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タイムトラベル・ドライブ 1983年へ

作者: waku
掲載日:2026/01/24

 この物語は、「もし、大切な人の過去に会えるとしたら」という想いから生まれました。


誰しも、胸の奥にしまった後悔や、伝えきれなかった感謝の言葉を持っているものです。

本作は、そんな気持ちを抱えた一人の青年が、時を越えて父と向き合う物語です。


特別な能力を持つわけでもなく、世界を救うわけでもない。

ただ、大切な人と向き合い、同じ時間を過ごす――

そんな小さな奇跡を描きました。


読み終えたあと、少しでも「家族」や「過去」について思い返すきっかけになれば幸いです。


どうぞ、最後までお付き合いください。


---


# 時を越えて、父に会いに行く


――投稿完成版――


---


## 第四章 若き日の祖母


しばらくして、玄関のドアが開いた。


「はい?」


現れたのは、若い女性だった。


エプロン姿。肩までの黒髪。優しそうな顔立ち。


――祖母だ。


写真でしか見たことのない、若い頃の祖母・千代。


だが、実物はまるで違った。


生きて、息をして、目の前に立っている。


肌の色。声の響き。仕草のひとつひとつ。


すべてが、生きている証だった。


「あの……道に迷ってしまって……」


咄嗟に、そう口にする。


千代は少し困ったように眉を下げた。


「道に……そうですか。大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど」


「ちょっと疲れてて……少し、休ませてもらえませんか」


千代は俺の顔をじっと見つめた。


心配そうな目。優しい目。


子供の頃、何度も見た目だった。


「それは大変。よかったら、中で休んでいきますか?」


「いえ、そこまでは……」


「遠慮しないでください。困った時はお互い様ですから」


そう言って、柔らかく微笑む。


俺は、その笑顔に逆らえなかった。


---


## 第五章 テレビと確信


「お待たせしました」


湯呑みを盆に乗せ、千代が戻ってくる。


熱い緑茶の湯気が、ふわりと立ち上った。


一口飲むと、体の奥まで温まる。


どこか懐かしい味だった。


部屋の隅で、テレビがつけられた。


しばらくして、画面が明るくなる。


『本日、昭和五十八年十月十五日――』


その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。


一九八三年。


四十三年前。


ここは、過去だった。


疑いようもない現実だった。


---


## 第六章 小さな父


「ただいまー!」


午後四時半。


元気な声が玄関に響く。


ランドセルを背負った少年が飛び込んできた。


――父だ。


小学四年生の頃の、父親。


生きて、動いて、笑っている。


胸が締めつけられた。


「ねえ、おじさん。外の車、すごいね」


「ああ……一緒に見に行こうか」


俺は立ち上がった。


---


## 第七章 未来の車


父は車の周りを何度も回った。


「宇宙船みたいだ……」


電子キー、静かなエンジン音、ナビ画面。


すべてが未来だった。


「海、行きたい」


小さな声で、父は言った。


「よし、行こう」


---


## 第八章 海への道


車内で父は目を輝かせていた。


エアコン、音楽プレイヤー、価格の話。


すべてが新鮮だった。


やがて、海が見えてくる。


「あ……海だ」


青い水平線が、広がっていた。


---


## 第九章 夕暮れの海


堤防に並んで座る。


波の音が、静かに響く。


「おじさん、未来から来たんでしょ?」


その一言に、心臓が跳ねた。


――もう、隠せなかった。


「俺は……二〇二六年から来た」


スマホを見せると、父は黙り込んだ。


「未来のぼく……幸せ?」


「……大変だけど、幸せだ」


「いい父親になる?」


「なる」


即答だった。


夕日が、海を赤く染めていく。


---


## 最終章 時を越えて


帰り道、再び白い光に包まれた。


気づけば、元の世界だった。


後日、父に電話をした。


「最近、不思議な夢を見るんだ」


知らないおじさんと、海に行く夢。


俺は、静かに笑った。


過去は変えられない。


でも――確かにつながっている。


俺と父は、時を越えて。


――完――


***プロローグ***


その日、俺は、ただドライブしていただけだった。


まさか――

四十三年前の世界に迷い込むことになるなんて、

夢にも思っていなかった。


昭和五十八年。


そこで俺は、少年時代の父と出会うことになる。


これは、

二〇二六年に生きる俺――

太田原時雄(二十八歳)が体験した、

信じがたい出来事の記録だ。


***第一章 有給休暇***


二〇二六年十月十五日。

金曜日の昼下がり。


「太田原さん、本当に今日、休んで大丈夫なんですか?」


後輩の声に、俺は苦笑した。


「大丈夫だよ。プロジェクトも一段落ついたし」


「でも、来週のプレゼン……」


「準備は終わってる。お前なら問題ない」


久しぶりに取れた、有給休暇だった。


いや、正確には――

「取らされた」と言うべきか。


「太田原、有給消化しないと、労基に怒られるんだよ」


部長にそう言われ、渋々申請した。


この三年間、

まともに休んだ記憶がない。


システムエンジニアという仕事は、

休みがあってないようなものだった。


正午過ぎ。

俺は職場の駐車場を出て、ハンドルを握りながら、小さく息を吐いた。


平日の昼間に休むなんて、何か月ぶりだろう。


――いや。

何年ぶりだろう。


最後に父と会ったのは、いつだったか。


正月か?

