下心込みの卒業祝い
冬至祭は冬の一大イベントだ。何しろ期間が半月もあるのだ。
王宮では期間中連日何かしらの行事を設けている(行事によっては、王宮の前庭までなら、一般庶民も入れる)し、王都の商店飲食店も文字通りのお祭り騒ぎだ。基本は太陽の死と再生を祀る祭りなので、冬至前と冬至以降とでは性格が違うものだが、もはやそんな来歴などどうでもいいから騒ぐ、という事態も多々ある。
もちろん、お祭り騒ぎを堪能するには下準備が必要で、直接手を動かす者たちは直前まで(場合によっては期間中も)目が回るような忙しさに放り込まれる。
『魔法が使える庭師』であるところのラウドは、当然のように『庭師』と『魔法使い』の両方の立場であれこれと用事を押し付けられる。
「この時期だけは、心底うちに帰りたいって思います……」
「どうしてですか?」
「うちの方は冬場雪に閉ざされるので、冬至祭は身内だけでひっそりと祝うんです」
そんな会話をしたのは一年前の冬至祭の前だった。
その時もラウドは会話しながら手は止めなかった。室内飾りに使うリースを組んでいたのだ。手元に手中して多少受け答えが怪しくはなっていたが。
「だから、低地に来て、初めての冬はひどく戸惑いました。……去年の冬は、戸惑ってる暇なんかありませんでしたが」
準備と仕事で忙しいだけの冬至祭、などという印象しか残らないのは気の毒。
だから来年の冬至祭はもっと良い印象が残るような何かを。
エミーリアはその時固く決心したのだった。
「あのー……エミーリア様。これはいったい……何でございましょうか?」
冬至祭の前日、玄関ホールの飾りつけで忙しく立ち働いているラウドを呼び止め、エミーリアが大きな箱を手渡した。
「何、って、卒業祝い、兼、冬至祭のプレゼントですわ。この二年、あなたには随分とお手間を取らせてしまいましたもの。そのお詫びも兼ねて」
「はあ……中身は何かお伺いしても?」
持った感じは軽い。大きさの割には。軽く振ってみたがあまり音はしないし、エミーリアが振るのを止めないから、壊れ物でもなさそうだ。
「ふふ。それは開けてからのお楽しみで、ということで」
エミーリアが、一瞬だけそこはかとなくと黒い微笑みを浮かべて踵を返した。
いつもならばしつこいくらいにまとわりつくのに。
忙しそうなのを見て遠慮したのか。
それともエミーリア自身も何かと忙しいのか。
それとも玄関先が寒かったからなのか。
「すみません。これ、部屋に放り込んでくる時間だけ、ここ離れていいですか?」
ラウドがプレゼントの箱を持ち上げて、飾り付けの指揮を取っていたメイドに呼びかけた。あっさりと了解は得られ、ラウドは小走りで使用人部屋の方に向かった。プレゼントは鍵付きのキャビネットに収め、ついでに魔法で警報をつける。
「つ……疲れた……」
ラウドが部屋に戻ってきたのは、真夜中近くになってからだった。
慣れれば慣れた分だけ新たに仕事が申し付けられるので、一向に楽になる、ということがない。かといって手を抜くと、日常の給料の査定に響く。
……でも、これも今年限りだ。今年限りにしてやるとも。何が何でも、今年限り。誰が何と言おうと、今年限り。
「……だめだ。疲れて考えが後ろ向きにループしてる……」
寝る前にシャワーでも、とクローゼットに向かう。
そういえば、と隣のキャビネットを開ける。鍵に異常はないし、警報もなかった。……つまり、誰か(あるいはなにか)が手を出した形跡はない。『プレゼント』から何かが出てきたような痕跡も。
「ここまで警戒する必要はなかったか。……でも、あの黒い微笑みが気になるし」
包装紙を解いてみると、出てきたのはどうやら衣装箱だ。『男から服を贈られる場合は云々』という注意が頭の端をかすめるが、はたしてあれは『男』の範疇に入れてよいものか。
首をひねりながら箱を開ける。中から出てきたのは、確かに服である。つやつやとした布地の光沢が本来ならば目を奪うのだろうが、ラウドの目は別のものに吸い寄せられた。
「く……こう来たか」
服の上には、綴じ具で留められた『駆け落ち計画・最終版』が入っていた。
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