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 その週の土曜日の朝。

 俺達は「マリリン先生」の連載小説の取材の為に、愛知県の果て(いや、日本の果てか)伊良湖岬に向かっていた。


 そもそも太平洋沿いに住んでる俺たち愛知県民が、ハワイに行く必要は全くない。

 島が違うだけで、俺達はハワイアンと同じ太平洋の中にいるじゃないか。

 愛知県から見ても、ハワイから見ても太平洋は太平洋だ!

「全然違うし!」と、それでもハワイに行きたがるヤツを俺は強引に説得して、自宅から車で一時間の伊良湖岬のホテルに一泊する事にしたのだった。


 同じ海岸線でも、そこまで行けば田舎過ぎて寧ろ観光地だ。

 海しかないとこだが、いい波が来るので意外にもサーファーのメッカなのだという。

 キムタクがサーフィンしに妻子同伴でやって来るという都市伝説まで生まれた程だ。

 地元民の俺達は海があっても暑いので行かないのに、他府県からサーファーが泊まりがけで来るとは皮肉な話だけど。


 その日は快晴。

 真夏の太陽が雲ひとつない青空にサンサンと輝いている。

 左手には『落石注意』の看板があちこちに立てられた断崖絶壁の山。

 右手にはガードレール。

 崖の下に広がる真っ青な太平洋。

 どこを通っても危険地帯のこの県道を、俺は愛車のTANTOでひた走っていた。


 もちろん助手席には、妻の真理がちょこんと座っている。

 いつものパイナップルみたいな髪型は今日は封印しているらしく、長い髪を下ろして、開け放した窓からくる風に絡ませている。

 こうやってみると若く見えるし、いつも見慣れている俺でもドキっとする。

 男はなんだかんだと言っても、風に靡くサラサラのストレートヘアに弱いのだ。

 いつもこうやってりゃ、少なくともビジュアル的には、まだ可愛げもあるってもんだ。

 寧ろ、ハイジのおばあさんみたいないつもの丸髷まるまげスタイルの意義を問いたい。


 ヤツは、愛読している「カントリー風ナチュラルテイスト」なカタログに載ってるモデルを意識しているのだろうが、あの頭は俺に言わせれば「ムーミン谷のミー」以外に形容のしようがない。

 しかも、ぞうきんみたいな素材のスモックや、中途半端な丈のピチピチ股引ももひき、洗う前から色落ちしてるような地味な色合いの襟巻きを、このクソ暑い最中に着ているのは我慢大会に他ならないだろう。


 出かける時、田舎モンスタイルでいそいそと現れたヤツを見て「我慢大会か?」と聞くと、「これだからオジサンは嫌なのよ」と軽蔑された。

「ぞうきんみたいな素材のスモック」は「リネンチュニック」、「中途半端な丈のピチピチ股引」は「七分丈レギンス」「洗う前から色落ちしてるような襟巻き」は「インドストール」と言うらしい。

 カントリーというより、和洋折衷とはまさにこのことだ。

 と思ったが、せっかくの旅行前にヤツのご機嫌をこれ以上悪くする必要もない。

 俺は苦笑いして、うやうやしく助手席のドアを開け、お姫様を車に乗せた。


「ねえ、旅行なんて何年ぶりかだね。しっかり取材しなくちゃだね。デジカメも持ってきたし、資料も集めないとね」


 いつもより更にハイテンションで、妻はニコニコして言った。

 俺も少し笑みを見せて無難に「そうだね」と言っておいた。

 ヤツのテンションに素直に付き合えないのには訳がある。

「妻が直木賞を取るための取材協力」とはカモフラージュ。

 俺の本当の目的は、『ヤツが所望する生殖行為』を何とか実現させる事だったのだから。


 何とかしてヤツを「ソノ気」にさせようと思った矢先に、降って湧いたこの「取材旅行」。

 渡りに船とはこの事だ。

 海が見えるホテルで二人きりで酒でも飲めば、ヤツだって本性を現すだろう。

 少しその気になったヤツに俺はこう言うのだ。


「縛ってみる?」って。


 不自然でないように、車の中には慶弔用の黒いネクタイを常備しておいた。

 まあ、いざとなったらベルトもあるさ。


・・・って、俺が楽しみにしてるみたいじゃねーかよ!?

 そうじゃない!

 俺は普通だ!

 決して俺の好みではないのだが、ヤツが俺のことをつまらないと感じているのは夫婦生活の危機であり、夫としてそれを回避する努力はするべきであるからで、変態だと分かっていても二人で行う行為で有る以上、お互いの嗜好はリスペクトされなければならない訳で・・・。

 って、誰に言い訳してんだ、俺!?


 ヤツに優るとも劣らないチープな妄想が恥ずかしくなり、俺は頭をガシガシ掻いた。

 俺のリアクションの理由が分からない妻は呑気に「頭痒いの?」なんて言った。

 ガイドブックをペラペラ捲りながら、俺の顔なんか見もしない。

 なんか俺だけすっげえテンパって、まるで修学旅行に行く小学生みたいだ。


・・・まあ、いいさ。

 決戦は今夜だ。

 お前の変態嗜好を暴き出してやるぜ!


 なんて、俺が考えてるなんて夢にも思わない妻は呑気に喋り続ける。


「ねえねえ、南クン。フェリーの波止場に灯台があるよ。ここで写真撮りたいな。ヤシの実が流れ着いた浜もあるんだって」

「何だよ、ヤシの実って?」

「有名な歌があるでしょ?ヤシの実がどっかかの島からここまで流れ着いたって歌」

「・・・ああ、そう。・・・で、だから何?」

「・・・ロマンティックじゃない?」

「何で?太平洋で繋がってるんだから漂流物が流れて来るのは当たり前じゃん?」


 妻は眉間にシワ寄せてから大きな溜息をついた。


「南クンって、やっぱりつまんないね」



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