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「・・・・・・」
布団の中でケータイと睨み続けること約一時間。
長編連載小説『As you wish』を読み終えた俺の目から涙が止め処なく溢れていた。
読む前はあんなにバカにしてた鉄板ファンタジー恋愛小説。
それが今、俺の乾いた心を猛烈に揺さぶっていた。
小説を読んで泣いたのなんて、小学校の時に読んだ『かわいそうなぞう』以来だ。
それほどに この姫x剣士の鉄板カップルが可哀想だったのと、ラノベ風ラブコメかと思いきや意外にも壮大なストーリーで、気がついたらその世界観にどっぷり浸かってしまっていた。
俺の想像通り、剣士のリゲルはロザリー姫のガードマンで、ずっと彼女が好きだった。
彼女もリゲルの事が好きだったんだけど、自分がいつか隣国に嫁ぐことが決まっていたのでコクる事ができなかったのだ。
17歳になったロザリー姫は、公約で決まっていた通りに隣国の王子と結婚する事になる。
二人の主従関係が終わる最後の夜に、ロザリー姫はリゲルを呼んでこう言った。
「今まで御役目ご苦労様でした。これからは自分の為に生きるのよ」
そして彼はいつも通りこう答えた。
「仰せのままに」
このシーンのリゲルの男気が泣けてくる。
本当は「お前を離さないぜ」って言いたかったトコだろうに・・・。
女の覚悟も俺にはシビれた。
彼女にとって隣国に嫁ぐというのは、一国の公務だ。
「ホントは他の人が好きなの」なんて一個人の感情で動く事は許されない。
断腸の思いで、だけど彼女は威厳をもって彼と別れた。
これが国家公務員のあるべき姿だ。
政治献金がバレて裁判になっても保身に走り「秘書に任せておりました」を連発しているどっかの政治家にも見習ってもらいたい。
溢れる思いを表には出さないまま、二人は別れた。
せ、せつな過ぎる・・・!
ここまで読んだだけでも、単純な俺には号泣モンだった。
俺は布団の中でグズグズ鼻をかみながら、サクサク読み進めた。
第一部はそこで終了。
第二部になって『3年後』から始まると、ファンタージェン王国とロザリー姫が嫁いだ隣国とは、過去の戦争責任の賠償問題と、突然地下資源が発見された中間領土の所有権の取り合いの為、政治的軋轢がどんどん広がっていた。
本来なら夢のある『お姫様と剣士』のファンタジックラブストーリーに、どっかで聞いたようなリアリティが具体的に盛り込まれているのは微妙なところだが、まあ、いいとしよう。
姫が嫁いでから第一線を退いていたリゲルに、仕事の依頼が舞い込む。
隣国の王、つまり姫の旦那の暗殺計画だ。
緊張感の高まる両国間はもはや一触即発の状態で、国王を暗殺した後、姫を奪回してくる事もリゲルに与えられた任務の一つだった。
ダメだ、リゲル!
そんな事したらお前はテロリストになってしまう・・・!
そんな事、姫は望んじゃいない!
目を覚ますんだ、リゲーーール!
俺は布団の中でケータイを握り締め、必死で彼に呼びかけた。
隣国に国王暗殺の使命を背負って侵入したリゲル。
あらすじに書いてあった『ファンタジックラブストーリー』とはどんどんかけ離れて、既に気分は『ゴルゴ13』だ。
大方、書いてる途中で軌道修正できなくなっちまったんだろう。
最初からプロットもなく書き始めて、収拾がつかなくなったのが手に取るように分かる。
『姫と剣士』の鉄板ラブストーリーを期待して読み始めた人は、無駄に広がる壮大なスケールに「騙された!」って思うに違いない。
ここまでで読者が期待するようなラブラブシーンは全然出てこないし、これでは女子には受けねーだろ。
逆にベタベタラブストーリーが苦手な俺には、リゲルの冒険物語がどんどん面白くなっていった。
城壁を守る衛兵たちをリゲルは一網打尽に倒した。
針金を使ってトラップを作ったり、背後から忍び寄ってアイスピックで頚椎を刺したり、必殺仕事人を見習ったかのような殺陣(一般的に人はそれをパクリと呼ぶ)。
ヤツの描く戦闘シーンのテンプレが時代劇だったのには笑えた。
でも『かんざしの◯◯』を連想させるリゲルのクールな戦いっぷりはそれなりに迫力があった。
国王の間に侵入成功したリゲル。
そこには城内の異常に気が付き、怯えながら佇む姫と若き国王がいた。
リゲルは『念仏の◯◯』ばりのスリーパーホールドで国王を締め上げ気絶させてから、3年ぶりに再会した姫の前に跪く。
「この国と我が国は近い内に戦争になります。そうなれば、私はあなた方を攻める事になるでしょう。私は今の内にあなたを連れ出したい」
「一度は嫁いだこの国を捨てておめおめと逃げ帰れません」
「では、私と共に逃げて下さい。ここでもファンタージェン王国でもない、どこか遠くへ・・・」
その言葉に姫は黙って頷き、二人は城を脱出する。
や、やった!
リゲル、グッジョブ!
そのまま二人で逃げろ!
幸せになるんだ!
興奮した俺は布団を蹴り飛ばし、ベッドの上でガッツポーズをした。
シーンとした真っ暗な部屋の中で『ロッキー』みたいにケータイを握った拳を突き上げたまま ハタと我に返った俺は、誰もいないのにキョロキョロ周りを見回して一人赤面する。
・・・いい年して何やってんだ、俺!?
その時、俺は完全にファンタージェン王国にトリップしていたのだ。
あー・・・なんか俺みたいなヤツ、昔、映画で見たことあるな。
かなり有名なファンタジー映画で、いじめられっ子が本の世界に入ってくヤツ・・・。
そこで俺はハっと気づいた。
その映画に出てきた滅亡寸前の王国の名前が確か『ファンタージェン』だったような・・・。
ヤツの書いた三文小説の世界に、俺はすっかりハメられてしまっていたのだ。
何だ、このやられた感!?
悔しいけど、まあ、面白くないとは言えないと言わざるを得ないか・・・って、我ながら往生際悪いな。
面白いことは認めてやってもいいか。
映画とは違ってもうすぐ終盤を迎えるこの物語を、俺は更に読み進めていった。