いや、去年の正月も、結局仕事で帰れなかった。


「……よし、走るか」


独り言のようにつぶやき、

いつもの幹線道路を避け、山沿いの旧道へとハンドルを切る。


交通量が少なく、

緩やかなカーブが続く、お気に入りのコースだ。


窓を少し開けると、

秋の冷たい風が、頬をなでた。


ラジオからは、落ち着いたジャズが流れている。


空は高く澄み、

対向車も、ほとんどいない。


完璧なドライブ日和だった。


ハンドル越しに、

道路の振動が心地よく伝わる。


エンジン音も静かで、

風の音だけが耳に残る。


「やっぱ、車はいいな……」


子どもの頃から、車が好きだった。


父の影響だ。


町工場で自動車部品を作っていた父は、

仕事の話をするとき、いつも目を輝かせていた。


「いいか、時雄。車っていうのはな、何千って部品が組み合わさって、できてるんだ」


「へえ」


「その一つ一つに、作った人の思いが込められてる。俺の部品も、誰かの車に使われてる」


「父さんの部品、どこに使われてるの?」


「エンジンの中だな。目には見えないけど、車を走らせる、大事な部品だ」


父は、誇らしげに笑った。


――あの笑顔を、最近は見ていない。


父は五十五歳になり、腰を悪くして工場を辞めた。


今は、小さな金物屋で働いている。


「腰がな……立ち仕事が、きつくなっちまって」


そう言う声は、どこか寂しそうだった。


もっと、話せばよかった。

もっと、会いに行けばよかった。


そんなことを考えながら、

ぼんやりと前方を見つめていた――そのときだった。


――ふわり。


空気が、急に柔らかくなった。


そんな感覚。


次の瞬間、

視界が、真っ白に染まった。


「……え?」


ハイビームかと思った。


だが、違う。


霧でもない。


世界そのものが、

白い光に包まれたようだった。


道路も、木々も、ガードレールも――

すべてが消える。


あるのは、ただ、光だけ。


「な、何だよ……!」


慌ててブレーキを踏む。


だが、車は静かに進み続けていた。


スピードメーターは、

時速六十キロのまま、微動だにしない。


心臓が、激しく脈打つ。

呼吸が浅くなる。


まるで、

別の次元に引き込まれていくような感覚。


時間の感覚も、おかしい。


一瞬なのか、

永遠なのか――分からない。


そして。


――唐突に、光が消えた。


視界が、戻る。


そこには、

見慣れたはずの旧道が広がっていた。


だが――どこか、違う。


説明できない違和感。


「……気のせい、か?」


自分に言い聞かせるように、つぶやく。


前を走る車を見る。


角張った車体。

丸いテールランプ。

見覚えのないエンブレム。


古い型の車だった。


しかも、一台だけじゃない。


対向車も、

後ろから来る車も――すべて古い。


まるで、

クラシックカーの展示会だ。


明らかに、時代を感じる車ばかり。


時計を見ると、

午後三時を少し過ぎていた。


嫌な予感が、背中を這い上がる。


俺は無意識に、アクセルを緩めていた。


***第二章 見知らぬ日常***


――落ち着け。

まずは、冷静になるんだ。


俺は深呼吸し、ハンドルを握り直した。


