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偽装工作・2

「お嬢様?」

 幻聴だろうか? 聞こえるはずのない声が聞こえる。

「どうしてこんなところにいらっしゃるんですか? おとなしく寝ていらっしゃるとばかり思っていたのに」

 声のする方に顔を向けると、宿から反対方向にある店にお使いに出したはずのラウドが店の入り口で仁王立ちしていた。

 よく見ると、胸元には何かの包みを抱えている。頼んだ買い物だろうか? ずいぶんと早く済ませてきてしまったようだ。

 そのまま、ずんずんとこちらのほうに歩いてくる。ふわふわした金髪をなびかせながら。かわいらしい顔には憤りの表情をにじませて。

「失礼ですが、どちらさまでいらっしゃいますでしょうか?」

 サムエルの方を向いてラウドが問いかける。口調は穏やかだが、態度は一介の使用人のそれではない。……怒っているからだろうか?

「あ、ああ……サムエル・プルードンだ。……君は?」

「私の事はどうでもいいでしょう? 貴方、うちのお嬢様のお知り合いでいらっしゃいますか?」

 気押されたようにサムエルが頷く。

「でしたら、お嬢様が今どういう状況かおわかりでいらっしゃいますよね?」

「いや、彼女が危なっかしい足取りで歩いていたから……」

「お嬢様がこの店に入る時は一人でしたが。それで急いで用事を済ませてきたら……」

 ほとほとあきれた、という様子で溜め息をつく。

 理由はどうあれ、待ち合わせていたのは事実なので、サムエルは少し慌てた。

「お嬢様? こちらの……プルードン様にお会いするために抜け出していらしたんですか? お嫁入り前だという自覚はおありですか?」

 今度はエミーリアの方を向いて非難の言葉をたたきつける。

「……不安でしたの」

 は? とラウドが間の抜けた声を上げる。エミーリアがサムエルに振った役割を、ラウドは正確には知らないのだ。

「本当にわたくしがあの方の妻を務められるのか、と。……あの方が今いらっしゃる赴任先へついていくこともできないのに」

「それでも良い、との仰せだったのでしょう? 今更そんなことを仰られても周りも困ります。……それとも、こちらのプルードン様に心を移されたとか?」

 ラウドが睨みつけるようにサムエルの方に目をやると、彼は滅相もない、と言うように慌てて両手と首を振る。

「違いますわ。サムエル様には、ご相談に乗っていただいていましたの。……あたくしの不安を」

 サムエルの役割は『駆け落ちの相手(仮)』ではないのだ、と伝える。ラウドが、理解した、と小さくうなずく。

「そういう事は女性のお友達にするものでしょう?」

 厳しい言葉にエミーリアの目に涙が浮かぶ。もちろん空涙だ。

 ちょうどそこへ店員が飲み物を運んできて、周囲の耳目がこちらに集まっている事に気付く。

「ほ、ほら、みんな見てるし。彼女は体調が悪いのだから、労ってあげなくては」

 サムエルが慌ててとりなしの言葉を口にする。

「……そうでした。お願いですからお嬢様、多少のわがままは聞いて差し上げますから、どうか私の首を危うくするようなまねはおやめください」

 少女はいきなり跪いて、労りの言葉にはあまり聞こえない言葉を口にしながらエミーリアの顔を見上げる。

 こうやって見下ろす角度で見ると、きつい言葉遣いに反して、少女が愛らしい顔立ちである事に気付く。やや吊り上り気味のぱっちりとしたアーモンド形の目。眉は手入れされていないがはっきりとしている。小鼻は小さく、ぽってりとした唇はきれいなハート形。しかも……めったにないことだが、完璧な左右対称じゃないか?

 眼福な光景ではあるが、いったい彼女は何者だろう? とサムエルは冷めかけた茶をすすりながら考える。

 エミーリアの事を『うちのお嬢様』というからには、アウレリス家の使用人なのだろうが、それにしては彼女が纏っている外套はアウレリス家が使用人に支給している物ではない。

 新しく雇われた子だろうか? それならば自分の首を心配するのもうなずける。

 だが、そうなると、前職が気になる。物腰やら口ぶりやらが、なりたての使用人のものとは思えないのだ。

「……よろしいですね? プルードン様」

 丁寧だがきつい言葉遣いの美少女から不意に話しかけられて、サムエルは戸惑った。

「す、すまない。考え事をしていて聞いてなかった」

「お嬢様は私が宿に連れて帰ります、よろしいですね? とお伺いしたんです」

「あ、ああ。それは助かるが……手助けは?」

「不要です。お嬢様が歩けない、という程具合が悪いのでしたら話は別ですが……」

 少女のすげない態度が、くぅぅ、と鳴るお腹の音で一変した。頬を赤く染めて恥らう様子もまた愛らしい。

「……良ければ何か食べていくかい? 口止めに奢るよ」

 恥かしげに俯いた少女が、エミーリアの方をちらりと窺う。

「そんな……悪いですわ。口止めならわたくしの方が払わなくては」

「やっぱり、口止めしなくてはならないような事をしていらしたんですね?」

 下からそう睨み上げられて、二人とも慌てて首を振った。

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