第2章 第3話「Let's train!:前編」
連休二日目、土曜日、正午五分前。
そろそろ風音と約束した時間になる。
きらら・島原・垣内の三人はというと、もう既に実践練習室の前に集まっていた。遅刻魔の島原でさえ五分前についているあたり、風音効果は大きい。
「にしても、神宮寺さん、遅えな」
制服のシャツの袖をまくりながら、島原がきょろきょろと周りを見回した。
土曜日の真昼間、しかも連休二日目。学校内に生徒の影は見当たらない。
「神宮寺さん、時間に厳しそうなのにな」
そう言って、垣内がふわあ、とあくびをする。
「休みの日なのに、ひっさびさに午前中に起きたわ」
確かに、垣内はまだ眠そうな目をしていた。
「うーん・・・風音ちゃんなら、もう来てると思ったんだけどなぁ」
きららも首をかしげた。風音と知り合って早一ヶ月になるが、いつもきららが登校してきた時には、風音は教室で本を読んでいた。きららより遅く来たことは一度もない。
だから絶対、今日もあたしたちを待ちながら本を読んでるのかと思ったんだけど・・・・・・。
「うし、もう入っちゃおーぜ」
そう言って、島原が練習室の取っ手に手をかけた。
「鍵空いてんのかよ?」
「さあ?開けてみれば分かるじゃん」
よっ、と掛け声をかけて、島原が銀色の取っ手を思いっきり引いた。重そうな扉が、ギギッという軋んだ音をあげる。
「おっ開いてるじゃん!でも、かてぇ!」
「俺も手伝うわ」
垣内も荷物を置いて、島原の隣に並ぶと取っ手に手をかけた。
「っしゃさんきゅ!せーのっ!」
二人がそのまま体重をかけて引くと、扉は徐々に動き始める。
「何だこれ、まじでかてーぞ⁉︎」
「古いんだろっ・・・!」
今にも壊れそうな音をさせながら、扉の開いた隙間は徐々に広がっていく。
「二人とも!後ちょっとだよ!」
「うおおおおおっ‼︎‼︎」
渾身の力を振り絞って一気に引くと、やっと人が通れるくらいに扉が開いた。
「ぜー・・・ぜー・・・や、やったか?」
「うん!なんとか通れそう!」
「っしゃ」
顔面汗だくになりながら、島原はにんまりと笑った。垣内はというと、はーっと大きな息を吐いて、そのまま地面に倒れこむ。
「特訓の前に、何でこんな疲れなきゃなんねーんだ・・・・・・」
「それな・・・・・・」
その時、練習室の中から声がした。
「ちょっと三人とも!何してるの!」
「かっ、風音ちゃん⁉︎」
慌てて扉が開いたところから中に入ると、そこには全身ジャージ姿の風音がこちらを向いて立っていた。
・・・・・・ジャージ姿?
「えっ、風音ちゃん、ジャージなの⁉︎」
驚いて声を上げたきららに、後ろから容赦のないチョップが飛んでくる。
「そこはまず問題じゃねーよ!」
「った!」
きららに続いて練習室に入ってきた島原が、ビシっと扉を指差した。
「神宮寺さんはどーやってここ入ったんだよ⁉︎」
「はっ!」
中から見ると余計に、扉は分厚くて重そうだ。確かに、風音一人であの扉を動かせるとは到底思えない。
しかし風音は、その問いにあっさりと答えた。
「魔法を使ったに決まってるじゃないの」
「魔法⁉︎」
怪訝な顔をする三人を前に、風音は沈痛な面持ちでため息を吐いた。
「わたし言ったはずよね?五年生レベルの魔法、ある程度覚えといてねって」
あっ、と思い出したものの、もう遅い。
「実技検査の一つになっているでしょう?“鍵と錠”の魔法」
“鍵と錠”の魔法とは、文字通り鍵をかけたり錠をつけたりする魔法であるが、なかなかに用途が多いため重要視されている基本魔法の一つである。この魔法を使えば、簡単なものではロッカーや小箱から、大きなものではこの扉のようなものまで様々な鍵の開け閉めが可能になるのだ。とは言ったものの、もちろん対象が大きなものであれば魔法はかけにくくなるし、厳重な警備がなされているものはかなりの魔法使いでも開けることは困難だった。
しまった、という顔をしている三人に風音は尋ねた。
「あなたたち、ちゃんと読んできたの?今回の魔法実技検査の内容」
三人は、ぷるぷるぷる、と揃って首を振るーーもちろん、向きは横だ。
風音はまた大きくため息を吐いた。
「今回の魔法実技検査は、障害物競走?わたしはよく知らないけど、それに見立てて作られているそうよ。途中の障害となるものを戦闘系の魔法で倒し、池を飛び越し、そしてゴール目前で扉を開ける。その扉を開けるのに、この魔法が必要でしょう?」
「なっ、なるほど!」
「五年生レベルとして指定されている魔法とこれらを鑑みると、まあ考え得るのは自分の得意な戦闘系の魔法、飛行魔法、“鍵と錠”の魔法ってところかしらね」
「さ、さすが・・・・・・!」
的確な説明に、三人は感嘆する。
さすがは天才、神童、七年ぶりの編入生!
「じゃあ、分かってもらえたところで、早速始めましょうか?」
風音はにっこりと微笑んだ。
「Let's begin special training♪」
***
「それじゃ、最初はあなたたちの実力を見たいから・・・っと」
風音がしゃがみ込んで、バッグの中を漁る。
「風音ちゃん、何するの?」
きららが風音の肩越しに尋ねた。風音は、何やら白い紙の束と黒いペンを取り出している。そして白い紙を何枚か抜き取ると、ささっと絵のようなものを描き始めた。
「それ、なぁに?」
「んー♪」
風音は楽しそうに笑うだけで、一向に教えてはくれない。
「何してんの」
そこにひょいっと顔をのぞかせた垣内が、風音の描いたものを見てうっと呻いた。
「え、どしたの垣内」
「いや雲井、どーみても召喚獣だよ。魔法陣じゃん」
「えっ」
「垣内君、大正解♪」
風音はペンをしまうと立ち上がった。
「これから、あなたたちにはゴブリンと戦ってもらうわ」
「ゴブリン⁉︎」
「そ。まぁ、レベルはそんなに強くないから、心配はしなくても大丈夫よ」
風音は手に持った数枚の白い紙を広げる。
「ちなみに、それぞれ戦ってもらうゴブリンの属性は勝手に変えちゃったから、上手く攻撃は考えてね。一応あなたたちの特性を考えて変えたから、相性は悪くないはずよ。それと、」
「いやいやいや、ちょっと待って」
島原が言葉を遮った。
「神宮寺さん、雲井はともかくとして、俺らの特性なんてどうして知ってんの」
「あぁ・・・確かに」
垣内も不思議そうに風音を見る。風音はふふっと笑って誤魔化した。
「じゃあ、まず島原君からね。島原君には、霧属性のゴブリンを用意しといたわ」
そして、同じ魔法陣が描かれた二枚の紙をふっと放り投げると唱える。
「《召喚魔法》」
その瞬間、二枚の紙が光ったかと思うと、魔法陣に小さな渦が生まれた!
「ちょっ、待っ」
「さぁ、島原君、頑張って!」
慌てる島原を完全に無視して、風音はさっと身を引いた。きららと垣内もいつの間にか遠巻きにこちらを見ている。
くっそ、なんだよやるしかねぇのか!
島原が覚悟を決めて拳を握りしめた。
そして光と渦が次第に薄れ、二匹のゴブリンが姿を現した・・・・・・!




