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駆け落ちのお誘い・その後

(2012/11/07)誤字のご指摘をいただきましたので、修正いたしました。

「エミーリア様の言い分は解りました。ですが、承服は致しかねます。私は何分にも世間知らずの田舎者故、そのような冒険を買って出る事は致しかねます。他を当たるか、別の手をお考えください」

 丁寧に、だがきっぱりと断りの言葉を口にする。

「でも、わたくしの知り合いで力になっていただけそうなのは他にはいませんので。少なくとも、『エミーリア』の抹殺に加担していただけそうな方は」

 抹殺、という物騒な言葉に、ラウドが一瞬怯んだ表情を見せる。

「わ、私だって厭です。そんな役割」 

「『抹殺』という言葉が穏便ではなかったのは謝ります。でも本当に心当たりがいないんです。それに、あなたでしたら、わたくしとの接点はここしかありませんし。……あなた、王都に職を求める気は持ってらっしゃらないんでしたよね?」

 確かにそのような話をしたことはあった。

「私には無理ですってば。だいたい、逃げるってどこへ? 私は地理にも疎いんですよ」

 何とか逃れようと必死で自分のダメさ加減を言い募る。が、エミーリアは引き下がらなかった。

「計画はわたくしが立てます。手配もできる限りわたくしがやります。ですから」

 どんどん前のめりになってくるエミーリアを前に、ラウドがじりじりと後退る。そして、先ほどまで自分が作業をしていた生垣に埋もれてしまい、それ以上下がれなくなってしまった。

「とりあえず計画を聞いてください。それでも無理だ、とおっしゃるなら、別の手を考えます。『エミーリア』の社会的な抹殺は確定事項ですけど」

 きれいな笑顔で恐ろしいことを口にする。

 この、ドレスを身に纏った青年にとって『エミーリア』は自分の名前ではないのだ。

「……そこは確定、なんですか」

「はい。わたくしが『エミーリア』のまま生きていくには、いろいろと困難を伴いますから。この縁談を回避しようとするならなおさら。『エミーリア』を消すには、自死でも事故死でもいいんですが、……失踪が一番穏便でしょうね」

 そのための『駆け落ち』なのだとエミーリアは言う。


 いつの間にか言い(くる)められたラウドが、自分が駆け落ちの事を承知したかのような体になっている事に気付いたのは、エミーリアの姿が中庭から消えた後の事だった。



 エミーリアがいくつかの駆け落ちプランを携えてきたのはそれから十日ほど経ってからの事だった。

「あの……できれば、後期の授業が始まる前に戻ってこられる計画にしていただきたいんですが?」

「それは大丈夫です。決行は来年の春を予定しておりますので」

 来年の春、といえば。

 婚約者の帰国を待って、エミーリアの結婚式が行われる予定、だ。

「そんな……ぎりぎりの時期に?」

「ええ。準備にはそれなりに時間を掛けませんと。……やり直し、とか、仕切り直しの余裕はありませんから」

 そう言って作業台の上に計画案を広げる。

 拝見します、と断ってラウドが覗き込む。一行目を目にしたラウドの目元が引きつる。何か言いたそうに開きかけた口を閉じ、さらに読み進める。

「……全面的に、却下、です」

 最後まで読み終わったラウドが、硬い声でそう言い放った。

「場所、とか、時間、の選定についてはこの際措いておきましょう。……そこにも言いたいことはありますが。一番困るのは、ほとんどあらゆる局面で『ラウドが魔法で何とかする』って書いてあることです。言っておきますが、魔法は当てにしないでください」

「でも、せっかく魔法が使えるのですから……」

「当・て・に・し・な・い・で・く・だ・さ・い」

 噛み付かんばかりの勢いでエミーリアの鼻先に迫ったラウドが、すべて言い終えたところで、近付きすぎたとばかりに一歩引く。

「……何か不測の事態があった時に『魔法で何とかする』というのは致し方ありません」

 仕方なさそうにラウドが溜め息を()く。

「ですが、あらかじめ『魔法を使う』ことを前提に計画を組まれるのは、困ります。それとも、あなたの自由のために私に命を奉げろ、とでも仰るつもりなのでしょうか?」

「いえ、そんなつもりは……」

「それは良かった。……もしそう仰られたらもちろん拒否するつもりですが」

 ラウドが眉間に寄せていた皺を緩める。

 エミーリアが作業台の上に別の何かを広げたからだ。

「ところで、あなたのご実家は、どちらにあるんですか?」

 広げられたのは、地図だった。

「えーと……確か、低地(ここ)では、『カルヴェス高地』って」

「え!?」

 エミーリアが蒼褪めた。


 カルヴェス高地はこの国の北部から北東部に広がる急峻な山地で、『国一番の辺境』と呼ばれている。王都からの距離から言えば、もっと遠い『辺境』はある。だが、その地形のため、カルヴェス高地は『国一番』の名を(ほしいまま)にしているのだ。

 さらに一応隣国との境界になってはいるが、人跡が稀であるため国境線が曖昧なのだ。ある意味、どちらの国にも属さない場所であるともいえる。

 この、『国一番の辺境』はまた、希少な鉱石や上質な毛織物、ここでしか採れない薬草、などの産地としても知られている。

 また、王都に出てくることは稀だが、歴史に名を残す魔法使いのうち何人かはここの出身だとも。


「……そう呼ばれる山地の狭間にある盆地、ですが。山地を迂回して入るルートも、一応あります」

「迂回ルート、ですか?」そう言って、エミーリアが広げた地図の上を指先で辿る。「……えーと……ああ、この地図には……」

 地図は王都を中心に主要な都市が描かれている。なので辺境地域は範囲外だ。

 迂回ルートがあっても、辺境は辺境だ。この地図にないことには違いはない。

「……だいたい、この辺りに当たるでしょうか」

 ラウドが地図の外側、作業台の中ほどを指差す。

「王都からまっすぐ北上して、シヴール辺境伯領から交易ルートを通るのが短い方のルート。王都から二週間くらいでしょうか。もう一つは、東部のミード公領から山脈を迂回して、川沿いに上るルート。こちらは一月以上はかかるらしいです」

 地図の上をラウドの指が滑り、二通りの経路を描いて先ほど『この辺り』と示した場所へ至る。

「……季節や天候によっては、もっと掛かることもある、と聞いていますが」

 二つのルートで掛かる時間について、ラウドは歯切れの悪い言い方をした。エミーリアが目顔で問いかけると、

「私はこのルートを使ったことがないので正確なところが判らないんです」

 と、気まずそうに答えた。

「魔法使いにしか使えない道、があるのでしょうか?」

「……その、ようなもの、です。……ところでどうして私の実家の所在などを?」

 そう問われて地図に目を落としていたエミーリアが、顔を上げてじっとラウドの顔を見返した。

「…………ご迷惑をお掛けするのですから、……おうちの方にご挨拶が必要かと思いましたので」

「迷惑を掛けない方向で考え直していただければありがたいんですが」

 溜め息を吐くラウドに、エミーリアが突き抜けた微笑みを見せる。

「なるべく少ない迷惑で済むような計画を立てますね」

ご意見、ご感想、誤字脱字の指摘などがありましたらよろしくお願いします。

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