病気につき計画は一時中断
「では、すみませんがお願いします」
潜伏する場所を確保するために、ウィロウが出ていくと、部屋には熱がぶり返してきたエミーリアとラウド……クラウディアだけになった。
「……ディア?」
エミーリアがベッドの裾から手を伸ばして、クラウディアの服を掴む。
「外套を着たままでないといられないほど寒いのでしょうか? この部屋の中は」
あ、と声を上げてクラウディアが外套を脱ぐ。
部屋の中を見回して脱いだコートをハンガーにかけ、クラウディアがベッドわきに戻ってくる。
「……本当に、体が弱いんですねぇ……」
しみじみと、つぶやくようにそう言われたエミーリアはむっとした顔で反論した。
「これでも、子供の頃よりは丈夫になっているんですが」
「そうでしょうね。でなければお輿入れの話なんて出ないでしょうから。……いくら政略結婚目当てでも」
「……そこに話を持っていかないでください」
「そうですね。早く治すためにもおしゃべりなんかしていないで眠ったほうがいいですよ?」
そう言って布団を直そうとするクラウディアの手を、エミーリアが掴む。
困惑した顔のクラウディアにエミーリアが薄い笑みを浮かべて問う。
「……今朝の質問の答えをいただきたいのですが?」
クラウディアの肩が小さく跳ねる。
「け、今朝の質問、って、な、何でしょう? 覚えていないないんですが」
あからさまなうろたえっぷりにエミーリアが唇の端を上げる。掴んだ手を引き寄せて、倒れ掛かってきた体をしっかりと捕まえる。
「覚えてらっしゃらないと仰るのでしたら、もう一度質問を繰り返してもいいんですが?」
手のひらを合わせて指をしっかりと絡められる。うろたえているせいで【癒し】の制御が外れ、エミーリアがどんどん元気になる。まずい状況だった。
「いえあのっ……おもっ、思い出せたんじゃないかと思いますっ」
「それで、答えは?」
クラウディアの耳元で熱のこもったかすれた声が零れる。
「こっ、答えなきゃいけませんかっ?」
「そんなことはありませんが……答えてほしい、です」
赤く染まった耳朶を柔らかな唇がなぶる。ぱくりと咥え、むにむにと唇で食む。輪郭をゆっくりと舌でなぞるとクラウディアが小さく息を呑む。
こんなことをされたら、答えたくても答えられないじゃないか!
そう反論したくても、声が出せない。
「答えていただけないのなら、……改めて、ください、とお願いしても?」
クラウディアの体がこわばる。
「な……に、を?」
「あなたご自身を」
「あなたの体。あなたの心。あなたの未来。あなたの……こども」
クラウディアの手を絡めた手ごと自分の口元へ持って行き、そっと口づける。
「対価は、わたくし自身で。……だめでしょうか?」
「……ずるい、です。……こんな体勢でそんなこと言われたら、拒むことなんかできないじゃないですか」
クラウディアが不満そうな声を上げる。
俯せにされて、片手と体はしっかりと拘束されている。
承知するまで離さない、と言われたら、せざるを得ない。
「だって、こうやって捕まえていないと、……不安なんです」
クラウディアの背中に回した手が、宥める強さでゆっくりと動く。
「……不安?」
「あなたは逃げ足が速そうだから」
クラウディアのこめかみに唇がそっと触れる。
「わたくしは……こんな体だから、逃げられたら追いかけることは難しいです。せいぜい、行き先を予想して、先回りして待伏せるくらいしか。……でも」
体を抑える手の力が緩められ、クラウディアが体を起こす。
「あなたの逃げていく先は、先回りするのも難しそうですね」
エミーリアが少し困ったような顔で微笑む。
「そうですか? ……でも、実際に逃げたことはないでしょう?」
そう。クラウディアは逃げ腰な発言はしても、実際に逃げたことはないのだ。
「勢いであろうと、熟考した上であろうと、……引き受けた以上は誠心誠意、対処しますよ?」
それは欲しい答えではない、とエミーリアが不満に思っていると、クラウディアの顔が下りてきた。
唇の端をかすめて、頬にやわらかいものが押し当てられる。
「これ以上の言葉は……時間を下さい」
「ところで、質問の答えはいただけないんでしょうか?」
拘束から解放されたクラウディアが椅子に座って一息つくと、不意打ちのように声がかけられた。
「質問、って……どの?」
恐る恐る問い返すと、エミーリアが長い溜め息をついた。
「……答えていただけないんですね……『はい』も『いいえ』もなし、ですか」
悲しげにそういうと、顔を背ける。
まだ拘っていたのか。
そんな恥ずかしいこと、うやむやなままにしておきたい、という意向を汲んではもらえまいか。
クラウディアは唇を噛んで俯き、『はい』『いいえ』以外で答える方法を考えた。
「……です」
全身を耳にして背後の様子を窺っていたエミーリアは、口の中でもごもごいうようなクラウディアの声を拾って振り向いた。
「帰ったぞー」
エミーリアが肘をついて体を起こそうとした瞬間、遠くでドアの開く音と家主の声が響いた。エミーリアは小さく舌打ちし、クラウディアは心の中で『助かった』と叫んだ。




