04
土曜日。
学校も休みで、しかも帰宅部の僕は休みの日にわざわざ学校まで行き、せっせと汗を流さなくてよいので最高の日だ。
日曜日も一応休日ではあるのだが、僕にとって、あれは死刑宣告を待つまでの猶予でしかないと思っている。というかそのままだ。
日曜日の次には月曜日が来るのだから、それはもう日曜日の夜は安心して眠ることもできないのだ。
そんなわけで、僕は日曜日が嫌いだ。大嫌いだ。
サザエさんのオープニングを聴いた途端に発狂したくなるレベルだ。
なんて言うんだっけあれ、サザエさん症候群って言うんだっけ。軽いうつ病かなんかだと聞いたこともあるが、僕はそうなのだろうか。
いやうつ病ではないな。というか、自分でうつ病だうつ病だと言っているやつほどうつ病ではないと思うのは僕だけなのだろうか。
まあそんな話はどうでもいい。とにかく、今日は土曜日で最高にハッピーだということだけは確かなのだ。
確かなのだった…のだが、先週から家に住みついている中学生、もとい不死身の化物。こいつが僕のうちの食糧やら持ち物やらをどんどん減らしていくので、土曜日になろうがゴールデンウィークになろうが僕のテンションは常に右肩下がりだったのだ。左肩上がりだったのだ。
しかも学校に行っている間は中学生のなりをした不死身の化物、『花子』と離れていることはできるが、休日となると一日中一緒にいなければならない。まったく、昔は土曜日が大好きだったというのに、こいつのせいで少し憂鬱だ。
まあ、そんなことを言っても、僕だって高校生だ。いたいけな中学生(何度も言うが不死身の化物だ見た目が中学生なだけ)をあからさまに嫌な目で見たりすることはできない。
それに、こいつには親がいないらしい。
いや、そういうことではない。親が死んだーとかではなく、本当に親がいないらしいのだ。存在すらしていないらしい。ではどこから生まれたのかと聞いたらはぐらかされた。まあおいおい聞いていくことにするとしようと、その時は追及はやめた。
そして、そんな親のいない独り身の中学生を僕のような大人な高校生がいじめたりなどしてはいけないのだ。住む場所がないなら提供してあげればいい。そうさ。僕は心優しき紳士なのだから。
だから今日もそんな一人身で寂しがっている中学生、花子のために、仕方なく、仕方なく、外で遊んできて泥まみれになっている花子の汚れを落とすために、一緒にお風呂に入ってあげようとしているのだ。
前置きが長くなってしまったが、要するに僕は、こいつ、花子と一緒にお風呂に入りたいのだ。
あ、ちがう、別にそういうわけではない。下心があるわけでは決してない。だが、こんないたいけな少女を一人でお風呂に入らせて大丈夫なのだろうかと、僕は心配で心配で仕方がないのだ。もしかしたら石鹸で足を滑らせて頭を打って死んでしまうんじゃないのか。いやあいつ不死身だけど。そんな気持ちで、僕は花子と一緒にお風呂に入ろうと、花子を誘ったのだ。決して裸が見たいとかそういうのではなく。
「うん。キモい。やめて近づかないでくださいこっちこないでください私一人で入るからマジやめてください」
「何を言うんだ!!僕は花子が石鹸を踏んでしまって滑って転んで頭を打って流血沙汰になったら大変だって心配して言ってるんだ!ほら、だから早くその泥まみれのセーラー服を脱いで!」
「ちょっ!やめっ!!やめろ!!死ね!!」
無理やり脱がそうとしたら拒絶されてしまった。
なんてことだ。せっかくの僕の好意な行為を無碍にしてくれやがって。
こうなったら意地でも花子のセーラー服を脱がしてやろうと、そう心に誓った荻野であった。
「うおおおおおお!!」
「いやああああ!!」
「い・い・か・ら・早く脱げ!!ほら!!お兄さんが舌で全身舐めとって奇麗にしてやるからさ!!」
「さっきから発言がどんどん危なくなってきてますから!年齢制限つけなきゃいけないところまできそうだから!」
「はぁ?年齢制限?何を言っているのかさっぱりだぜ!僕はお前の裸をじっくり鑑賞するために、いや!その柔らかそうなマシュマロボディをじっくり舐めまわすように見た後にじっくり舐めまわすためにお前を家に拾ったんだ!ここで逃がしてたまるか!」