きっと、クラシックカーのイベントか何かだ。

たまたま古い車が多いだけ。

たまたま――そうに違いない。


……そう思いたかった。


だが、違和感は消えなかった。


街灯の形が違う。

電柱に貼られたポスターのデザインが古い。

看板の文字が、手書きだ。


「とりあえず……コンビニに行くか」


いつもの道を進む。


カーブを二つ曲がれば、

ファミリーマートがあるはずだった。


いつもコーヒーを買う、あの店だ。


緑色の看板が見えてくる――

はずだった。


だが、そこにあったのは、

小さな木造の店だった。


「……岡田商店?」


瓦屋根の平屋。

引き戸のガラス扉。


手書きの看板には、

『岡田商店』と墨で丁寧に書かれている。


まるで、昭和の映画に出てくるような店構えだ。


店の前には、

今とは違うデザインの古い自転車が、数台並んでいた。


荷台が大きく、ハンドルが高い。


サドルも革張りのような古いタイプで、

電動アシストなど付いていない。


ヘルメットも、ない。


「……冗談だろ」


車を停め、エンジンを切る。


辺りは静かで、

虫の声だけが響いていた。


セミではない。

秋の虫の、寂しげな鳴き声だ。


意を決し、扉を開けて中に入る。


カラカラ――。


懐かしいベルの音が鳴った。


自動ドアではない。

手で開ける、ガラスの引き戸。


店内には、見慣れない商品が並んでいた。


お菓子のパッケージは、

どれもシンプルで、色褪せている。


缶詰も、

今とはまるで違うデザインだ。


「いらっしゃい」


奥から、白髪交じりの男性が出てきた。


六十代後半くらいだろうか。


紺色の作務衣姿が、妙に似合っている。


「あ、どうも……」


視線を棚に移し、

あんぱんと缶コーヒーを探す。


――あった。


だが、やはりパッケージが違う。


シンプルで、レトロなデザイン。


手に取ると、

紙の手触りさえ、今とは違っていた。


「これと、これください」


レジに置くと、

店主は古いレジを打ち始める。


カチャン。

カチャン。


電子音ではない。

機械そのものの、懐かしい音だ。


「はい、百八十円ね」


俺は、反射的にスマホを取り出した。


「PayPayで……キャッシュレスで」


「……は?」


店主は、きょとんとした顔になる。


「ペイペイ? きゃっしゅ……何だい、それ?」


「あ……いや……」


(……現金だけか)


仕方なく財布を開き、

五百円玉を取り出した。


すると、店主は眉をひそめた。


「こんな硬貨、知らないなあ。五百円は札だろ?

 偽物じゃないだろうね?」


「え……いや、本物ですけど……」


「見たことないよ、こんなの」


店主は、五百円玉をまじまじと見つめている。


嫌な汗が、背中を伝った。


「あの……今って、何年ですか?」


「何年って……」


店主は、怪訝そうに首をかしげた。


「昭和五十八年だろ。

 一九八三年。どうかしたのかい?」


――頭が、真っ白になった。


一九八三年。


昭和五十八年。


四十三年前。


俺が生まれる、十二年前。


「……」


言葉が、出ない。


「お客さん、大丈夫かい?

