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計画は本気で

「ご婚儀のお支度は、前倒しで進められる、と伺いました。エミーリア様が冬の間ご静養なさるので。……この、おままごとのような計画を立てて遊んでいる場合などではないのでは?」

 いつになく厳しい言葉で『計画』を(けな)す。

「おままごと?」

「私、繰り返して申し上げましたよね? 『私の魔法は当てにするな』と。……魔法使いの魔力の源がどこから来るかご存知ですか?」

「……え、と……食事?」

 魔法使いの多くが健啖家である、というのは、ほぼ常識となっている。例外はあるらしいが。

「正解です。他にも、予め魔力をどこかに保存しておく方法とか、魔力を持った存在に協力してもらうとか、いろいろありますが、一番手軽で一般的なのは、食事です。そこで問題が一つあるんですが……私、【癒し】以外の魔法は相当にコストが高いんです」

「……コストが、高い?」

「…………つまり、大喰らいになる、という事です。具体的な例を出した方が解りやすいでしょうか。……例えば、この温室を稼働させるとき、鳥一羽平らげました。付け添えの野菜とバターソースがよく合っていて美味しかったですけど……味わう余裕ができたのは、最後の何口かだけです」

 すごい話ではある(多少趣旨を踏み外した発言があった気がする)が、規模が大きすぎてその量が適正か過剰か判定できない。

 エミーリアがそう口にするとラウドがちょっと首を傾げて考えるように視線をさまよわせる。

「……あの、最初のお茶会の時に、ですね、お茶請けの量、ちょっと多すぎたと思いませんか?」

「そういえば……」

 あの『茶会』の席に着いたのは、エミーリアの侍女を含めても五人。

 なのに茶菓子の数はその倍あったし、茶請けというにはちょっと重そうなサンドウィッチもテーブルの上に見えた。

 たっぷり七人前は。

「……まさか、あれ全部……」

「その、まさかです。あの時使った魔法といえば、《お湯を沸かす》《お茶を一定の温度に保つ》程度だったのに、あれだけの量の食べ物が必要だったんです」

「……」

「ですから、補給なしで魔法を乱発したら、すぐ行動不能になってしまいます。そうすると……現実的ではないでしょう? この計画は」

 最初の案を出した時に『命を奉げろ、というつもりか』と詰られたのも納得させられる。

「わ、かりました……再度練り直します。……補給計画も含めて」

 エミーリアが硬い声で応える。そして、俯いてしばし何か考え込んだ様子を見せた後、ふと顔を上げる。

「あの……冬の長期休暇は、こちらに?」

「そうですね。……さっきの話を聞くと、ここに戻ってくるのが怖くなりますが、温室が本格的に活躍するのは冬ですから」

 引き止められる可能性を示唆されて――その可能性に思い至らない方が迂闊だが――いくらか怯んだ様子だが、結果は気になるのだろう。

「引継資料も作らないといけないし。……理想的なのは、丸一年調整なしで稼働させること、なんだけど、天候が不安定だと、どうしても調整が必要で、だから、調整の手順についても資料を……」

 途中でぶつぶつと考え込んでしまうラウドの様子を見ながら、エミーリアも何か考え込む姿勢になる。

 どれくらいたったのか、陽射しが移動して、再び作業台の上に日が当たり始める。

「あ、いけない。ずいぶん時間が過ぎてしまいました」

 先に我に返ったのはエミーリアで、目を落としていた地図――周辺諸国まで入った拡大版――を片付け始める。

「ああ、それは気付かなくてすみません。……考え事に没頭してしまって」

 手も止まっていたなんて最悪、とこぼしながらエミーリアの片づけを手伝う。

「ところで、その計画、手伝っていただける当てはないんですか?……趣旨を正直に打ち明けなくても、部分的に相談に乗ってもらう、とかできるお友達とかご親戚に」

「……部分的?」

 駆け落ちの一部を相談する、という意味が解らなくてエミーリアが問い返す。

「えーと……二、三日身を隠す場所を提供してもらう、とか、変装を手伝ってもらう、とか? この縁談を推し進めている方には内緒にできる方で」

「……協力者を、という事でしょうか?」

「はい。……できれば、本気で『駆け落ち』してもいい、と思ってくれそうな方を」

 エミーリアが目を剥いた。

「それは、二の舞になってしまう、と」

「そちらの方には、直前になって『やっぱりだめ』とお断りすればいいじゃないですか。それとも、婚約して二年もたっていらっしゃるので、そんな勇気のある方はもういらっしゃらないでしょうか?」

 ラウドが、らしくない、黒い笑みを見せる。

「……捨て石になってもらう、という事でしょうか?」

「それに気づかないほどのお馬鹿さんの立てた計画では、不安が残るでしょうけど、……目眩ましにはなりますよね?」

 ラウドが誰か――それがラウドの頭の中にしかいない架空の人物であっても――のことを『お馬鹿さん』呼ばわりするのは初めてではなかろうか。少なくとも、エミーリアの前では。

「……そんな都合の良い人物がいるかどうかはわかりませんが……」

「ですよね。とにかく、他の方にもこの話を持ちかけてみてはいかがでしょうか?」

 計画の見直しをしなければならないのは確かだが、ラウドがここを離れる、という今になってなぜ他人を引き入れさせようとするのか。

「……なぜこの時期にそれを持ち出すのですか?」

「エミーリア様がこの話を持ち込んできてから、ここを訪れる頻度が上がったから、です。エミーリア様の失踪と私とを結び付けられるようなことがあっては困ります。……でしょう?」

 確かに、ラウドを選んだのは、接点が少ないからだ、と説明した。

 だが、そればかりが理由ではないのに、とエミーリアは嘆息した。が、『エミーリア』がいなくなったときにラウドの動向に目をつけられては困るのは確かだ。

「ごもっともです。少し、軽率だったかもしれません」

 エミーリアが改めて反省した様子を見せる。

「……冬までに、私が納得できるような計画が立てられないようなら、ご協力はできませんから」

 渋々、といった様子でラウドが肩を竦めて言う。

 エミーリアが弾かれたように顔を上げる。それはつまり。

「……駆け落ちしてもいい、と仰る?」

「だから、私が納得できるような計画が立てられれば、の話です。もちろん、魔法要素なしで。……それに、あくまでこの駆け落ちは偽装、なんですよね?」

「わかりました。がんばります。完璧な計画を立ててみせましょう」

 エミーリアが胸の前で拳を握って宣言した。

 『駆け落ちは偽装』の部分については明確な答えは返されなかった。

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