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小説には書くヤツの本性とか願望が顕著に現れる・・・筈だ。
俺は更新されたばかりの連載小説『四六時中傍にいて』を読んでから、しばらくベッドの中で悶々としていた。
ついでに、いつしかヤツが俺に向かって吐いたあの暴言・・・俺とするのはつまんないから面倒くさくて時間の無駄(いや、そこまでは言ってないか)も脳裏に蘇ってきた。
ヤツが所望する「つまらなくない」生殖行為とはこういう事なのか?
俺を全裸にして縛り上げてから、ヤツは一体何をするつもりなのか・・・?
きっとヤツの腐った脳内から考え出されるあらゆる変態プレーを強いられた後、それをまた小説に書くに違いない。
俺は思わず身震いした。
でも、もし、ヤツが今の状態がつまらないと感じているとしたら・・・。
そこは潔く認めて、ヤツの嗜好も積極的に取り入れるべきだとは思う。
俺の名誉の為に言っておくが、そう思うのは俺が変態プレーに興味があるからではない。
俺は至って普通の感性を持った常識的な一般人だ。
結婚してからはや10年。
お互い30歳も超えた今、そろそろ子供の事も考えなければ・・・なんて思い始めていた。
考えてみたら、ヤツが突然小説を書こうなんて言い出したのは、俺と二人だけのこの生活に飽き飽きしていたからなんじゃないのか?
一日中会社にいる俺と違って、ヤツは友達もいないし、家の中でする事もない。
だったらコンビニでいいからバイトしてくれよって言いたいけど、敢えてそうしなかったのは「結婚したら早く赤ちゃん欲しいね」というヤツの希望があったからだ。
そのつもりで結婚と同時にヤツは仕事を辞め、専業主婦になった。
でも、そういうことってなかなか計算通りにいくもんじゃなくて、すぐに出産するつもりで仕事も辞めたのに、その後10年経っても俺たちには子供はできなかった。
社会から隔離されてしまった10年間でヤツは外で働く事に自信を失くしてしまい、専業主婦も板についてきて、結果的に今の状態になったのだ。
小説を書き始めたのも、何となく鬱積したストレスのはけ口を探しているような気もする。
少なくとも俺については、様々な不満が溜まっている事も分かってしまった。
もし、ヤツが俺の事を本当につまらないと感じていて、それが原因でセックスレスの状態が更に延長し、ヤツの熱望していた子供が更に遠ざかってしまったら・・・。
そして、ヤツが更に引き篭もってうつ病にでもなってしまったら・・・。
それは俺にも責任があるのかもしれない。
「何とかするしかないな・・・」
強引に結論を導き出した俺は、腹を括ってベッドから這い出した。
◇◇◇
真っ暗な廊下を壁伝いに歩いて行くとヤツの部屋からカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてきた。
あいつ、まだ書いてやがる。
さっき更新したばっかりなのに、よくネタがあるもんだ。
大方、さっきの続きを書いてるんだろうけど。
全裸のままでネクタイを持って風香ちゃんの返事を待っている奏が、明日の更新でどんなリアクションをするのか・・・。
俺も楽しみではあるが、今はそれどころではない。
ノックしようとヤツの部屋のドアの前に立った時、俺はハタと気がついた。
何を言うつもりだったんだ、俺!?
今、ここで変な事言い出したら、ヤツにあんたの小説読んでますってカミングアウトしてるようなもんじゃないか!
自分の変態小説の更新直後に、モデルになってる旦那が部屋にノコノコ現れて「俺のこと、縛っていいよ?」なんて言ってみろ。
いくら鈍いあいつだって感づくに違いない。
今、このタイミングはまずい。
何とか、別の日にセッティングする必要がある。
どっかのラブホでも連れ込むか・・・。
いや、同じ家に住んでるのに余計変だろ。
てか、夫婦生活10年以上もやってる俺達がラブホに行く意味が分からない。
ドアの前に突っ立って悶々と考えていると、突然、そのドアが内側から勢いよく開けられた。
「・・・・・・ってっぇえええ!」
バン!と開いたドアが顔面に直撃し、俺は思わず蹲る。
開いたドアの隙間から部屋の明かりが漏れて、中からお馴染みのパイナップル頭がピョコンと現れた。
ヤツは蹲ってる俺を見下ろして、一瞬、ギョっとしたように後ずさる。
まさか、俺がドアの前にへばり付いてるなんて思ってもみなかったんだろう。
「・・・南クン?こんなトコで何してんの?」
恐る恐る聞いてくるヤツに、俺は顔だけ上げて何とか返事をした。
「・・・何でもないよ。コーヒー飲もうと思ったから、良かったら一緒にと思って来てみただけ・・・」
「あ、うん、ありがとう。でも、今はいいや。今ね、神が降臨したみたいに筆が乗ってるトコなの」
「ああ、そう。神ね・・・」
何が神だ。
変態モード全開になって、妄想を書き連ねてるだけだろーが!
しかも、俺がそのオカズになってると思うと非常に複雑な心境ではあるが、それを口に出すわけにはいかない。
俺は努めて冷静に、何事もなかったかのように言った。
「・・・まあ、頑張れよ。直木賞、期待してるから」
「えー!本当!?じゃあ、協力してくれる?」
そう言ったヤツの顔が喜びでパアァっと輝いた。
逆に俺は嫌な予感がして、一瞬、顔が引き攣った。
こいつがこういう顔をする時は、大抵、ろくなお願いじゃない。
「何だよ?」
「あたしね、取材旅行に行きたいの。今書いてる小説の主人公が彼女と一緒に旅行に行くんだけど、やっぱり自分が行ったことないと書き難いのよね」
なるほど。
奏は自宅でするのを諦めて、風香ちゃんを旅行に連れてってからプロポーズするんだな。
ネクタイで縛ってもらえなかったんだろうか?
気になるトコではあるが、今はそれどころではない。
これは俺にとってもチャンスだ。
「いいよ。直木賞の為だ。今度の休みにどっか泊まりがけで行こうぜ。どこがいい?」
「ハワイ!」
「・・・・・・・」
・・・これもこいつの願望なんだろうが。
男を全裸にしてネクタイで縛るが為に、大枚はたいてそこまで行く必要は全くない。
もちろん、そうは言えない俺はニッコリ笑って言った。
「却下!」