表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

3.夜の学校へ

 駅はまばらに人が行き交っていた。改札を抜けていく制服姿の僕たちは、少し人目をひいているかもしれなかった。法月さんの家は僕とは反対方向だから、一緒に電車に乗ったことはほとんどない。

「変な感じだね」

 吊革に掴まって、僕は言った。黒い鏡と化した窓ガラスに、並んで立つ僕たちの姿が映っている。

「なにが?」

 むっつりと黙りこんでいた法月さんが、間を置いて問う。

「こんな時間に、こんな風に学校に行くなんて」

「そう?」

「夜の学校なんて、行ったことないし」

 法月さんはつまらなさそうに目をそらした。席に座ったおじさんが、法月さんに見とれていた。三駅で、学校の最寄り駅に到着する。

「君はあの手紙を私が書いたと、どうして思わないの?」

 ホームは人でごった返していた。その中を掻き分けるようにして、僕たちは歩いていた。ざわめきの中、彼女は澄んだ声で、僕に問いかけた。

「だって、違うでしょう?」

 集団が通り過ぎてやっと法月さんの隣に戻りながら、僕は言った。

「ある仮定について、よく考えもせずに切り捨てるのはあまりにも危険だと思わない?」

「もし法月さんが書いたとしたら……持田さんが学校にいる、とわかったってことだ。でも、そしたら僕に口で言ったらいいのに、わざわざ手紙にする意味がわからないよ」

「そんなの、知らないふりをするために決まってるじゃないか」

「なんのためにそんなことするの」

「私が持田さんをさらって、どこかに閉じ込めて、それから何も知らないふりをして君の家に行って、何も知らないふりをして一緒にここまで来た、としたら」

「……そうなの?」

「私はちがうと思う、けど」

「じゃあちがうよ」

「だから、そんな風に決めてしまうのが危険なんだ」

「……言ってることがめちゃくちゃだよ」

 法月さんは顔色が悪かった。ホームから改札に向かう途中のベンチに、僕は法月さんを座らせた。

「ごめん。夏は調子が悪いんだ」法月さんは言った。どうも、体調のことだけではないようだった。

「高橋さんは家が遠いから、もう少し時間がかかると思う。ここでちょっと休もう。何か飲み物でも買ってこようか?」

 法月さんは首を振った。座っていた女の人が立ち去ったので、僕は法月さんの隣に腰を下ろした。

「学校には、何も言ってないんだよね?」法月さんが言った。

「うん。……まだそこまで大ごとにしたくないって」

「……真梨亜が持田さんをさらって、学校のどこかに監禁したとする。可能性の高い場所を、私はいくつか挙げられる」

「うん。そこから探したらいいと思う」

「それで、その場所で発見できたとする。持田さんは、私にさらわれたと証言するだろう。犯人は法月紗羅だ、って」

「……言ったらいいじゃないか。いや、僕が言うよ。それは法月さんじゃなくて、法月さんの双子の妹なんだ、って」

「そんなの誰が信じる?」

「信じるよ。僕が信じてるんだから」

「……私は信じられない」

 僕は少しむっとした。

「僕の友だちが信じられないの?」

 そう言うと、法月さんははっとしたように顔を上げた。顔色が悪いのに加えて、目も潤んでいた。ひどく弱り切った、かなしそうな顔に見えた。

「ちがうよ。私は、私が信じられない」

 かかとで床をこつんこつんと叩きながら、法月さんは言った。僕たちの前を、たくさんの大人たちが足早に通り過ぎる。

「だって、おかしいと思わない?私が君の家に行ったのはこれが初めてだよ。その日にそれが起こった。私がいる時に、私の字で書かれた、直接投函された手紙がポストに入ってた。それに……」

「もし君がやるとしたら、こんなわざとらしいことしないと思う」

「君がそう思うのを見越しているんだよ」

「だって、何のためにこんなことするの?」

「動機なんていくらでも考えられる」

「たとえばどんな?」

「たとえば……」

 法月さんは自分の足を見つめていた。うつむいたまま、ふふっと少し笑った。

「朱色のしるしの事件の時の、文木さんって覚えてる?」

 唐突に、法月さんは訊ねた。

「覚えてるよ」

「彼女は先輩とつきあうことになって、部活なんてどうでもよくなってたね」

「まあ……そんな感じだったね」

「人は恋に落ちると、他のことなんてどうでもよくなってしまう」

「それは人によると思うけど」

「中学生なんて大抵そうだ。彼氏や彼女ができたら、浮かれて夢中になって、それがすべてになってしまう」

「法月さんも中学生だよね」

「私のことはどうでもいい」

 法月さんは顔を上げると、僕をまっすぐに見た。何かをひどく訴えたがっているようなそんな表情で、なのにそれ以上、何も言ってはくれなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