7
翌日。
いつも通り、ケータイのアラームが鳴って俺は目を覚ました。
昨夜はヤツの書いた三文ホモ小説のせいですっかり夜更かししてしまった。
『星屑綺羅々(ほしくずきらら)』としてログインした後、あの真司&拓海のバカップルに感想を書こうと普段使わない脳を酷使した為に、何となく頭が重い。
だが、何とか任務は遂行した。
俺はヤツの短編小説『紫陽花の咲く頃に』をお気に入り登録し、感想を送り、ポイント5点づつ入れてやった。
今まで0点だったヤツの作品に初めて12ポイントが加算されたことになる。
正常人間の俺がトリ肌モンのホモ小説に感想まで書いたんだ。
自分で自分を褒めてやりたい。
よくやったぞ、俺!
朦朧とする頭をぶんぶん振って、ベッドからよろけながら降りる。
今日はノー残業デーで早く帰れそうなのがせめてもの救いだ。
部屋を出ると、いつもなら人気のない殺伐としたマンションが何となく違うのに気がついた。
「・・・?」
首を傾げたその時、コーヒーの香りが鼻を掠めて、キッチンの方からカタカタと物音が聞こえてきた。
まさか・・・!?
引きこもって廃人化していた妻が起きて朝メシ作ってる!?
一気に眠気も吹っ飛んだ俺はバタバタと廊下を走ってキッチンのドアを勢い良く開いた。
「おっはよ!南クン!」
ドアを開けたまま唖然とする俺の視界に入ったもの。
それはエプロンをして卵を焼いている懐かしい妻、真理の姿だった。
ゾンビ化した姿なら見てたけど、こんなふうに生きてる姿を見るのは本当に久し振りだ。
まさかとは思うけど・・・。
俺が『真司&拓海』に感想書いてやったせいで、こんなに浮上したんだろうか・・・?
心に疚しさがありまくりの俺は、妻の豹変振りを素直に喜べず、曖昧に笑みを浮かべてテーブルについた。
長い間見ることのなかった朝食の風景がそこにはあった。
淹れたてのコーヒーにトースト、そして俺の大好きなヨーグルト。
呆然としている俺の前に、出来立てのスクランブルエッグがホカホカと湯気を立てて現れた。
「どーぞ!冷めない内に召し上がれ!」
満面の笑顔の妻は、そう言いながら自分も俺の前に座った。
あまりに幸せそうなその顔が逆に怖い。
俺は視線を泳がせながら、恐る恐る口を開いた。
「・・・どうしたんだよ?急に朝食復活なんて・・・なんかあった?」
「そーなの!聞いて聞いて!実はね、あたしの作品に感想が来たのよ!」
「・・・」
やっぱり・・・!
どんだけ単純な女なんだ、おまえは・・・。
期待を裏切らない単純明快な思考回路。
この脳内で生まれたら、どんなジャンルの小説も鉄板ストーリーに決っている・・・。
天にも上りそうなテンションで妻はキャーキャーはしゃいでいた。
逆に俺は居心地が悪くなって、更に視線を泳がすしかない。
でも、俺の沈黙の意味など当然分からない妻は、スーパーハイテンションで弾丸トークをブチかます。
「昨日の晩ね、初めて感想書いてくれた人がいたのよ!あたしが書いた短編なんだけど、心が洗われるような気がしたって!主人公の一途な恋心がせつなくて泣いてしまいましたって!これってすごくない!?あたしの書いた作品が誰かの心の琴線に触れたのよ?これからも応援してます、頑張って下さいって言ってくれたの!もう、あたし、嬉しくて昨日は連載小説を完結させちゃったよ!ねえ、どうしよう?あたし、来年あたり直木賞くらいイケるかもよ?」
「な、直木賞・・・?」
無理に決まってんだろ!
直木賞なめてんのか!?
俺は飲みかけたコーヒーにむせ返りながら、一人で暴走中の妻を唖然として見つめた。
ただ、感想書いただけなのに、どうやったらそこまで発想が飛躍するのか。
しかも、「こんな白々しい感想、嘘に決まってる」って少しでも疑わないのだろうか?
実際、心にもない事書いてる俺自身が白々しくて鳥肌が立ちっ放しだった。
そりゃ、普通に読めるって言えば、読める。
(内容が内容でなければ)
ただ、それだけだ。
決してそれ以上でもそれ以下でもない。
残念ながら真司も拓海も万人を唸らせるほどのランクではないのだ。
「・・・まあ、良かったな。直木賞、期待してるよ・・・あと、この勢いで弁当も・・・」
心の中の葛藤とは裏腹に、俺は無難に返事をした。
そりゃ、そうだろう。
ここで否定したら「読んでもないクセに何でそう思うの!?」などど突っ込まれかねないし、「すげえじゃん、さっすが先生だな」なんて言ったら「印税で車買い換えようね!」と更にぶっ飛んでくるに違いない。
今の俺にはヤツの行動パターンが手に取るように読めた。
「もっちろん!もうお弁当できてるよ!あたしも頑張るから、南クンもお仕事頑張ってね。」
ヤツはテーブルの隅にちょこんと載ってる懐かしい弁当包みと水筒を指さしてにっこり笑った。
久し振りに見るヤツの笑顔がなんかすごくかわいくて、俺はちょっと動揺する。
少しは貢献したかな、俺?
「あ、ああ・・・。まあ、お前も頑張れよ」
「うん!じゃ、あたし、次の連載のプロット練ってるからそろそろ行くね」
「お、おう!」
立ち上がりながらヤツは俺を見つめて意味深な笑みを見せた。
舐めるようなその視線に、俺は更に動揺する。
「な、なんだよ?」
「昨日初めて感想もらった作品ね、南クンがモデルなんだよ」
「・・・!?」
「だから直木賞取ったら、半分は南クンのお陰だね!」
満面の笑顔でヤツはそう言い残し、鼻歌歌いながらキッチンから出ていった。
俺がモデル・・・!?
真司と拓海、どっちだよ?
てか、どっちもすげぇ嫌なんですけど!?
とにもかくにも、朝飯と弁当は復活した。
俺の苦労は報われたと言えるだろう。
ただ、これは単なる序曲。
星屑綺羅々の最初の任務に過ぎなかったのだ。