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血と唇と、心まで奪われて

作者: Wataru
掲載日:2026/02/09

「……触るな」


低く、押し殺した声だった。


彼は背を向けたまま、拳を強く握っている。


呼吸も荒い。


理性を必死に押さえ込んでいるのが分かった。


彼女は一瞬だけ迷い――それでも歩み寄る。


「平気よ」


後ろから、そっと抱きつく。


彼の背中は、緊張で強張っていた。


「離れろ」


声がかすれる。


「今は……無理だ」


それでも彼女は腕を緩めない。


「大丈夫」


その一言だった。


次の瞬間。


彼の手が彼女の腕を掴み、体が反転する。


そのままベッドに押し倒され、

首筋に熱い息がかかった。


「……っ」


止める間もなく、牙が肌に沈んだ。


鋭い痛み。


そして、すぐに広がる甘い痺れ。


体の力が抜けていく。


逃げないように、

彼の腕が彼女の体を抱き込む。


血を吸うたび、

彼の呼吸が深くなっていくのが分かった。


やがて牙が離れる。


視界が揺れ、

彼女はそのままシーツに身を沈めた。


彼は、息を荒くしたまま彼女を見下ろしていた。


理性と欲求の境目で揺れている目。


指先が、そっと頬に触れる。


かすれた声が落ちる。


「……好きだ」


彼女は、ぼんやりした頭のまま小さく笑う。


「私も」


次の瞬間。


彼の手が頬を包み、

唇が重なった。


血の味がまだ残る、静かなキス。


優しいのに、

どこか奪うようで。


心臓が強く鳴る。


怖いのに。


離れてほしくない。


やがて彼が小さく息を吐く。


「……これ以上は、やめとく」


そう言いながらも、

額を離そうとしない。


夜の静けさだけが、

二人を包んでいた。

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