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話は苦い珈琲を飲んでから  作者: 神野伊梨奈
ゲーマー:斑鳩皐月
6/13

3-1

「面倒なことになったよ、これだから生徒会長というのは」

 沙希は生徒会室に来るなりそうぼやいた。大きく伸びをして溜息をつくと、首を横に振る。

「どうしたの?」

 いつものように彼が問いかけたが、沙希は"めんどくさい、めんどくさい"と返事もせずにカバンを机の上に置く。

 彼女がめんどくさいと呟くときは大抵、なにか面白くないことに首を突っ込んでしまったときだ。何せ彼女が面白そうにしているときは決まって、彼がめんどくさい思いをすることになるからである。そう言う意味では彼にとっては楽な仕事が回ってきたのだろうと思い気が楽になる。

「どうして僕が不登校の生徒のカウンセリングをしなくちゃあならないんだ。不登校とは基本的に家庭環境の問題で起きるのだろうに、最近は学園のせいにする人間が多すぎるよ。そもそも来てないのにどう対処しろというんだろうね」

 親への反抗などで不登校になる人間は少なくは無いのだろう。しかし近年はもっと主を占める原因があるような気がしてならない。

「でも、いじめとかは不登校の原因として大きいんじゃないの?ほら、ニュースでもよく取り上げられるし」

「いじめなんてものは周りの環境のせいじゃあないと思うよ。その"からかい"に対処できない本人と、エスオーエスのシグナルを受信できない親御さんの問題だ。現に高校生はお互いを小突きあったりしながら信頼関係を構築しているじゃあないか」

 ふと窓の外を見ると、下校途中の学生が何人も見えた。肩を組むもの、手を繋ぐカップル、走って行く集団。確かに、表現の仕方は人それぞれなのかもしれない。

「もちろん、質の悪い人間はいると思うけどね。そんな人間はいない学校なのだから関係がないことだよ」

 確かにこの学園はお金持ちや一定の学力を持った人間しか入ってこない。その性質上、両者不干渉が暗黙のうちに成立しているのだからいじめなどほぼ発生しようはないともいえる。

「とはいえ教師という絶対的な人間から頼まれたとあっては行かざるをえないだろう。いや、すまないね。今日は書類の処理を手伝えそうにないよ」

 飛び切りの笑顔で沙希はそう言う。なるほど、嫌々というのはあくまで表向きで散歩してクレープでも食べてからちょっと不登校の生徒の家に寄るつもりなのだろう。

「……もう。今度俺のぶん、奢ってね」

「もちろんさ――あ、いや、なんのことかわからないけれどね」

 出たボロを慌てて取り繕ってそう呟くと、沙希はカバンを持ち直して生徒会室から出て行く。

「またあとでね」

「ああとも」

 そう言うと沙希は、そそくさと部屋を出て行く。響く足音はスキップをしているように聞こえた。



 柩の家は自慢できるほどには大きな屋敷のようになっている。彼が4人いても届かないであろうほどに高い木製の門をくぐって、3分ほど池や石橋を跨いでいって初めて玄関に到着する。昔は歩幅が小さく体力もなかったのでここまでで疲れることもあったが、流石に高校生ともなると慣れたものであった。庭に流れるせせらぎの音を聞きながら玄関の扉を開けると、計らずして彼は絶句することになる。

「お、おかえりなさいませ。ご主人さま」

「――何やってるの、綺羅」

 いつもなら見知ったメイド姿の使用人が出迎えてくれるのだが、本日はそう言うわけにもいかなかった。先日であったばかりの城野綺羅が、目の前でメイド服を着て顔を真っ赤にしながらお辞儀をしている。

「借金を口実に何か脅された? それとも俺に危害を加えないって条件で誰かに何か吹き込まれた?」

「ぐっ……や、やっぱり似合わないか?」

 似合う似合わないといわれると似合わないことはなかった。ただ彼女の性質――訓練を受けた人間であると考えるとあまり合致した衣装では無いように思う。

「知り合いなら場所が近いほうが護衛しやすいってことになってな……お前の一番近くがここだったんだが、流石にこういう質の違う羞恥心に耐える訓練はやってねぇから、その」

