プロローグ
――どうしてこうなった?
葬列の最前にいる少女は、葬祭用の地味なドレスを着せられて戸惑いを隠せずにその場に立ち尽くしている。
結わずに全てを下した長い髪は漆黒。衣装も漆黒。目を見開いて困惑に耐えている少女を取り巻く色彩はまるで墨を流したように暗い。
静寂の中に嗚咽とすすり泣く人々の声……。
重苦しい鐘の反響が街の鐘楼から連なるように音階を奏でている。
色彩に華を添えるのは死者の棺のみ。象牙と金で装飾された豪奢な棺桶の中に季節を跨いだあらゆる花々が敷き詰められている。花の中に深紅のドレスを身に纏ったミイラのような女性が横たわっている。
棺の中の遺体の顔はボロ布のような肌を晒し、頭部の瞳にあたる部分は落ち窪んで黒ずんでいる。艶の無い白髪はあちこち剥げ落ちており、遺体の損傷が激しかった事実を物語っていた。
この有様は何なのか問いたいが、周囲の雰囲気に流され、少女は誰にも話しかけられない。故人を惜しんで咽び泣く周囲を見渡すと一層不安になった。
「お母上様に最後のご挨拶を……」
花束を抱えた少女の隣に立っていた司祭が故人との別れを促す。
遺体を母と自覚しない少女は躊躇するが、
「さ、さよなら……」怯えながら棺に献花を投げ込んだ。
謎の遺体の存在が本来は何者であるかよく理解できずに恐怖の念を抱く。この女性がいかにして亡くなったのかは一切知らない。素性の知れぬ者の死の恐怖が棺の中から滲み出ている気がして少女はブルッと震えた。
なぜなら、少女は周囲が自分の母と呼ぶ個人と縁も縁も無い。
どうしてここに立たされているのか、混乱した頭で思い浮かぶのは一つしかない。しかし、彼女が周囲に問う暇と隙は与えられない。
大勢の祈りの言葉と共に棺の蓋が閉められた。