得られる
ある人間についての結果論
人間がいた。
目が覚めると見知らぬ空間にいた。真っ白と思われる壁と床、そしてあまり意味を成していない白い電球だけがこの空間を照す。なんとも不気味だ。等間隔で並ぶ電球は遥か向こう側まで続いている。見た感じだとどこまであるかは検討がつかない。そしてその電球はというと吊り下げられてはいるがまた妙に天井との距離感がつかめない。
「状況を整理しよう。落ち着くんだ俺。」
人間というのはまず物事の状況把握から始まる。情報を手に入れ自分の考えや状態を整理し、結論を導くためだ。
しばらくすると冷静さを取り戻したのか人は思考をし、まずは周辺の観察を始める。
壁をつたってみよう。という案はなんとも古典的な案だが人間、迷うとなぜかこの方法を使う傾向がある。幼い頃の読物や親や周りの言い方がこういう些細な所で影響しているのだろうな。この空間はどこかに繋がっているのかもしれない。いいや、その前に壁はどこにある?いくら電気がついているからといってこんなに薄暗いと数メートル先さえも見えない。わかるのは下に足がつける、つまり地があるということだけだ。
「…………」
長い沈黙。人は困り果ててしまったらしい。人は次はどういう手段にて
今まで笑っていた笑顔が消える。考えまいと必死に背けていた事実に嫌と言うほど直面することになる。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
こういうときに人間が漠然と考えるのは自分の生死についてだと思う。何もない空間はそれだけで毒だ。食べ物も衣類も娯楽も最低限の必要器具も全てないのだから。
『貴方は自分のしようとしていることに責任が持てるの!?』
ある実験仲間が私に話しかけた。いくら実験体が"アレ"だからといっても持つべき感覚は同等なのだと。勢いで参加表明をしてしまったがこれ以上ついていけないと。
といっても仲間よ、お前がいたところでもう私を止めるものはいないのだ。
おっと、実験も段階が進んだようだ。
「どこなんだここは!!!出口、出口はどこだよ!!?」
あるかもわからない出口を必死に探しだす第二段階。そもそも出口と形容できるモノは果たしてあるのだろうか?迷路じゃあるまいし、こういうときに出口というのはふさわしくないかもしれない。
「うぉおおおおおぉあぁああ」
とりあえず走ってみる。終わりがあるかもわからないのに哀れなものだ。終わりがないと把握した瞬間速度が落ち、その場で項垂れる。第三段階というのは意外と五月蝿く行動も一番激しいものになる。
「はははっ嘘だよな?俺が死ぬ?嫌だ。まだ俺はこんなところで終わるわけにはいかないんだ」
その場でぶつぶつと呟いた後、人は突然笑いだしたかと思うと今度は涙を流し始めた。これは物事を現実と考えたくないという気持ちと今目の前に起こっていることを照らし合わせるとなってしまう泣き笑いという現象らしい。
第四段階か。
お、この段階がもう現れるとは。これは今までの結果から考えると第六段階ぐらいにでていたのに。あぁ。
「つまらない」
私は手元にあるボタンを押した。
すると向こうの空間から呻き声がきこえたかと思うと人の体が痙攣しはじめ……………止まった。
するとそれを察知した機械がデータをこちらがわに送信し画面に無機質なメッセージが浮かび上がる。
「実験完了―――第9999号動作不可能。精神的なショックからの―――により死亡」
あぁ、つまらない。
終わってしまった。
9999の数の『実験器具』を使い私はたくさんの実験を行ってきた。最初は精神反応を調べ、結果を論文として提出するため。次に意外な結果としてでた反応の再調査。そして次に
は己の感情と快感。あぁなんということだろう。ボタン一つで器具の行く先が握られているこの感覚、どうしようもないとわかった瞬間の絶望と悲壮に溢れるあの顔。
どうしようもなく堪らないのだ。
研究『仲間』はそんな私を頭が可笑しいだの悪魔だのいい離れていく。
一方『器具』は増えていくのだから私の実験は止まらない。
「さぁ、次の人は」
私の言葉に反応を示す者はいなかった。どうやら蓄えを使いきってしまったようだ。使い捨てというのは補給が必要なのが面倒だ、再利用は出来ないものか。ふむ、これも実験してみようか。
『次は』
私は探す。実験の器具を。
私は笑う。今だかつてない興奮を味わいながら。
ーーーーーー『今これを読んでいる君だ。』
得られるとはなんなのだろうか。
というわけでお初にお目にかかります。すごい短文ですが読んでいただきありがとうございました。ぱらーっと読んでいただければ幸いです。
ぱっと思いつき勢いで書いたものですがいかがでしたでしょうか。
あえて修正はしておりません。
この場合の得られるとは『エスカレート』だと思ってます。人の行動とはどんどんエスカレートしていくものです。実験でどんどん行動が進む度、実験でどんどん回数を重ねる度に彼のそれに対する感情や行動もエスカレートしていったのでしょうね。
研究仲間と認識していた彼らもきっと実験器具に変えられてしまったのでしょうね。そういう認識もエスカレートしすぎた結果論なのでしょう。
書きたかったのはある意味この部分でした。
慣れと認識といいのはなんとも怖いものです。




