プロローグ
この話はフィクションであり、実際の場所、人物には関係ありませんのであしからず。
カタカタカタ・・・ ・・・
妻の部屋からキーボードの音が響いてくるのを、俺はベッドの中で聞いていた。
もう2時間くらい同じペースで叩き続けている。
恐ろしい集中力だ。
俺は半ば呆れて溜息をつきながら、灯りの洩れる妻の部屋に目をやった。
夫婦生活も早や10年。
倦怠期もいいとこだ。
俺達が部屋を分けたのはもう随分前になる。
当然ながら、あちらの方も長い間御無沙汰だ。
体力が有り余っていた若い時期はとうに過ぎていたし、俺自身の淡白な性格故か、必要性もさほど感じていなかったので、それについて不満がある訳ではない。
すっかりプラトニックになってしまった俺達の夫婦関係について、妻からも何の不満も聞いた事がなかったので、きっと彼女も同じ事を考えているに違いない。
空気以上にどうでもいい存在になってしまった俺達は、当たらず触らず、お互いの領域には介入しないように暮らしていた。
それが、マンネリも通り越した俺達夫婦が惰性でやっていくコツなんだと、暗黙の了解があったのだ。
カタカタカタ・・・・・・
灯りの洩れる妻の部屋からは、その間にもキーボードを叩く音がテンポ良く聞こえてくる。
この高速タイピングの腕を生かして、データ入力の内職でもすれば少しは金になるだろうに・・・。
この無駄なエネルギーが有効活用されることは、残念ながら期待できそうもない。
では、一体、夜な夜なパソコンに向かって何を書き綴っているのか?
実は俺は既に知っている。
灯りを消した部屋の中で俺は手探りでケータイの充電コードを探り当てて手繰り寄せる。
暗闇の中で更に蒲団に潜り込んでケータイを開いた。
誰も見てないことは分かっているのに、こうやって隠れてしまうのは疾しさ故だ。
「お気に入り」の画面から登録してある小説投稿サイト「小説家になろう」を開いてみる。
既に会員登録してある俺の「マイページ」から「お気に入り小説」を開く。
現在、お気に入り登録してあるのは2作品。
作者はどちらも『マリリン』先生だ。
因みにタイトルは『四六時中傍にいて』と『僕の全てを君に捧げる為のプレリュード』(なげぇよ!)
何となくどっかで聞いた事のあるフレーズなのは気のせいか?
タイトルを裏切らない、どちらもベタな恋愛小説だ。
出てくる男は皆イケメン。
次々と現われる色男にコクられて悩む主人公。
こんな話あるわけねーだろ!
ブツブツ文句言いながらも、俺は更新をチェックする。
・・・おお!もう更新されてんじゃん!
妻の高速タイピングは、僅か2時間の間に同時進行で連載している2作品を更新させていた。
そう。
妻のペンネームは美波マリリン。
乙女チックで笑えてくる。
俺の妻はこの「小説投稿サイト・小説家になろう」で、夜な夜な小説を書いているのだ。
俺がこっそり見ているとも知らずに・・・。