 どもるように下を向いている綺羅を彼はじっと見る。

「いや、その、あんまり見んなよ……」

 彼は答えを返さない。沈黙している時間が少し過ぎて、綺羅が沈黙に耐え切れなくなり呟く。

「えっと、よろしく、お願いします……」

 城野綺羅のギャップは破壊力が高い。あれだけ身体能力が高くても、照れている姿は可愛いものがあるのだ。

 それだけならば良かったのだが、彼は気づく。この破壊力がある同級生と、これから1つ屋根の下であるということに。



 その後とりあえず照れている綺羅をなだめて部屋に戻る。そのときも綺羅は荷物を持ってついてきていた。

「そういや前の出迎えしてた使用人は?」

「ん? その辺りで別の仕事をしてるんじゃね……ぇでしょうか」

 先ほどから綺羅には何度も"いつも通りでよい"といっているのに、頑なに拒否して敬語を使おうとしてくる。その理由は良くわからなかったが、綺羅がそうしたいのならそれでも良いのだろう。

「そっか」

 その話を聞いて幾分か彼は安心する。

「っとと、部屋にも入ってくるのか」

「それが仕事だって聞いてる、もんですから」

 もちろん、綺羅は訓練された人間としてはスペックが高いのだろう。しかし使用人としての教育はまったく受けていないはずなのだ、このあと何をするのか本当にわかっているのだろうか。

「このあと使用人が何するかも、もしかして聞いてるの?」

「うぇっ?!」

 綺羅が顔を赤くしたまま驚くように顔を上げる。その様子だと何をするのかは知らないのだろう、もちろん綺羅にそんなことをさせるつもりはなかった。

 のだが。

「し、知ってるっつーの。バカにすんなよ!」

 ぷいとそっぽを向いてそう答える綺羅を見て、申し送りは一応成されているのだろうと彼は認識する。

「そっか、じゃあお願いしてもいい?」

「お、おう? もちろんだぜ!」

 そう言って彼は部屋に備え付けてあるバスルームに入って服を脱ぎ始める。綺羅が大きく息を呑んだ。

 綺羅が考えていることは想像に難くない。"嘘だろ?"、"使用人ってそんなことまですんのか?"、"いや、でも覚悟をきめねーと……"、そうやって顔を赤くしながら深呼吸を行うも綺羅の鼓動は一向に収まらない。

 1200メーターで射界が10センチの目標を狙撃したときよりも緊張している自分の頬を、一度だけぱんと叩く。口を横いっぱいに伸ばしてうんうんと唸っていると、やがてバスルームの中から彼の声が聞こえる。

「どうぞー」

 その言葉はどこか軽い様子であった。やはり斑鳩の息子となるとこういうことには慣れているのだろうか、使用人をとっかえひっかえ毎日楽しんでいるのかもしれないと考えると少しだけ悲しくなる。

 と同時に、"人の生活など人の勝手だろう"と自分を戒める。そう、彼のような人間にとってそれは日常茶飯事なのだ、そう思いながらバスルームを開ける。

「は、入ります!」

 まるで上司の部屋に入るときのように入って、初めに目にしたのは彼の上裸姿、と腰に巻いたバスタオル、そして差し出される、洗面器とシャンプーであった。

「あんまりこういうことを知り合いに頼むと赤子かと馬鹿にされそうなんだけどね、一応なんか、しきたりみたいなものだって教えられてるからよろしく」

「あ……」

 ここにきて初めて綺羅は、自分の勘違いに気づく。その内に柩はシャワーの前に腰掛け、硬直する綺羅を見て首を傾げる。

 綺羅は大きく息を吐く。やるべきことを理解した綺羅はどこかふてくされながらも、安心感に包まれながら彼の頭を洗い始めた。


 この国ではほとんどの家庭のバスルームにテレビが備え付けてある。それは風呂に入っている間も時間を無駄にしないようにするためのこの国独特の風習ともいえるが、そのお陰でお風呂に入ってる間も暇にはならずこの国の情報を得ることができるのである。

『次は隣国の内紛のニュースです。支持率の低下により一部の軍部が暴走したA国では、現在内部紛争が繰り返し起こっており、予断を許さない状況となっています。昨日さくじつも首都のはずれで小さな衝突が発生し、詳細は不明ですが負傷者が多数出たと発表されました』

