その事情(エミーリア視点です)
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「……子どもの頃にね、死にそうな流行り病にかかったんですの」
うろたえて口をぱくぱくさせるラウドを見て、エミーリアがぽつりと洩らす。
「で、病から回復したら、死んだ事にされていて。アウレリスの末息子は。もともと丈夫な性質ではない、と知られていたし、一時は本当に危なかったそうですから、誤報が伝わっていたのかもしれません。とにかく、ベッドから起き上がれるようになったある日、父がやってきて、『お前は死んだことになっている』と」
病を得たのが王都の邸や、所領のある実家でなく、避寒のために訪れていた別荘だったのも災いしたのかもしれない。
詳しい事情は定かではないが、その土地は代々アウレリス家ゆかりの者が治める土地だったが、別荘を訪れたのはその年が初めてだったのだ。
事情が曖昧なのは、あるいは流行り病で村の者たちも大勢亡くなっていたせいもあるのかもしれない。
とにかく、長患いの床から離れられるようになったのはもう春も半ばで、その頃には、身上のすり替えはすっかり終わっていたのだ。まだ親の庇護を受ける身で、しかも体が復調していない状態で、反論のしようがあっただろうか。
一番面変わりする時期を別荘を転々とさせて過ごさせたのは、成長の様子を見る、という目的があったのかもしれない。
幼少時にはよく似ていると言われたアウレリスの兄弟だが、長兄は強面に、次兄は柔和な顔立ちだが見上げるほどの長身に育ち上がってしまっていたのだ。そうなってしまっては、『エミーリア』の名前と『玉の輿を狙う』という目論見は諦めざるをえなかったかもしれない。
だが、結果は現在の通りだ。
あるいは計画に支障が出るような育ち方をし始めたら、何か策を弄したかもしれない。
……去勢する、とか。
いや、それを考えるなら、あの時期に実行されていただろう。その手を思いつかれなかったのは幸いだ。
「だからって、結婚はむちゃでしょう。どうして断らなかったんですか?」
「父の思惑では、新床さえ乗り切ってしまえば、あとはどうとでも言い繕える、と。相手が【金瞳】ならばそうはいかないかもしれないけれど、幸い今のお相手はそうではないので」
王位継承者である【金瞳】の妻に望まれる、という事は、跡継ぎを産む事を見込まれる、という事だ。『病弱』を端から吹聴しているエミーリアでは、もとより対象外だ。もっとも、過去の例からすれば、【金瞳】を得られるのは必ずしも正妻とは限らないのだが。
ラウドが呆れたような顔でエミーリアの顔を見つめる。
「つまり、それも織り込み済み、ですか。寡聞にして存じ上げないんですが、上流の方のご婚儀では、そういった事が可能なのでしょうか?」
「わたくしもそのあたりの事は良くは解らないのだけど、父には何か策があるようでしたわ。誰か身代わりを立てるのだとか。あるいは身代わりの当てがあるので話を進めたのかもしれませんわね」
身代わり、とラウドが首を傾げながら呟く。
「まあ、納得ずくなのでしたら、私が口を挟むような事ではありませんね。その、『身代わり』の方も含めて、ですが」
そう言いながらもラウドの表情は晴れなかった。身代わりを立てる、という考えがどうも不満らしかった。
だが、口を挟まない、といった通り、その後たびたびエミーリアが温室を見に訪れた時も、ラウドはその事に一切触れなかった。
それ以外の事もあまり訊いてはこなかったが。