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鋭意説得中

 天窓から午後のの陽射しが作業台の上に落ち始める。エミーリアが持ち込んだ何回目かの『駆け落ち計画』の上に陽射しが当たる。

 ラウドは天窓を覆う紗幕を引いて、陽射しを遮った。温室の中が少し陰る。

 それから、日陰に入ってしまった鉢を、日の当たるところに移動させた。

 陽射しはゆっくりと秋のそれに変わっていくが、気温を一定に保つ魔法がかかっていない外はまだまだ暑い。


「……毎日、その作業をするんですか?」

「天気が良くて、ここで作業がある日は。昔はすぐ外に、多分落葉樹が植えられていて、紗幕の代わりになっていたらしいですが」

「……落葉樹、って、そんなことまで判るんですか?」

「切り株が残っていますから、だいたいのところは」

 作業台の上に広げられた『計画書』をひとまとめにし、新しい記録紙を取り出す。

 定例となっている、植物の育ち具合の報告をまとめ始める。エミーリアがここへ来る目的は、表向きそれなので。

「ご存知かと思いますが、後期の授業が始まりますので学業の方に戻らないといけません」

 ラウドが箇条書きの手を一旦止めて顔を上げた。

 エミーリアが覆い被さるようにして覗き込んでいるのに気付き、軽く仰け反る。

「あの、いつも言っていますが、覗き込むなら横からにしてください」

 エミーリアがラウドの作業を肩越しに覗き込んでくるのは、これが初めてではない。そのたびに同じ苦情を言うのだが、改まったためしがない。

「気になさらないでください」

 返ってくる返事も、いつも同じ。


「ところで、『後期の授業』があるんですか? 卒業のための単位は取得済み、と伺いましたが」

「授業、というより、『卒業認定試験』の準備ですね」

「卒業、認定……それで……もうこちらへは……?」

「温室の方が、順調に稼働しているようなので、少しずつ引き継ぎのための資料をまとめているところです。……新しく入った植物もあるので、まだ何回かは通うことになるかと思います」

 昨年も月に一度くらいの割合で様子見に来ていたのだが、エミーリアとかち合う事がなかったので気が付かなかったのだろう。

 ラウドが記録紙をトントンと揃えながら、温室のそこここに目をやる。

「任期のことを考えると、もうないとは思いますが、新種を送ってくるのはお控えいただくよう、進言願えますか? 温室を専任で世話する者は当分いなくなりますので」

 エミーリアが一瞬、何を言われたのか解らない、という顔をした。

「昨年の事ですが、試験期間中に大量の苗が届いて……泣きそうになりました」

 苗、と言われて何のことを言われたのか理解した顔になる。

「こちらに来ると試験勉強の時間が大幅に削られるので。……ちゃんと単位が取れて、ホッとしました」

「つかぬことをお聞きしますが……植物の世話も、あなたのお仕事、という事になっているんですか?」

「……え?」

 きょとんとした顔で、ラウドがエミーリアを見上げる。

「庭全体の植物の統括、管理は庭師長の仕事でしょう? 温室の整備と管理はあなたに任されている、と伺いましたが、植物もそれに含まれるのでしょうか?」

 ラウドが目を見開いたまま中空にぼんやりした視線を向ける。

「…………そういえば……そのあたりの事は曖昧になっていました。でも」

 引継資料を作れ、といわれているのだ。ラウドがここを去ることは大前提になっているのではないのか?

「卒業したら専任に、って請われるかもしれませんね。……学校を通じて」

 この温室は『気難しい』のだという。だからそれを手懐けているラウドを簡単に手放すだろうか? たとえ十分な『引継資料』を作らせたとしても。

「え? それは、辞退しますよ!」

「もし、そうなったとして……辞退できるとお思いですか?」

 それは難しいだろう、という含みを持たせてエミーリアが言う。だからエミーリアの計画に加担することは、ラウドにとっても利点があるのだ、と。

 ややあって、ラウドが大きく息を吐いた。

「そういうことは、実際に直面してから考えましょう。私にとって必要なのは、ここで得られる知識や技術であって、『卒業の資格』ではないのですから」

 いざとなったら、卒業を棒に振ってでも逃げる、という宣言。よほど(くびき)に繋がれるのが嫌だとみえる。

「……そうですね。今のはわたくしの『憶測に基づいた懸念』でしかありませんから。考えるだけ無駄なことかもしれませんね」


 些細な事実から憶測を膨らませ、そこから導き出される将来を想像するのは、エミーリアが幼いの頃から得意にしていた遊びだ。ただ、幼児の頃のそれは妄想に近い空想でしかなかったが、知識が増えるにしたがってその空想は現実味を帯び、検証はしていないが現実にほぼ近いこともあるらしい。


「……そう、だったんですか? でもエミーリア様には他にお考えになるべきことがおありでしょうに。……私の卒業後の事なんかよりも」

「他、って?」

 自分の事なのに『なんか』などとと言う、その真意を聞きたくてエミーリアが問う。

ご意見、ご感想、誤字脱字の指摘などがありましたらよろしくお願いします。

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