 この国は島国になっているため海の兵力が無い国からは基本的に攻め込まれることは無い。そもそも先進国を攻めようとする国はほとんどおらず、内部でも分裂してしまうため統治すら危ういのがほとんどの国の現状だった。

「綺羅は、こういうところにいった経験はあるの?」

「うぇ?! あ、ああ、そうだな……」

 綺羅の反応にむしろ彼が驚いてしまう。やはりまだ手馴れないことも多いのだろう、いくら訓練されているとはいえいきなり男の頭を洗わされては不快感を覚えるのかもしれない。申し訳ないことをしたなと思いながら返事を待つ。

「ここに来る前に少年兵と一緒に行動させられたことはあったな。あいつらはなによりも嗅覚が鋭い。敏感な感性と野獣の鼻を身につけるためにはあいつらと行動するのが手っ取り早かったんだ。だが、あの時一緒にいたやつらで生きてるやつはもう、いねーだろうよ」

 鏡越しに写る綺羅の表情は少し寂しげであった。無理もない、そもそもそこで死んでいたら綺羅もここにはいないだろう。

「ただ、最近はロボット兵ってのが出回り始めてるからなぁ。そろそろ俺たちのお役ごめんも近いかもな。何せあいつらは量産できる」

 頭をわしゃわしゃとかきながらそう言うと、綺羅は手を止める。

「っ……」

 一度、後ろで息を呑む音が聞こえた。

「どうしたの?」

「あ、いや、ちょっと昔の思い出をな」

 綺羅の経験はなにぶん特殊なものが多い。頭の上を銃弾が飛び交う戦場を潜り抜けた人間がどんな経験をしてきたのか聞きたくはあったが、無理に聞くのは野暮な気がするので黙って綺羅の言葉を待ちながらテレビの音量を下げる。

「……昔な、俺が潜伏させられてた村にロボット兵が襲撃に来たんだよ。照準が容易に合わせれないくらい動くスラスター搭載で、持ってる銃の口径もふた周りは大きかった。立ち向かうのは俺たちのような子供みたいな兵だけだ。見たこと無い敵に知り合いが次々に撃たれたよ。結局ロボットについて知識を持っていたのは俺だけだった。あの時はまだ可搬燃料が詰めないから電源コードがついていたもんでな、そいつをナイフでぶった切って事なきをえた」

 綺羅は右手の人差し指でぴっと何かを切るような仕草をした。

「ロボットとロボットの戦いならいいんだ、誰もしなねえ。ただ、ロボットで人を殺戮するとなると、途端にそれは消耗が片方だけのワンサイドゲームになる。諸外国の……例えばこいつらの内の反政府側にロボット兵を作る技術なんて無いだろうからな。もし政府側にロボット兵がいたら――」

 それはあまり想像したくない光景であった。政府軍がもしロボット兵を導入できるだけの科学力があった場合、その時点で自国の人口を減らすだけの戦争になってしまう。

「現地で行われてるのは集団殺戮、轢き殺しってこと?」

「そういうことだ。現場をみていないからなんともいえないがな」

 綺羅の話にはどこか現実味があった。もちろん、それは机上だけの空論ではないのはわかりきっている。硝煙や血のにおい、射撃するときの爆音、口の中に滲み出るアドレナリンを感じたことは柩にはなかった。

 ただ、綺羅にはあるのだ。今でこそメイド服を着て彼の頭を洗っている彼女は、居る場所が違うだけで迷彩服を纏って小銃を抱えながら走ることになる。

「ま、お前が戦場を知る必要はねえよ。現場は俺たちみたいなやつに任せて、お前はそんな戦が起きないように考えるべきなんだろうからな」

 綺羅の言うことはもっともだった。斑鳩家の立場上、戦が起きる時点で負けになる。平和に訓練だけを行っていればいい世の中を維持しなくてはならないのだからそれはそれで大変な仕事なのだろう。

 頭をお湯で流されながら柩は目を閉じて考える。そろそろ高校生というモラトリアムも終わりにさしかかっているのかもしれなかった。

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