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できること、できないこと

「……そうですね、理想的なのは【転移】で宿の外へ送り出してもらうこと、でしょうか」

 またあっさりと大技を持ち出して来る。ちゃんと人の話を聞いていないのかこの人は。

「却下です。私はこんなところに【通路】を開けるほど詳しくありません。その辺の壁と融合して生涯を終える、という覚悟がおありなら試してみても構いませんが」

 壁と融合するのは遠慮したいが、技術的に不可能、と言われなかったことで、エミーリアは内心ほくそ笑んだ。つまりよく知った場所ならば可能だ、と言われたのも同然だからだ。どの程度『知って』いれば【転移】が可能なのかは確認する必要があるだろうが。

「困りましたね。では何かそれに代わる手立てはないでしょうか」

「……宿の外に出られればいいんですね?」

 窓を開けて外の様子を窺う。すぐ下は、塀で仕切られた、人が一人通れるほどの通路。塀の向こうは、路地があってさらに塀。その向こうには、ちょっとした庭があって、建物からこちらは見えない。路地の左右を見渡す。いくつかの窓が路地を見下ろしているが、まだ空気が冷たい時間帯なので、開いている窓はない。……が、誰もこちらを見ていない、という保証はない。

「……では、この窓から外へ飛ばして差し上げます。着地点はどこがよろしいでしょうか?」

 一転して、エミーリアの顔が引きつる。この部屋は二階に位置しているが、建物の造りのせいで窓から地上までは三階相当の高さがあるのだ。

「と、飛ばす?」

「はい。けがなどはしないよう、速度は調節いたしますので。ただし、軌道はあまり不自然に見えないようにしたいと思いますが」

「不自然に、見えない?」

「ええ。狭い路地ですが、人目が無いとも限らないので。……まあ、この高さから人が飛び出てきたら、大抵の人は不自然に思うかもしれませんが。……で、どこに降りられます?」

 ラウドと並んで窓際に立ったエミーリアが、俯いて人差し指を口許に当てて考え込む。

「……運動能力には、あまり自信がないので……道の方までお願いできますか? 出るついでに足を確保したいから、少し時間がかかると思うけど、待っていていただきたいのですが」

「足?」

「はい。馬車か馬が借りられたら、と」

 エミーリアの計画では、半年ほど国内を転々とすることになっている。徒歩で移動するよりは何らかの足があった方が移動距離は稼げるだろう。

「……仕方ありませんね。待つしかないでしょう? 無事に戻ってきてくださいね」

 それを聞いたエミーリアは、真面目な顔でうなずいて、荷物の中から薄手の外套を取り出す。

「あ、それから」

 窓を開けようとするエミーリアにラウドが声をかける。

 ……確かにその外套なら嵩張らないし、これから暖かくなる時期だから、荷物としての選択は悪くないだろう。だが、今のこの気温では少し心許ない。また熱をぶり返されたりしたら、事だ。

「……言葉遣いには、注意して」

 羽織った外套の前を合わせ、外套の内側にひとつながりの、かなり長い呪文をつぶやく。外套の内側が軽く膨らむ。

「……それは、魔法?」

「具合を悪くされたら困りますから」

 外套の内側に、薄い空気の層を作ったのだ。華奢な外見をいくらか補正できることも期待して。

「ありがとう。……じゃ、『エミィ』、行って来る」

 そう言って、窓枠の上に足を掛ける。両足が窓の上に載ったところで、ラウドが魔法を発動させる。窓から飛び降りる体を装って、放物線軌道を描き、塀の向こうに着地させる。

 しばらくして、塀の向こうで手がひらひらして、消えた。

 ……ところで、『エミィ』っていうのは? 宿帳に書いた偽名かなんかだろうか?

 では、『ディア』というのは何なのだ?

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