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間話 過去にて〈2〉

 初めての制服、そして、アニメで見てきたリアルな学園生活に浮かれていた俺は、やっぱり青春は寄り道だと思い、真希と優斗と共にどこか寄り道でもしようと思っていた。

 「どこへ行こうか〜」などと笑い合いながら談笑していたとき、俺のスマートフォンが、ブーブーという音と共に、震えた。どうやら、誰かからメールが来たようだった。

 俺はスマホを開き、メールを確認した。

 そのメールは母親からのものだった。


「なんだって〜?」


 メールをまじまじと読んでいる俺に向かって、優斗が横から話しかけてきた。

 メールの内容を見るに、「用事があるから早く帰ってきてほしい」というものだった。


 なんの用事なのだろうか。俺の入学祝いなのだろうか、などと少し胸が昂った。

 この時の俺は、いくら初の中学校だろうと、はしゃぎ過ぎていた。そもそも、母親はそんな人間ですらなかった。俺は気持ちの昂りのあまり、現実逃避していたのかもしれない。

 この後、絶望のどん底へと叩き起こされるとはつゆ知らずに…………


「ごめん、じゃあ俺先に帰るわ。2人で楽しんでくれ」


 俺はそう言い残し、2人が向かっていた方向とは逆の方向に歩みを進めた。

 今思えば、俺の人生、学園生活、青春の全てが壊され始めたのはこの時からかもしれない。

 

 この時の俺は、普通よりも少し勉強のできるだけの普通の中学生だった。

 運動神経も可も不可もない、本当に、普通の。身長体重ですらほぼ平均レベルだった…

 でも、そんな俺も、中学2年生の頃には寺坂家の神童とも呼ばれるほどの秀才になっていた。

 いや、俺は全くと言っていいほど秀才ではないのだがな。

 「寺坂」というのは母親の姓だ。ここら辺の地域で寺坂家を知らない人はいない。

 先述の通り、母親の曾祖父、つまり俺のひいひいじいちゃんが作り上げたのがこの寺坂家の財力と威厳なのだ。

 ここら辺の企業殆どへの出資に加え、ここ一体の土地は寺坂家のものだ。

 それほど、すごい家だったのだ。


 閑話休題


 俺は自宅へと戻っている最中だった。

 道路沿いに設置されている花壇の花は俺の心のように百花繚乱の如く咲き乱れ、心地の良い春風が吹いていた。

 そこから数分して、俺は家へと戻ってきた。

 

「ただいまー」


 俺は靴を脱ぎ、すぐ横にある靴箱へと収納する。

 いつもなら美也が「おかえり〜」などと呑気に返事をするところだが……今日はいないようだ。 

 そうか、俺は入学だけど、美也は進級だ。だから今日は午後まで学校があるのだ。

 可哀想に、初日から勉強をしなくちゃなんて。


 俺は自部屋へと向かい、学生鞄を机の上に置いた。

 父さんにお願いして買ってもらった無駄に少し良い革製の学生鞄は、室内灯に照らされ、綺麗に黒く輝いていた。

 なぜ俺を早く帰らせたのか疑問に思っていたので、俺はとりあえず、母さんがいるであろうリビングへと向かった。

 

 リビングに入ると、母親が静かに正座し、何やら封筒を持っていた。

 正直、俺はこの母親があまり好きではなかった。姉ちゃんが小学校3、4年生ほどになった頃から家事をやめ、姉ちゃんに俺たちの世話を押し付けてきていたのだ。

 俺はそんな姉ちゃんを救いたいがために、前から少しずつ家事を学んでいた。

 でも、そんな姉ちゃんはもう大学生。とっくに一人暮らしを開始していた。

 父さんはというと、仕事柄、家を空けることが多く、帰ってきても2ヶ月に1回程度だ。

 でも、そんな父さんが帰ってきている時だけ母親はいい顔をしていた。俺は、そんな母親に対し、実の親ながらも恐怖心を覚えていた。


 閑話休題


「伊吹、少しここに座りなさい」


 この母親が父さんのいない時に俺に対しこんな風に接することはまずない。 

 俺は少し警戒しながらも、母親とテーブルを挟んだ向かい側の席に座った。

 気のせいかもだが、少しサッと冷たい風が吹いたような気がした。


「この問題を解きなさい」


 母親は、命令口調で、俺の前に封筒に入っていた書類を差し出した。

 その問題を見るに、どうやらテストのようなものだった。

 俺は母親から渡された鉛筆と消しゴムを手に取り、問題に取り掛かった。

 だが…………


 さっぱりわからなかったのだ。

 恐らく、小学校は疎か、中学校3年でも習わないような問題であった。

 こんなもの、解けるはずもない。俺は母親に抗議しようと、口を開いた。


「母さん。さすがにこんなの解けるわけ──」

「黙りなさい!」


 俺が抗議しようとした時、母親は大声で怒鳴りつけながら立ち上がった。

 酷く理不尽だと今の俺では思うのだろう。でも、こんな母親のもとで、こんな教育を受けていた俺は、自分が1番悪いのだと思い込んでいた。


「なんでこんなものも解けないの!」


 母親は、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。

 ゴミ箱は空を舞い、その先にあった戸棚へと激突した。

 母親は次に、俺の方へと向き直った。俺は、何かされる、と思い謝る体制に入った。

 今となってみれば、自分の身を守るよりも先に謝るのが先、というのはかなりの異常事態だろうと思う。


「あなたもお姉ちゃんのようになりなさい。いいえ、お姉ちゃんをこえなさい!」


 母親は俺を平手打ちした後、そんな言葉を俺に吐き捨てた。

 当時の俺は、俺が問題を解けなかったから叩かれたのだと思っていた。

 いや、実際のところそうなんだがどう考えてもおかしい。特に英才教育の類も受けてこなかった俺に対し、このような問題を提示することがおかしいのだ。

 でも、その時の俺は先述の通り、何も不思議に、理不尽に思わなかった。思えなかったのだ。

 これが、昔からの当たり前なのだから。


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