 顔色、悪いよ」


「あ……すみません」


俺は慌てて百円玉を二枚取り出した。


店主は釣り銭を渡しながら言った。


「はい、二十円のお釣りね」


小銭の重さが、

やけにリアルに感じられた。


俺は、逃げるように店を出た。


***第三章 昭和の家***


車に戻り、缶コーヒーを開けようとした。


――開かない。


よく見ると、プルタブがない。


引き抜くタイプの蓋だった。


「……本物、かよ」


小さくつぶやき、指をかける。


パキン。


乾いた音とともに、蓋が外れた。


中身は、普通の甘い缶コーヒーだ。


だが――

どこか違う。


いつもより、甘くて、濃い。


懐かしいような味。


「……」


俺はハンドルに額をつけた。


「落ち着け……落ち着け……」


何度も、自分に言い聞かせる。


――現実を、受け入れろ。


何が起きたのかは分からない。


だが、状況証拠は、そろっている。


古い車。

古い店。

使えない五百円玉。

引き抜き式の缶コーヒー。


そして――


「昭和五十八年」


店主の言葉が、頭の中で反響する。


「……そうだ」


震える手で、ラジオのスイッチを入れた。


ザー……という雑音の向こうから、アナウンスが流れる。


『――では、昭和五十八年、秋のヒットランキング。

 第十位から発表します――』


演歌が流れ出した。


聞いたことのない曲。


だが、不思議と――懐かしい。


確かに、「昭和の匂い」がする。


やがて、ニュースに切り替わる。


『本日、十月十五日のニュースです。

 中曽根総理大臣は――』


「……中曽根」


歴史の授業で習った名前。


教科書の中の人物。


それが、今、ラジオから流れている。


――完全に、昭和だ。


「……一旦、実家に帰るか」


他に、行く場所はない。


俺は、アクセルを踏み、

実家の方向へ車を走らせた。


道は、覚えている。


この道をまっすぐ。

三つ目の信号を右。


そこから、五分ほど。


住宅街に入ると、

景色が微妙に違っていた。


配置は、同じだ。


だが――すべてが違う。


新しい……いや、違う。


この時代では「新しい」建物が、

俺の目には「古く」見える。


ブロック塀の色。

木製の門。

瓦屋根の家々。


すべてが、昭和の風景だった。


やがて――

実家に、たどり着く。


車を降り、表札を見る。


『太田原』


見慣れた苗字。


だが、なぜか胸が締めつけられる。


そこは、祖父母が建てた家だ。


子どもの頃、

何度も遊びに来た場所。


なのに――新しい。


建てられたばかりのように、見える。


外壁の色は鮮やかで、

庭の木々も、まだ若い。


「……ここだ」


俺は、門の前で立ち尽くした。


入るべきか。


――でも。


入って、何と言えばいい?


「未来から来ました」?


