「たかが、キスくらい浮気じゃない」と言っていた婚約者が死にました。たかがキスで。
「たかが、キスくらい浮気じゃない」
浮気相手とのキスを責めたら、婚約者はそう言いました。
「たかが、キスくらい浮気じゃない」
母に婚約者の浮気を言ったら、婚約者と同じ言葉を言われました。
「たかが、キスくらい浮気じゃない」
婚約解消して欲しい、と父に言いましたが、駄目でした。
そうです。
この国は妻や婚約者以外とのキスを見られても、不貞とは見做されない国でした。
何なら、純潔を失っていても、不貞とは見做されないんです。
某夫人は夫が愛人を優先して、『女として魅力がない』『あの二人のほうがお似合いだ』と嘲笑されているくらいです。
男も女もモテるのは当たり前で、不貞をしないのはモテない野暮ったい奴、そんなことを言われている始末。
まあ、一晩に何人と寝れたかを競う人もいるそうですし、そういう国なので、人前でのキスくらい浮気にもならないんでしょうね。
そういう国なので、私の主張は受け入れてもらえませんでした。
お隣りの国なら、人前のキスは既成事実になって婚約解消にもなったんでしょうが、生まれた国が悪かったです。
それでも、国力があることが、この国を文明国として認めさせていました。
国力があるので、役人は給与支払いが滞っていても、不敬罪や叛逆罪を恐れて、文句も言えず無給で働いています。
愛人を優先させる公爵のいた某国など、蛮族の国呼ばわりされて、不平等条約を結ばされる結果になったそうです。
それを噂していた人々によると、その国はこの国の基準では伯爵家程度の国力しかなかったとか。
国力とは、黒を白に変えることができるものらしいです。
子どもさえ生まれなければ不貞にならない国。
でも、私には合いませんでした。
あの浮気男と結婚するしかないのか、と鬱々とした日々を送っていたある日、あの男はいつものように目の前でキスをして、喉を掻きむしりはじめました。
そして、苦しんでいるところを運ばれていきました。
毒でも盛られたのでしょうか?
心配するよりも、これで浮気男から解放されるのでは、という期待のほうが大きかったです。
翌日、浮気男が死んだと聞かされました。
死因は蕎麦アレルギー。
あの浮気相手は蕎麦粉を使った物を食べていたそうです。
たかが、キス一つ。
されど、キス一つ。
「たかが、キスくらい浮気じゃない」、そう言っていた婚約者は浮気相手とのキスで死にました。
死ぬとわかっていたら、キスをしたでしょうか?
死ぬとわかっていても、あの浮気男はキスをしたでしょう。たかが、キス一つで死ぬとは信じずに。
私はキスを既成事実と見る国に嫁ぎました。
自分たちを支える役人たちの給与よりも、本人たちにしかわからない粋な生活を優先した王侯貴族たちも、怒れる民衆の革命によって命を失ったそうです。




