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8

 久し振りに生きてる妻に見送られて玄関を出たその日。


 完全寝不足状態だったが、根性と朝のテンションの余韻のお陰で一日を乗り越える事ができた。

 ノー残業デイで本当に助かった。

 定時の5時半のアナウンスが流れるや否や、そそくさと現場から戦線離脱しタイムカードを押した。

 会社を出て、マンションに戻るとまだ6時だ。

 今日はこのままゆっくりしよう。

 眠らなければ、三十路になっこの身は持たない。


 駐車場に車を止めた時、バックミラーに映る自分の顔が見えた。

 目の下が黒くなって二重の目が落ち窪んでいる。

 この顔で一日仕事してたんだから「昨日は寝てません」って言ってるようなもんだ。


 ヤル気の片鱗も見えなかっただろうな・・・。

 なんて思っていた時、ふと思いついた俺はミラーを動かしてちょっと角度を変えてみた。


 何となく。

 何となくではあるが。

 疲れた三十路男の顔も違う角度でミラーに映ると、何だか少しイケて見えた気がした。


 少しクセのある栗色の髪(最近、白い毛も増えてはいるが)二重のパッチリした目(今は疲れてドス黒くなってるが)、白い肌(会社⇔自宅の往復しかしてないから)、

今じゃ完全に老朽化してるこの顔も、学生の頃は当時大人気だったビジュアル系バンドのボーカルに似てるって言われたもんだ。

 男としては不幸だったけど、身長も170cmに到達する前に止まってしまったので、実年齢よりは若く見える。


「・・・やっぱり、真司の方かな」


 急にゲンナリした俺は、ハンドルに突っ伏して溜息をつく。

 ヤツのホモ小説『紫陽花の咲く頃に』に登場したバカップル『真司&拓海』。

 どちらかのモデルが俺だと言われれば、やっぱり真司の方だろう。

 俺の本名が慎一郎しんいちろうである事からも、その可能性は高い。

 アイツが俺をどういう目で見ていたのか、考えるだけで恐ろしい。


 俺が平均男性よりちっちゃくて童顔だからって男が好きだとでも思ってたんだろうか?

 そう言えば、付き合いだした頃「南クンは男にモテそうだね」なんてアイツに言われた事がある。


 アレはマジに言ったんだろうな、今思えば・・・。


 その時のヤツの妙に嬉しそうな顔が脳裏に浮かんで、俺は背筋に寒気を覚えた。



◇◇◇


 とにもかくにも、だ。

 俺のした事が正しかったのは、その日の内に立証された。


 明かりのついた玄関でアイツに「おかえり」なんて言ってもらった後、既に用意されていた風呂に入って、サッパリしてからビールとツマミが載ったテーブルについた時、俺は感極まって泣きそうだった。

 夕飯のメインメニューは俺の好きなカレーライス。

 ビールにカレーってどうよ!?というツッコミはさて置き、カレールーは俺の大好きなジャワカレーを使ってあり、トッピングにとろけるスライスチーズが載っていれば、もう俺には文句の言いようがない。


 ヤツは俺の好きなものを作ってくれたんだ。

 俺の事を考えて。


 やっぱり、俺は間違ってなかった。

 人のプライバシーを覗いているみたいで若干、良心の呵責はあったけど、それを上回るいい事を俺はした。

 目の前のテーブルに並んだジャワカレーがそれを雄弁に語っているじゃないか。


 ビールを一人でお酌していると、妻がエプロン姿でやって来て言った。


「南クン、お疲れ様。あたし、まだ今日の更新アップしてないんだ。悪いけど、一人で食べててもらっていいかな?ジャワカレーだけどおいしい?」


 俺は手を止めて、妻をしばし観察してしまった。


 おだんごにした長い髪に、メルヘン入ったナチュラルな(雰囲気の)麻のエプロン。

 ミセス向け通販のカタログのモデルみたいないでたちだ。

 ダサイ雰囲気が、天然ボケの彼女によく似合っている。

 虫が嫌いでガーデニングどころか外にも出ないくせして、自然派素材に拘るところは今だに意味不明だ。

 大体そんなカッコは、都会の女がすれば「カントリー風ナチュラルテイスト」だが、本物の田舎モンがしてたら単なる「地元使用普段着」だろうに。

 が、今、そんな事を口走ってせっかく浮上したこいつをヘコませる必要は全くない。


「カレーなんて久し振りだし、マジ美味いよ。弁当もありがとな」

「どーいたしまして!じゃ、あたし、そろそろ更新があるから行くね!」

「あ、おい、ちょっと・・・」


 俺としては久々に妻の生きてる姿を見たんだから、もう少し話でもしたかった。

 まあ、率直に言えば、何となくムラっときたというか・・・。

 ゾンビから人間に戻った妻が少しかわいく思えてしまったのも手伝って、俺は立ち上がった妻の手を思わず掴んだ。




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