そんな話、信じてもらえるわけがない。


心臓が、早鐘を打つ。


しばらく迷った末、

俺は、意を決した。


インターホンに手を伸ばす。


ピンポーン――。


どこか懐かしいチャイムが、家の中に響いた。


***第四章 若き日の祖母***


しばらくして、玄関の扉が開いた。


「はい?」


現れたのは、若い女性だった。


エプロン姿。

肩までの黒髪。

穏やかな表情。


――祖母だ。


写真で見たことのある顔。


若い頃の祖母――千代。


だが、写真で見るのとは、まるで違う。


そこにいる。


生きて、息をして、

今、この瞬間を生きている。


肌の色。

声の響き。

仕草の一つひとつ。


すべてが――現実だ。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


「あの……道に迷ってしまって……」


とっさに、そう口にしていた。


千代は、少し困ったように眉を寄せる。


「道に……そうですか。

 大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど」


「ちょっと……疲れていて……。

 少し、休ませてもらえませんか」


千代は、俺の顔をじっと見つめた。


心配そうな目。

優しい目。


子どもの頃、

何度も見た、そのままの目だ。


「それは大変ですね。

 よかったら、中で休んでいきますか?」


「いえ、そこまでは……」


「遠慮しないでください。

 困ったときは、お互いさまですから」


そう言って、千代は微笑んだ。


その笑顔に、胸が詰まる。


彼女は、そっと身体を横にずらし、

俺を家の中へと招き入れた。


玄関を上がる。


木の床の感触。

足裏に伝わる、やわらかな温もり。


新しい畳の香り。


懐かしくて、

それでいて新鮮な匂い。


「こちらへ、どうぞ」


案内されたのは、六畳ほどの和室だった。


畳は、まだ青々としている。


張り替えたばかりなのだろう。


「ここで、少し休んでいてくださいね。

 お茶、入れますから」


「……ありがとうございます。本当に……」


千代は、台所へと消えていった。


俺は、そっと息を吐き、部屋を見回す。


押し入れ。

床の間。

山水画の掛け軸。


カチ、カチ……と音を刻む柱時計。


その音が、妙に大きく響く。


窓の外には、小さな庭。


柿の木が一本、

オレンジ色の実をつけている。


その向こうに見える、小さな物置。


――子どもの頃、よく遊んだ場所だ。


胸の奥が、熱くなる。


時計を見る。


午後三時五十分。


もうすぐ、四時。


小学生が、帰ってくる時間だ。


まさか――


***第五章 テレビと確信***


「お待たせしました」


千代が、湯呑みを盆に乗せて戻ってきた。


「どうぞ」


「……ありがとうございます」


湯気の立つ緑茶を受け取る。


一口、口に含む。


じんわりと、身体の芯まで温まった。


お茶の味も、どこか懐かしい。


少し渋くて、

それでいて、やさしい。


「少し、落ち着きましたか?」


「はい……本当に、助かりました」


「それは、よかったです。

 お仕事ですか?」


「ええ、まあ……」


「大変ですね。お若いのに」


そう言いながら、千代は部屋の隅へ向かった。


古いテレビの前に立ち、

電源を入れる。


「よかったら、テレビでも見ていてください。

 私、ちょっと台所で……」


「あ、はい。お構いなく」


――ブラウン管テレビ。


木製の台の上に、どっしりと鎮座している。


画面が明るくなるまで、

少し時間がかかった。


じわり、と光が広がり、

やがて映像が浮かび上がる。


昼のワイドショーだった。


司会者が、淡々とニュースを読み上げている。


画質は荒く、

色味も、わずかに褪せている。


だが――間違いなく、生放送だ。


『本日、昭和五十八年十月十五日、

 金曜日のニュースをお伝えします――』


「……」


十月十五日。


今日の日付。


――いや。


俺の時代では、

二〇二六年十月十五日のはずだ。


だが、ここは。


一九八三年十月十五日。


同じ日付。

同じ金曜日。


それなのに――

四十三年の隔たり。


胸の奥で、何かが崩れ落ちる。


もう、疑いようがなかった。


俺は――


過去に来ている。


四十三年前の、この日に。


テレビでは、当時のニュースが続いていた。


知らない政治家の名前。

知らない事件。

知らない企業名。


それなのに。


どれも、どこかで聞いた覚えがある。


歴史の教科書で。

資料集で。

年表で。


――夢じゃない。


現実だ。


柱時計を見る。


午後四時を、少し過ぎている。


カチ。

カチ。

カチ……。


時を刻む音が、

やけに大きく、胸に響いた。


そして――


***第六章 小さな父***


「ただいまー!」


午後四時半頃。


元気な声が、玄関から響いた。


――どくん。


俺の心臓が、大きく跳ねる。


この声。


知っている。


聞き慣れた――

何十年も聞き続けてきた声だ。


ランドセルを背負った男の子が、

勢いよく、部屋に飛び込んでくる。


俺は、息をのんだ。


……その顔。


間違えようがない。


何度も写真で見た。


アルバムの中の、

小さな父。


だが――違う。


写真じゃない。


生きている。

動いている。

笑っている。


そこにいる。


――父だ。


小学四年生の頃の、父親。


「あら、おかえり。手、洗った?」


「洗ったよー!

 ……あれ、誰? このおじさん」


父は、俺をじっと見つめた。


警戒と、好奇心が混ざった視線。


大きな瞳。

少し日焼けした頬。

汗で湿った前髪。


すべてが――現実だ。


「道に迷ったお客様よ。

 ほら、ご挨拶しなさい」


「……こんにちは」


ぎこちなく、頭を下げる。


ランドセルが、がたん、と音を立てた。


「こんにちは」


俺も、頭を下げる。


声が、震えそうになる。


――信じられない。


目の前にいるのは、父だ。


今の父は、五十五歳。


白髪が混じり、

腰を悪くし、

いつも疲れた顔をしている。


それなのに――


この少年は。


元気で。

目が輝いていて。

未来を、何も知らない。


まだ、傷ついていない。

まだ、諦めていない。


「ねえ、おじさん」


「……ん?」


「外に、変な車停まってたけど、

 あれ、おじさんの?」


「ああ……そうだけど」


「見てもいい?

