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「・・・・・・」
布団の中でケータイを睨み続けること20分。
俺にはもっと長い時間に感じられたが、実際にはそんなもんだった。
何とか短編小説『紫陽花の咲く頃に』を読み終えた俺は、布団から顔を出して大きな溜息をついた。
この作品をなんと表現したらいいのだろう。
率直な感想を言えば、それなりに出来はいい。
本を読む習慣のない俺が 好奇心に煽られたとは言えサラサラ読めたのだ。
それなりに分かりやすい文章だ。
短編とは言え、読者に一気に読ませるだけの勢いもある。
文章力、表現力は及第点と言えなくもない。
だが。
俺は再び溜息をついて、髪をガシガシ掻きむしった。
問題はその内容だった。
あらすじに書いてあった通り、主人公は多感な高校生(注:男)真司。
自他共に認める美少年である真司は、同じ陸上部の先輩 拓海に恋をしてしまう。
玉砕覚悟で告白したら、一回だけという約束で拓海先輩はエッチしてくれる事になった。
(その時点でノーマル成人男性である俺には理解できない世界だ)
鳥肌が立つような生々しいエッチシーンの後、一線を超えた二人は抱き合ったまま朝を迎える。
その場所が校庭の体育倉庫で、ベッドの代わりに体操マットの上ってんだからベタにも程がある。
そんなとこで男が二人でヘンな事できるわけねーだろ!
大体、どうやって真夜中に体育倉庫に忍び込むんだよ!?
と、ツッコミどころは満載なんだけど、まあ、それはよしとしよう。
真司の恋心を受け止めてくれたかに思えた拓海先輩は、その翌日から突然、学校に来なくなった。
実は退学することが決まっていたのだ。
突如消えてしまった拓海先輩を真司は探し続けるが、二度と会うことはなかった。
なんでケータイとか聞いとかねーの!?って俺は思うんだけど、憧れの先輩との初エッチにテンパってたのかもしれないから、まあ、そこは許してやってもいい。
卒業して街を出てからも真司は毎年、拓海先輩を探しに戻ってきた。
初めて告白した市営陸上競技場に。
大方、6月の梅雨の時期なんだろう。
でなけりゃ、タイトルの紫陽花が無意味過ぎる。
もっと他に探すとこはあると思うけど、とにかく真司は陸上競技場に毎年やってきた。
そして拓海先輩が消えてから3年目。
霧雨の降る夕暮れの陸上競技場。
先輩は棒高跳びのバーの向こうからゆっくりと現れた。
このヘンがベタ過ぎて失笑モンだ。
拓海先輩が棒高跳びの選手だったなんて今まで知らなかった。
ハードル選手だったら、遥か200m先からハードル飛び越えながら登場させたんだろうか?
それはそれで凄過ぎて面白いけど。
とにもかくにも二人は再会したんだけど、拓海先輩は心臓病で余命幾ばくもないらしい。
薄幸のイケメンのお約束の病気だ。
しかも、心臓の何が悪いのかについては全く言及されていない。
書いてるヤツが病気ひとつしたことないんだから、医学的知識が足りない事は明白だ。
子供の頃に見たサッカーアニメにも『ガラスの貴公子』なるイケメンが心臓病を患いながらサッカーしてたけど、同じレベルの曖昧さに笑えてくる。
心臓に疾患があったら陸上部やってるワケねーだろ!
まあ、そういう理由で拓海先輩は学校を辞めて治療に専念していたらしい。
けど、いよいよお迎えの時が近づいてきたので、ここにやって来たのだという。
「残りの時間をお前にやるよ」
拓海先輩は真司を抱きしめてそう囁いた。
the end
「うわわわわわ・・・!!!!!」
その途端、俺は全身に鳥肌が立って体中を掻き毟りたい衝動に駆られた。
ベタ過ぎる!
読んでて恥ずかし過ぎる!
こんなん書くヤツの顔が見てえ!って、それが自分の妻なんだからもう救いようがない。
どういう思考回路でこんなくだらない話を思いつくのか。
てか、あいつがこんな事を考えてるせいで、俺の食事がなくなってしまったのか。
もう、この真司&拓海のバカップルに回し蹴りしてやりたい。
俺はぶつける先のない怒りに身悶えしながら、痒くなってきた体をガシガシ掻きまくった。
こんなんじゃ、ポイント入れる物好きなヤツはいないだろう。
本来なら悲劇の二人なのに、ストーリーが王道過ぎるというか、ベタ過ぎて笑えてしまうのだ。
これに感想書けって方が無謀な話だ。
だが、俺には妻を励ましてやらなければならないという使命がある。
でなければ、ヤツは永久に浮上できずに俺の食事と弁当もこのまま消えてしまうだろう。
こんなバカップルに感想があるとしたら「二人で風俗でも行っとけ」って感じだけど、とにかく何か書かなきゃならない。
腹をくくった俺は『小説家になろう』のトップページを開いてみた。
誰かに感想を書くには自分も会員になってログインする必要がある。
サイトの案内通りにクリックしていくと、ユーザーネームとパスワードを決めなきゃならなくなった。
ここはもちろんバレないように本名『南慎一郎』とはかけ離れた感じがいい。
性別も偽った方がいいだろう。
他の作品もこんな感じだったら、まともな男が読むハズがない。
なんか、こう、乙女ちっくな・・・。
そう、ホモなイケメンが大好きな腐った感じの女の子な雰囲気がいい。
散々考えた末に『星屑綺羅々(きらら)』に決定した。
ふざけてんのかって言うくらいの恥ずかしいキラキラネームだ。
正直言えば、確かに俺はふざけていた。
でも、やりすぎなくらいで丁度いい。
ぶっきらぼうで無神経な俺が綺羅々(きらら)ちゃんだとは、さすがのアイツも疑わないだろう。
何しろバレたら離婚なんだから、こっちも正体を知られるわけにはいかないのだ。
かくして『小説家になろう』に堂々と会員登録した俺『星屑 綺羅々』は『美波マリリン』先生の作品に感想を書くべく再びログインしたのだった。