3.夜の学校へ
駅はまばらに人が行き交っていた。改札を抜けていく制服姿の僕たちは、少し人目をひいているかもしれなかった。法月さんの家は僕とは反対方向だから、一緒に電車に乗ったことはほとんどない。
「変な感じだね」
吊革に掴まって、僕は言った。黒い鏡と化した窓ガラスに、並んで立つ僕たちの姿が映っている。
「なにが?」
むっつりと黙りこんでいた法月さんが、間を置いて問う。
「こんな時間に、こんな風に学校に行くなんて」
「そう?」
「夜の学校なんて、行ったことないし」
法月さんはつまらなさそうに目をそらした。席に座ったおじさんが、法月さんに見とれていた。三駅で、学校の最寄り駅に到着する。
「君はあの手紙を私が書いたと、どうして思わないの?」
ホームは人でごった返していた。その中を掻き分けるようにして、僕たちは歩いていた。ざわめきの中、彼女は澄んだ声で、僕に問いかけた。
「だって、違うでしょう?」
集団が通り過ぎてやっと法月さんの隣に戻りながら、僕は言った。
「ある仮定について、よく考えもせずに切り捨てるのはあまりにも危険だと思わない?」
「もし法月さんが書いたとしたら……持田さんが学校にいる、とわかったってことだ。でも、そしたら僕に口で言ったらいいのに、わざわざ手紙にする意味がわからないよ」
「そんなの、知らないふりをするために決まってるじゃないか」
「なんのためにそんなことするの」
「私が持田さんをさらって、どこかに閉じ込めて、それから何も知らないふりをして君の家に行って、何も知らないふりをして一緒にここまで来た、としたら」
「……そうなの?」
「私はちがうと思う、けど」
「じゃあちがうよ」
「だから、そんな風に決めてしまうのが危険なんだ」
「……言ってることがめちゃくちゃだよ」
法月さんは顔色が悪かった。ホームから改札に向かう途中のベンチに、僕は法月さんを座らせた。
「ごめん。夏は調子が悪いんだ」法月さんは言った。どうも、体調のことだけではないようだった。
「高橋さんは家が遠いから、もう少し時間がかかると思う。ここでちょっと休もう。何か飲み物でも買ってこようか?」
法月さんは首を振った。座っていた女の人が立ち去ったので、僕は法月さんの隣に腰を下ろした。
「学校には、何も言ってないんだよね?」法月さんが言った。
「うん。……まだそこまで大ごとにしたくないって」
「……真梨亜が持田さんをさらって、学校のどこかに監禁したとする。可能性の高い場所を、私はいくつか挙げられる」
「うん。そこから探したらいいと思う」
「それで、その場所で発見できたとする。持田さんは、私にさらわれたと証言するだろう。犯人は法月紗羅だ、って」
「……言ったらいいじゃないか。いや、僕が言うよ。それは法月さんじゃなくて、法月さんの双子の妹なんだ、って」
「そんなの誰が信じる?」
「信じるよ。僕が信じてるんだから」
「……私は信じられない」
僕は少しむっとした。
「僕の友だちが信じられないの?」
そう言うと、法月さんははっとしたように顔を上げた。顔色が悪いのに加えて、目も潤んでいた。ひどく弱り切った、かなしそうな顔に見えた。
「ちがうよ。私は、私が信じられない」
かかとで床をこつんこつんと叩きながら、法月さんは言った。僕たちの前を、たくさんの大人たちが足早に通り過ぎる。
「だって、おかしいと思わない?私が君の家に行ったのはこれが初めてだよ。その日にそれが起こった。私がいる時に、私の字で書かれた、直接投函された手紙がポストに入ってた。それに……」
「もし君がやるとしたら、こんなわざとらしいことしないと思う」
「君がそう思うのを見越しているんだよ」
「だって、何のためにこんなことするの?」
「動機なんていくらでも考えられる」
「たとえばどんな?」
「たとえば……」
法月さんは自分の足を見つめていた。うつむいたまま、ふふっと少し笑った。
「朱色のしるしの事件の時の、文木さんって覚えてる?」
唐突に、法月さんは訊ねた。
「覚えてるよ」
「彼女は先輩とつきあうことになって、部活なんてどうでもよくなってたね」
「まあ……そんな感じだったね」
「人は恋に落ちると、他のことなんてどうでもよくなってしまう」
「それは人によると思うけど」
「中学生なんて大抵そうだ。彼氏や彼女ができたら、浮かれて夢中になって、それがすべてになってしまう」
「法月さんも中学生だよね」
「私のことはどうでもいい」
法月さんは顔を上げると、僕をまっすぐに見た。何かをひどく訴えたがっているようなそんな表情で、なのにそれ以上、何も言ってはくれなかった。