 すっごい、カッコよかった!」


「こら、失礼でしょ」


千代がたしなめる。


だが、父の目は輝いたままだ。


――やっぱり。


この頃から、車が好きだったんだ。


「……いいよ。一緒に見に行こうか」


そう言って、俺は立ち上がった。


千代が、心配そうに俺を見る。


「大丈夫ですか?」


「はい。

 少し、外の空気を吸いたくて」


「そうですか……。

 じゃあ、行ってらっしゃい」


俺は、うなずいた。


そして――


小さな父と、並んで歩き出した。


***第七章 未来の車***


午後の光の中、父と二人で車の前に立った。

「うわあ……」 父は、目を丸くしている。

車の周りを、ぐるぐると回る。


「カッコいい……何これ、宇宙船みたい」

現代の車は、一九八三年の少年には未来の乗り物に見えるだろう。

流線型のボディ。 LEDヘッドライト。 エアロパーツ。 アルミホイール。


すべてが、この時代にはない。

「触ってもいい?」

「ああ」 父は、恐る恐るボディに触れた。


「つるつるしてる……」

「塗装が違うんだ。今の車より、ずっと滑らかに仕上げられてる」


「へえ……」


「乗ってみるか?」


「いいの!?」


「ああ」


ドアに触れると、電子キーが反応して開いた。


「うわっ!」 父が驚いて飛び上がった。


「鍵、開いてないのに!」

「これが鍵だよ」

電子キーを見せる。


「すげえ……ボタンだけじゃん。鍵穴は?」


「ないんだ。これをポケットに入れておくだけで、ドアが開く」


「魔法みたい……」

父は助手席に乗り込んだ。 シートに深く沈み込む。


「ふかふか……」


「シートベルト、締めて」


「これ? あ、飛行機みたいだね」

カチャリ、とシートベルトを締める。


エンジンをかける。

ボタン一つで、静かにエンジンが始動した。

「音、小さい……」


「今の車は、静かなんだ」


「エンジンかかってるの?」


「ああ。ほら」

アクセルを少し踏むと、エンジン音が高くなる。


「おお……」

そして、ナビゲーション画面が光った。


「うわっ! テレビついた!」

「これはテレビじゃなくて、地図だよ。動く地図」

画面には、現在地を示す矢印と道路の地図が表示されている。


「地図が……動いてる……すげえ」 父は、画面に顔を近づけた。

目を輝かせて、食い入るように見つめている。


その横顔が、愛おしかった。


ただ、画面はその後、エラーが表示された。

電波が届いてなかった。

「なあ」

「うん?」


「どこか、行きたい場所ある?」


父は少し考えてから、言った。

「……海」

「海?」


「うん。海、見たい。母ちゃんと一緒に行ったこと、あるんだ」

「そうか」

「でも、最近忙しくて、行ってない」

父の声が、少し寂しそうだった。


「よし、行こう」

「ほんと!?」

「ああ。海まで、ドライブだ」

父の顔が、ぱっと明るくなった。


*** 第八章 海への道***


車を走らせながら、父は窓の外を見たり、車内を観察したりしていた。


「これ、何?」


エアコンの吹き出し口を指差す。


「エアコンだよ。暖かい風も、冷たい風も出る」


「すげえ。冷たい風? クーラーみたいに?」


「そう」


「車にクーラーがあるの?」


「今の車には、みんなついてる」


「へえ……」


父は、ダッシュボードをまじまじと見つめていた。


「これ、ラジオ?」


「ああ。MP3プレイヤーも繋げられる」


「えむぴーすりー……?」


「小さな機械で、何百曲も入れられるんだ。カセットテープより、ずっと小さくて」


「何百曲!? うそ!」


「本当だよ」


父は不思議そうな顔をした。


「おじさん、この車、いくらするの?」


「ん? 三百五十万くらいかな」


「さんびゃくごじゅうまん!?」


父が大きな声を出した。


「そんなにするの?」


「今の車は、これくらいするんだ」


「すごい……おじさん、お金持ちなんだ」


「いや、ローンで買ったから……」


「ろーん?」


「借金して買うんだよ」


「へえ」


父は、少し考え込んだ。


「でも、いいなあ。ぼくも大人になったら、こういう車、乗りたいな」


「乗れるよ」


「ほんと?」


「ああ。お前なら、絶対乗れる」


父は嬉しそうに笑った。


やがて、海が見えてきた。


「あ! 海だ!」


父が窓を指差す。


青い海。


波が、キラキラと光っている。


「きれい……」


車を海沿いの駐車場に停めた。


「降りようか」


「うん!」


## 第九章 夕暮れの海


二人で堤防に座った。


波の音。


潮の香り。


カモメの鳴き声。


父は、じっと海を見つめていた。


「きれいだね」


「ああ」


しばらく、二人とも黙って海を見ていた。


秋の海は、穏やかだった。


