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旅立ちの手配

「ああ、やっぱり思った通り、その色は似合いますね」

 ドレスに着替えたラウドを見たエミーリアは上機嫌だ。

「せっかくのドレスなのですから、髪は上げた方がよろしいのではないでしょうか?」

 そう言いながら、ラウドのうなじに手を伸ばして来る。

 正面から来られるのは甚だしく心臓に悪い。だが、後ろに回られるのもまたよろしくない。

 ドレス姿の時には気にならなかった(あで)やかさが、ラウドの心臓をたいそう痛め付ける。

「あの、髪を結うのは、自分でできますから」

 そう言ってエミーリアの手を止めようとすると、逆に手を掴まれた。

「あなたには、『エミーリア』をやっていただかなければならないのですよ? わたくし自身が手ずから結った方が確実ではなくて?」

 そう言われてしまったら、否定する材料のないラウドは、おとなしくされるがままになるしかない。

「……こんなところでしょうか。できれば髪飾りのひとつふたつ欲しいところなんですが」

 うなじを撫でたり、前髪の生え際を指で梳いたり、と、さんざんラウドの心臓を痛め付けた割には手早く髪を結い上げたエミーリアは、一歩後ろにさがって出来栄えを満足げに見遣った。

「い、いえ、これで結構です。ありがとうございました」

 髪飾りなぞつけられて、万一落としたりしたら……

 ラウドは心の中で首を振った。

 不意にラウドの肩に置かれた手が抱き込むように引き寄せられた。

「……ディア」

 耳元で熱い息がそう囁く。

 ラウドの体がにわかに緊張して強張る。

「正直に答えて? ……わたくしはあの日、あなたの花を散らしたのではありませんか?」

 花を散らす、という婉曲表現をラウドは知らなかったが、その意味は正確に理解した。と同時に羞恥で顔に血が上る。なかった事にしたくて隠蔽を計ったのに。隠蔽しきれなかったのか。それとも曖昧ながら覚えていたのか。

 目の前で赤く染まる耳たぶにエミーリアは軽く唇を触れさせる。

「……ディア?」

 甘い囁きとともに濡れた柔らかいものがラウドの耳に入ってくる。ぞくぞくした感触が背筋を駆け下りる。

「あ、あの……それは、今、答えなくてはいけませんか?」

 耳に施される唇での愛撫に、砕けそうになる膝を抑え、掠れた声がようやく、それだけの言葉を押し出す。

「……それが答え?」

 若干温度の下がった声でそう囁かれて、ラウドは震え上がった。それが恐怖に因るものなのか、快感に因るものなのか、定かではなかったが。

「答えがどうとかではなくて……」

 その答えは今聞かなくてはならないことなのか。

 なんとかスルーすることはできないのか。

 ラウドとしては、何のために着替えたのかを問い質したいのだ。だから、潤む目をつぶって必死に姿勢を立て直す。

「あ、朝っぱらから、こんな事……」

 ではなくて。

 こんな答えでは更に何かされてしまう。よくわからないけど、そんな気がする。ここ何日かのエミーリアは、それまで知っていたのと少し違う。

「そんな事、こんな時には答えられません」

「……そう」

 エミーリアが抱きしめていた腕を緩めた。途端にラウドの体が崩れ落ちる。

「では、後からゆっくりと伺うとしましょう」

 くすくすと笑いながら、腰砕けになったラウドに手を差し延べる。

「今はまず、計画の話、ですね」

 ラウドがこくこく頷きながらエミーリアの手を取る。恥ずかしい答えを口にすることは回避できた、と安堵して。


「まず確認ですが、わたくし達は馬車が壊れてお迎えを待っている、ということになっているのでしたね?」

 その設定を考えたのはエミーリアだったろう、と、思いながらラウドは頷く。

「お迎えについては、どんな人が来るかわからない」

 その事について言及した事はないし、尋ねられたこともない。

「なのでわたくしが『お迎え』として外から入ってきますので、あなたが迎えて下さい」

「ちょっと待ってください」

 あっさり『外からお迎えに来る』などと言われ、ラウドは待ったをかけた。

 外から迎え、は、まあいい。というかしかたない。

 だがそのためには男装したエミーリア(この言い回しがどこかねじくれていると感じるのは気のせいか?)がいったん宿の外に出なければならないのだ。この宿は、帳場の前を通る正面出入口の他にも出入口があるが、そのいずれを使う場合も、宿の誰かの目の前を通らなければならないのだ。

「……お伺いしますが、エミーリア様はどうやって外にお出になるお積りで?」

「そこはあなたに頼ろうかと」

 恐れていたことをあっさり言われた。何の躊躇いもなく。

「だから私の魔法は当てにするなと」

「だって宿の出入りがこんなに厳しいとは予想していませんでしたから」

 そのへんも込みで計画を立ててほしい。

 ラウドは精神的にへたりこんだ。

「それに、これは代案のひとつですし」

「……代案?」

「はい。最速で『エミーリア』を消す方法としては、サムエル・プルードンとともに街を出て、隙を見て衣服だけを運河に落として姿を消す、というのを考えていたのですが……」

 エミーリアが発熱していた、という事情はあるものの、サムエルの前からエミーリアを引き取ってきたのはラウドだ。

「……解りました。何とかしましょう。……で、その手段について、何か腹案はおありでしょうか?」

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