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ふいに手を掴まれた妻はキョトンとした顔で、俺を見た。
見つめられて、何だか気恥ずかしくなった俺は、慌てて視線を泳がす。
いい年して何やってんだよ、俺!
「・・・?何、南クン?」
「あ、いや、少し話でもしないかな・・・と思って」
「え、今日の感想もらった作品の話?」
「ちげーよ!!!!」
俺がモデルのホモ小説の話を蒸し返してどーすんだよ!?
とは、もちろん言えるわけないし、このタイミングで率直に「ヤラせて」とも言えるほど俺はヤボじゃない。
でも、妄想力旺盛なくせに自分の事には鈍いこの女に口で説明するのも面倒臭くて、 俺は彼女を半ば強引に抱き寄せた。
「・・・なあ、今日いい?」
抱き寄せた妻の耳に低く囁く。
おだんごにした髪型のせいで細い首が顕になってて、俺は思わず口づけた。
いつもならそこで、黙って頷く妻をそのまま抱えてベッドイン。
だけど、今日は違っていた。
「えー!やだよ、あたし忙しいんだから!そんなコトしてる暇ないっちゅーの!」
「そ、そんなコト!?」
「あたしの作品の更新を待っててくれてる読者の皆さんがいるのよ!昨日、感想くれた人だってきっと楽しみにしてるんだから。悪いけど、南クンとそんなコトしてる暇あったら、少しでも早くアップしたいの」
俺とのエッチがそんなコトだと!?
てか、こいつの三文小説の更新がどんだけ期待されてるってんだ!?
男のプライドを傷つけられた俺は、思わずカチンときて反撃に出た。
「そんなコトで悪かったな!あんた、俺と不特定多数のネットユーザーとどっちが大事なんだよ!大体、感想なんて昨日が初めてなんだろ?誰もそんなに待ってないって!」
「あ、バカにしたわね!?どっちが大事って言ったら、読者に決まってるじゃない!あたしの作品を心待ちにしてる人だっているんだから、更新怠るわけにはいかないのよ」
「どこの誰だよ、その奇特な人物は?・・・てか、もーいいよ。したくないんだったら、もうそう言えよ。別に無理強いしてる訳じゃないじゃん・・・」
その時点でどうでもよくなってしまった俺は、半ば投げ遣りに吐き捨てた。
そう言えば「そういうわけじゃないのよ」っていう答えが返ってくるのを期待したからだ。
ところが、妻は小首を傾げて俺をじっと見つめて、しばらく考え込んだ。
そして、しばしの沈黙の後、ハっとしたように顔を上げて口を開いたのだ。
「そうなんだ!したくないんだ、あたし」
「・・・ああ、そう。あ、もしかして今、生理とか?」
「ううん、つまんないから!」
「・・・は?」
衝撃の一言に俺は耳を疑った。
今、つまんないって聞こえたような気がしたけど!?
「だって、南クンとしてもいつも同じだし、もう慣れちゃったんだもん。南クンの事は好きだけど、あっちの方は小説の更新する時間を削るほどではないかなって感じ?それに今までだって1年に2,3回くらいだったじゃん。別になきゃなくてもあんまり困らないよ、あたし。南クンもそうじゃないの?」
俺のガラスのハートを抉るように、妻は表情も変えずに淡々と喋っていた。
悪気もないだろうけど、そもそも俺が傷つくなんて思ってないんだろう。
逆に言えば、俺達はそこまで淡白な関係だったという事か・・・。
「あんたはそうかもしれないけど、俺は別に飽きてないし、つまんないって思った事もないよ」
「でも、なきゃなくても困らなかったよね?今までだってそうだし」
「・・・何それ?今までセックスレスだったの恨んでるわけ?」
「ううん!そうじゃないの!本当につまんないから面倒臭いだけなんだ。ごめんね。あたし、更新してくるね!」
そう言うと妻は俺の腕をすり抜けてキッチンを飛び出していった。