しまった。
ついうっかり本音を言ってしまった。
失敗だぜ。
「そんな理由だったんですか!?善意とかそういうのじゃなくて単に私の体目当てだったって言うんですか!?」
「ああ!そうさ!僕はもう隠し事はしないと決めたんだ!」
僕の目論みを悟られてしまった以上、隠し通すことはできない。
ならいっそオープンにして、このままでいこう。
たった今そう決めたのだ。
「だから僕はこれから本音しか言わない!さあ!早くその泥まみれのセーラー服を脱いでお前のマシュマロボディをあらわにするんだ!!」
「だめだこいつ!もう1話の時の面影がまったく残っていない!くそう!一体博人くんに何があったていうんだ!あと引っ張らないでください!やめろ!」
「ふっ!何もないさ!僕は以前からこんな性格なのさ!コンビニでジャンプ読もうとしてた時だって、本当はあの後エロ本を読むつもりだったんだからなぁ!」
というかなんで1話とか知ってんだよ。
僕まだお前に会ってねえよ。
「もう最低だこいつ!出ていく!この家出ていく!!!離せ変態!」
花子は身をよじって僕の魔の手から逃げ出し、まるで猛獣にでも追いかけられているウサギのように走り去って行った。脱兎のごとく走り去っていった。
「ああ…行っちまった…ったく、散々部屋汚して行きやがって。少しは好き勝手させてくれてもいいじゃんかなぁ」
まあ数分もすれば多分戻ってくるだろうと僕は確信していた。
なぜならそう、僕の手には今、花子のパンツが握られていたのだった。
あの時どさくさにまぎれて脱がせていた。
もちろん、返すつもりはない。
たとえ変態だろうと屑だろうと鬼畜だろうと、どんなに馬鹿にされても罵倒されてもかまわない。だが僕は、それでも僕は、このパンツを返さないと決めた強い意志があったのだ。
ちなみにこのパンツはこのパンツは前回花子が出した僕の新しいトランクスではなく、別の日に僕の生活費からお金をくすんで花子が買ったものだ。
「荻野博人。今すぐ私のパンツかえしてください!」
5分は帰ってこないだろうなぁと思っていたが、まさか20秒もたたないうちに気づいて帰ってくるとは、やはり不死身は侮ることができない。
「不死身だか富士見だかしらないけどそんなの関係なしに気づきますよ!!股がスースーして気持ち悪いです!何どさくさにまぎれて人のパンツ取ってるんですか!しかも脱ぎたてじゃないですか!ほかほかだよ!!」
「ああ、知ってる知ってる。わかる。これすげえほかほかしてるもんな。しかもちょっとシミ」
「ぎゃあああああああああああ!!わかりましたわかったから!わかったからそれ以上しゃべらないでください!今ならまだ間に合います!そのパンツを返してくれさえすれば警察には言わないであげますから!」
「逆に返さなかったら警察に言うつもりだったのか!なんて極悪非道な女なんだ!最近の中学生は恐ろしいな!」
「うわああめんどくせええこいつすごいめんどくさいもうやだなんで私こいつん家にいるだろう」
「はっ。人の生活費をセーラー服に変えといてよく言うぜ!」
まあおかげで今こうしてパンツを手に入れることができたのだから結果オーライというやつだ。
ありがとうございます。
「そっ…それは確かに図々しいというか不躾だったというか、あれは私が全面的に悪いですけど!でもそれとこれとは別です!パンツ返してください!」
「はっ!やなこった!それに僕の生活費から出して買ったパンツだ!このパンツは僕のものだ!」
「なんですか?もしかして履くんですか?女の子用のパンツなのに!とんだ変態ですね!」
「ああそうさ!僕はこのパンツが履きたいんだ!前回は自重していたが、実はあのセーラー服、お前がきていない時こっそり試着しているんだぜ!」
「うわああすごい聞きたくなかった!!最悪だ!なんでこんな男とひとつ屋根の下で私は寝ているんだろう!」
「それはお前が僕の家を選んだからだろう、恨むなら自分を恨むんだな!」
「はい、そうさせてもらいます。恨みます私自身を恨みます。末代まで祟ります!」
そうして、花子は自分の末代を祟ることによって、今回のパンツ騒動は幕を閉じたのだった。