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覚悟の負傷

「……あれ、が、……海……」

 村へ続く峠の頂上に立って、ラウドがぼんやりと呟く。四方を切りたった山で囲まれた地で育ったラウドには、初めて見る海だ。

「……海、か。海だ。……海、なんだな」

 知識として知ってはいても、改めてその場に立つとやはり圧倒される。

「……という事は、あれが水平線、か。なるほど……まっすぐだ」

 春まだ浅い頃とはいえ、南方へと開けた海は、陽射しを反射してキラキラと輝く。

 いや、海に圧倒されている場合ではない。

 目的地は、と見回すと、それと判る屋敷が見えた。広葉樹の林の中、茶色い石材――あるいは煉瓦――造りの建物。無駄にでかい、というのが正直な感想だ。自分には解らないだけで、持ち主にとってはあの広さが必要な理由が、何かあるのかもしれないが。

 まあ、それは措いておくとして。

 溜め息を一つ()いたラウドが、自分の手に視線を落して、エミーリアに指示された、あそこに辿り着く為の手順を反芻する。実行するのは難しくはないが、かなりの決意を要する。

 どうしよう。

 今なら、まだ引き返せる。

 予め聞いていた予定によれば、明日はエミーリアがあそこを引き上げて王都に戻る日だ。(エミーリア)が体調を崩していなければ、だが。

 ここに着くまでにも、さんざん迷った。実のところ、今も、まだ、迷っている。王都から馬で三日ほどのここに立つのがこんなにぎりぎりになったのも、その迷いのせいだ。決して、地図が読めなかったからでは、ない。

 エミーリアの事情に、自分が巻き込まれる謂れはないはずだ。……まあ、報酬は、貰ってしまったけど。

 ちらりと足元に置いた自分の鞄に目を落とす。

 中には、最後にエミーリアと会ったときに『プレゼント』と言われて貰ったものが入っている。

 いや、エミーリアはあれを『卒業祝い』と表現していた。故郷に戻ってしまえば使い道のないものだが、まあ、記念にはなる。どうしても食うに困るようなら、売り払えばなにがしかの金に換えられるかもしれないし。

 あれがお祝いに貰った物なら、ほぼ一方的といっていい約束をすっぽかしても、何ら問題はないはずだ。

 そう自分に言い聞かせても、すっぽかす事にはかなりの抵抗がある。だからここまで足を運んでしまった。ラウドは学院を出てから、もう何百回目になるか判らない溜め息を()いた。

 ふとラウドの耳が背後から近づいてくる物音を捉えた。峠道を上がってくる荷馬車の音だ。


 『目撃者を作る事には拘らないが、いるなら利用する事をお勧めする』


 エミーリアからの指示にあった一文だ。決行するなら今、という訳か。

 ぐずぐずと迷っていると、海からの突風にあおられて何か小さいものが目の端に当たった。

「痛……っ」

 慌てて目を押さえ、あおられて崩した体のバランスを取ろうと足を踏み替えようとしたが、そこには自分の鞄があった。踏むのを躊躇した足が着地したそこには、すっかり乾いた枯れ草があって、躊躇なく自分を踏みつける足を滑らせた。

 一瞬体が宙に浮き、しまった、と思った次の瞬間ラウドの体は急な斜面にたたきつけられ、ずるずると滑り落ちていった。

 ああ、エミーリアの思うつぼになったなぁ、と痛む頭を押さえながら斜面の下から上を見上げて、ラウドはぼんやりと考えた。ここに足を運んだ時点で、思うつぼなんだけど、と考えかけたがそれは頭から振り払った。

 ざっと点検したところ、骨折とか深い裂傷とかはない。斜面に尖った岩とか出てなくてよかった。

 斜面の上に残った鞄には、目で見て明らかに判る鍵のほかに、魔法での封印が施してある。鞄を見つけるのが良い人間にしろ悪い人間にしろ、滑り落ちた明らかな痕跡があるのだから、持ち主の安否を確認しに来るはずだ。良い人間であれば、医者のいる場所……エミーリアの滞在している屋敷に運ばれるはず。そうでなければ、鍵を奪われてとどめを刺されてしまう、かもしれない。まあ、その前に反撃は試みるけど。

「おい、あんた。大丈夫か?」

 痛みを堪えながらじっと待っていると、ガサガサと薮を掻き分ける音に続いて温厚そうな男の声が聞こえた。

 大丈夫じゃない、この傷をとっととなんとかしたくて堪らない、と言いたくなるのを堪えて頷き、見えなかったかもしれない、と思い直して手をちょっと動かして見せる。

「よし、じゃあちょっと待ってろよ」

 そう言ったかと思うと声の主は踵を返して立ち去ってしまう。

 ほどなくして戻ってくると、「ちぃと匂うかもしれんが、我慢してくれよ」と声が掛けられ、何か柔らかくて重い物で体を包まれた。どうやら毛布のようだ。男はラウドの体を古毛布で丁寧にくるむと、おもむろに、よいしょ、と担ぎあげた。骨は折れてないかとか、頭は打ってないかとか調べる事があるだろう、とラウドは思ったが、他に人手がないのなら、藪から引っ張り出すのにはこれが一番手っ取り早い手段かもしれない、と揺れる馬車の上で思い直した。そして、馬車の振動に屈して、早々と意識を手放した。

 ラウドを乗せた荷馬車は、エミーリアの目論見通り、南側に海を臨む丘の中腹にある館に入って行った。

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