前編
久々の投稿です。流行りの婚約破棄ものを書いてみました。
「リューシア・セネット、貴女との婚約を、今ここで破棄させていただく!」
パーティ会場の真ん中で、彼らは一体何がしたいんだろうか。
音楽はとっくに止まって、その場にいる全員の視線が突き刺さるのを感じながら、名前を叫ばれたリューシアは心の中で溜息をついた。
この国の第二王子であり自分の婚約者でもあるレアンドルと、異母妹のミリアムが手を繋いで立っていることは、見慣れた光景なのであまり驚かない。だか、まさか公衆の面前__よりによって卒業記念パーティでやらかしてしまう程の馬鹿だとは思っていなかった。買い被りすぎたのだろうかと落胆しながら表情を引き締める。意識しないと思い切り呆れているのが顔に出てしまう。
ストロベリーブロンドの髪と蜂蜜色の目のミリアムと、金髪碧眼のレアンドルが腕を組んで並び立つ姿はまるで絵画のようだった。
ミリアムは瞳を潤ませ、ぷっくりとした唇を震わせながら言った。
「ごめんなさい、お姉さま。全部私が悪いの……!」
「そんなに自分を責めないで、ミリアム」
「そうだ。悪いのはあそこにいるお前の姉なんだから」
「……私が、何か?」
ミリアムの周りにいる取り巻きが、口々に彼女を慰める。その取り巻きが国の未来を担っていくであろう、学園内でも有名な男子生徒であることには呆れを通り越して失望を感じる。うっかり聴き逃しそうになった、まるでリューシアが諸悪の根源であるかのような口ぶりに眉を寄せると、信じられないとばかりに次々と批判の声が浴びせられる。その声が思ったよりも多く、軽く目を見開いてしまった。
「ふん、今更気付いても遅いぞ。お前の悪事は既に明らかになっている」
やってもいないことを明らかになど出来るものか。そう思いながらも、あまりに自信満々なレアンドルの様子が気にかかった。
「……何のことでしょう」
「とぼけるな! あれだけのことをミリアムにしておいて、知らないとは言わせん」
「腹違いとは言え妹でしょうに。まぁ、可愛いミリアムと貴女が姉妹だなんて信じ難いですが」
「……具体的にお願いします」
「そんなに恥を晒したいなら教えてやる!」
そう言い放って勝ち誇ったようなレアンドルが続けた内容は、リューシアには全く身に覚えのないことで。リューシアがやったという証拠を見せて欲しいと言えば__
「ミリアムがそう言ってるんだ」
「……妹の証言以外に、証拠を見せて頂きたいのですが」
「ミリアムの言うことが嘘だとでも言うんですか!? なんて人だ……」
「此の期に及んで言い逃れしようとするなど、見苦しいぞ」
要するに無いんだなと言いたくなる。物的証拠が無ければ話しにならない。が、まだその時ではない。ここは堪えるしかないのだと自分に言い聞かせた。まともな貴族や生徒は既に飽きているようだが。
「ミリアムにそのような行為をした覚えはありませ__「いい加減にしないか、リューシア」
リューシアの台詞を遮るように言い放った男を見る。卒業生の保護者として、パーティに招かれていた貴族の中から進み出たのは、セネット公爵であるリューシアの父と、公爵夫人であるリューシアの継母だった。
「潔く自分の罪を認めなさい」
「嘘を言ってはいけませんよ、リューシア。正直に謝るのです。血の繋がりはないとはいえ、貴女は私の娘。これ以上悪事に手を染めるのを見たくはありません」
そんな2人の言う綺麗ごとを聞くほどリューシアは従順ではないし、馬鹿でもない。白々しい台詞を大真面目に言った2人には見向きもせず、静かに同じ内容を繰り返す。
「もう一度、言います。……私は、やっていない」
「お姉さま、お願い! 正直に自分の罪を認めて!」
「知りません」
「リューシア!!」
ストロベリーブロンドの髪を揺らし、蜂蜜色の瞳を潤ませて懇願するミリアムに冷たい眼差しで淡々と告げるリューシアは、この場において悪でしかなかった。
ゆるい癖がついた、貴族の令嬢としては珍しいショートボブの亜麻色の髪と濃緑の目、白い肌と整った容姿。
これはは間違いなく美しく、貴族の中でも有名だ。だが、明るくて優しいミリアムと比べると、何時だって冷静で落ち着いているリューシアは可愛気がない。人気者のミリアムが婚約者と親しくなってからは、『婚約者を取られたことを恨んで妹に辛くあたる冷淡な姉』と言われ、学園内の彼女の評判は悪くなる一方だった。
公爵家の中においても同様で、愛のない結婚をしたリューシアの母が病気でこの世を去ってからすぐ、セネット公爵は以前から通じていた女を後妻にし、その後生まれたミリアムばかりに構っていた。
いつだって妹と比べられ、リューシアの上辺しか見ていない周りに、彼女はうんざりしていた。そして思った。『これ以上我慢できない』と。
あくまでも『やっていない』と言い続けるリューシアに、セネット公爵は怒り狂った。そして、ついにリューシアを睨みつけながら言い放つ。
「まだシラを切るつもりなら、セネット公爵家から、お前を放逐するぞ!!」
実の娘に下す罰としてはかなり厳しいものだったが、公爵と第二王子の前でわざわざリューシアの味方をしようとする者はいない。
小さなざわめきが広がり、周りの視線に哀れみがこもるのを感じながらも、リューシアは何故か平然としている。
____セネット公爵のその言葉を、彼女は待っていたのだ。