17
照りつける太陽に真っ青な太平洋。
砂は灰色でドス黒いけど、何とか砂浜と言っていいレベルだ。
確かにハワイとはかけ離れているが、ここも太平洋の一部には違い無い。
俺たちは浜に隣接する駐車場に車を駐車して、ホテルのエントランスに向かった。
ホタルに続く歩道の両脇にはヤシの木やシュロのが等間隔に植えられていて、南国の雰囲気を醸し出そうと頑張っている。
ハワイと比べたら目劣りするのは仕方ないが、海岸から聞こえる海鳴りと潮風は十二分に観光気分にさせてくれた。
「結構、良い感じじゃん?ハワイ行かなくても十分だっただろ?」
二人分の着替えが詰め込んだ大きなスポーツバッグを肩にかけて、俺は後ろに付いてきているヤツを振り返った。
背後にいると思っていたヤツの姿はそこにはなく、驚いた俺がグルリと辺りを一望すると、ヤシの並木の間に仁王立ちになって海岸の写真を取ってる後ろ姿が見えた。
「なーに!?何か言った!?」
俺の声に気がついたのか、ヤツは振り返りもせず返事をする。
人に荷物持たせといて失礼なヤツだ。
ヤツのハイテンションに付き合いきれない俺は、少しウンザリして怒鳴った。
「何でもねーよ!先にチェックインして荷物下ろしてから浜に降りよう!重くてしょーがねーよ!」
「はーい!りょーかい、りょーかい!」
調子のいい返事をしてから、ヤツはデジカメを首に提げ、旅行バッグをズルズル引き摺りながら駆け寄ってきた。
俺が持ってるスポーツバッグも結構な大きさなのに、自分専用だと言って同じ位の大きさの旅行バッグを持参してきている。
たった一泊するのにどんだけ荷物がいるんだ!?
半ば呆れて俺はヤツに聞いてみた。
「なあ、どうでもいいけど、それ、何入ってんの?」
「これ?もちろん仕事道具だよ」
「仕事?」
「そう。だって、今書いてる連載中小説の為の取材旅行なんだから」
・・・って、奏をネクタイで縛る、アレ?
と、言いそうになって、俺は慌てて口を閉じた。
これを言ってしまったら、俺がヤツの小説を隠れて読んでるのがバレちまう。
そうなったら、離婚は免れないだろう。
危うく地雷を踏むところだったぜ。
「・・・ああ、そう。と、とにかく、まずはチェックインするぞ。一風呂浴びてからまた来ればいいじゃん」
努めて冷静にそう言って、俺はホテルに向かって さっさと歩き出した。
ヤツより先を歩いたのは、動揺している顔を見られたくなかったからだ。
「うん!広いお風呂って久し振り。南クン、混浴入りたいんでしょ?」
「・・・バカ!そんなの、あるわけねーだろ!」
俺の複雑な胸中を全く知らないだろう妻は、無邪気にはしゃぎながらノコノコついてきた。
◇◇◇
チェックインして鍵を受け取ってから、俺達は海が見える小奇麗な部屋に案内された。
ベッドはもちろんダブル!
ヤツは「南クン、寝相が悪いからヤダ」とブツブツ文句を言ったが、「これが一番安いんだよ!」と俺は強引に説得した。
経済的理由を挙げるのは正当な事だったので、ヤツも渋々応じたのだ。
もちろん、そこには俺の野望が含まれている。
「きゃあ!いいじゃん、いいじゃん!オーシャンビューの部屋にしてもらえたんだね。お部屋も綺麗だし、最高じゃん?」
そんな俺の目論みも知らない妻は、部屋に入るなり、子供みたいに窓にへばりついて眼下に広がる海を眺めて、そう言った。
「え?ああ、そうだな。やっぱり海はいいな」
ヤツが床に下ろした旅行バッグの中身が気になって仕方がない俺は、適当に返事だけする。
それどころではない。
俺の脳内では、先程、ヤツの放った一言が、俺の想像力を無駄に掻き立て、妄想を冗長させていた。
ヤツの現在連載中の恋愛小説『四六時中側にいて』。
俺がモデル(だと思われる)の奏は、現在、全裸で自宅マンションで彼女と対峙しているところなのだ。
ヤツは、この旅行は連載中小説の更新の為の取材旅行だと言った。
・・・ってことは、だ。
仕事道具って何の道具だよ!?
まさか、奏をどーゆー風に縛るのか、俺を使って実験しようとしてんのか!?
そのバッグの中身は一体何なんだ!?
もしかしたら、通販でしか恥ずかしくて買えないような玩具を準備してきてんのか!?
悶々としながらも顔には出さないように、努めてどうでもいい風を装ってヤツに聞いてみた。
「なあ、このバッグの中身さあ・・・何?」
「え?これ?だから、仕事道具だってば。そうそう、こっちもセッティングしなくちゃね・・・」
俺に言われて気づいたように、ヤツはいそいそとバッグのチャックを開いた。
いきなり秘密の口が開かれて、心の準備ができていない俺は、慌てて顔を背ける。
ヤバイものがゴロゴロ出てきてしまったら、どんなリアクションをすればいいんだよ!?
「・・・な、何持ってきたんだよ?」
「・・・?ノートパソコンだけど?何で隠れてんの?」
キョトンとした顔で、妻は俺を一瞥してからサクサクとパソコンの接続に取り掛かった。