波は静かで、遠くに船が一隻、浮かんでいる。


空は青く、雲が少しだけ流れている。


「ねえ、おじさん」


「ん?」


「おじさん、どこから来たの?」


「……遠いところ」


「どれくらい遠い?」


「すごく遠い。お前が想像できないくらい、遠い」


父は、俺の顔をじっと見た。


「……未来から?」ドキリとした。


心臓が、一瞬止まったような気がした。


「なんで、そう思った?」平静を装って、聞き返す。


父は、膝の上で手を組みながら、少し照れたように笑った。


「だってさ……」


「この車も、地図も、鍵も……全部、今のぼくの世界じゃありえないもん」


「……」


「それに、おじさん……」父は、ちらりと俺を見る。


「ぼくのこと、なんか……知ってるみたいだし」胸が、締めつけられた。


やっぱり、子供でも感じるものは感じる。


誤魔化しきれない。


「……なあ」俺は、海を見つめたまま、ゆっくり口を開いた。


「もしさ」


「うん?」


「本当に未来から来た人がいたら……どう思う?」


父は、少し考えた。波の音が、間に流れる。


やがて、ぽつりと言った。


「……すごいなって思う」


「すごい?」


「うん。だって、未来を生きてきたってことだろ?」


「……」


「つらいことも、楽しいことも、全部乗り越えてきたんだって思う」


その言葉が、胸に突き刺さった。


俺は、思わず苦笑する。


「……そうか」


「それにさ」


父は、にっと笑った。


「もし未来から来た人が、ぼくに会いに来てくれたなら……」


「うん」


「たぶん、うれしい」


「……どうして?」


「だって、気にかけてくれてるってことじゃん」


 


――もう、隠せなかった。


 


「……実はさ」


俺は、意を決して言った。


「俺は……未来から来た」


父は、一瞬きょとんとした。


「……え?」


「二〇二六年から来た。四十三年後の世界だ」


沈黙の時が流れた。


波の音だけが響く。


「……ほんと?」


「ああ」


「うそじゃない?」


「うそじゃない」


俺は、スマホを取り出した。


画面をつける。


写真。動画。時計表示。


未来の証拠だった。


父は、食い入るように見つめた。


「……なにこれ……」


「全部、未来の道具だ」しばらくして、父はぽつりと言った。


「……じゃあさ」


「うん?」


「おじさん……未来のぼく、知ってるの?」胸が、痛んだ。


「……知ってる」


「どんな人?」


俺は、少し迷ってから答えた。


「……真面目で、優しくて」


「でも、ちょっと無理しすぎる人だ」


「へえ……」


「家族のために、必死で働いて」


「自分のことは、後回しで」


父は、黙って聞いていた。


「……すごいな」


「すごいよ」


俺は、はっきり言った。


「俺にとって、一番尊敬してる人だ」


父の目が、潤んだ。


「……そっか」


「じゃあ、ぼく……ちゃんと大人になれるんだ」


「ああ」


「いいお父さんに?」


「なる」即答だった。


父は、照れくさそうに笑った。


「……へへ」

夕日が、海を赤く染めていく。


 「ねえ」父が言った。


「未来のぼく……幸せ?」


俺は、少しだけ考えそして、正直に答えた。


「……大変なことも多い」


「うん」


「でも、幸せだ」


「家族がいて、仕事があって……」


「何より、お前みたいな息子がいる」父は、目を丸くした。


「え!? ぼく、結婚できるの!?」


「できる」


「すげえ!」


二人で笑った。


 


やがて、空が暗くなり始めた。


「そろそろ、帰ろうか」


「うん……」


車に戻る途中、父が言った。


「……また、会える?」


俺は、答えられなかった。


分からなかったからだ。


 


帰り道。さっきと同じ旧道に入った時――


また、あの感覚が来た。


 


――ふわり。


白い光。視界が、溶けていく。


「……おじさん!?」


父の声。


遠ざかる。


「……父さん!」


叫んだ瞬間。


世界が、反転した。


 

――


 


気がつくと、俺は元の道を走っていた。


夜の旧道。


街灯。


現代の車。


ナビの画面。


時計は、二〇二六年十月十五日、午後七時二分。


まるで、何事もなかったように。


 


「……戻った……」


 

後日。俺は、実家に電話した。


父は、いつも通りの声だった。


でも――


少しだけ、違っていた。


 「なあ、時雄」


『ん?』


「最近さ、不思議な夢を見るんだ」


『夢?』


「小さい頃、知らないおじさんと、海に行った夢」


俺は、笑った。


「……それ、夢じゃないよ」


『え?』


「いつか、話す」窓の外を眺める。


秋の空。あの日と同じ空。


過去は変えられない。


でも――


確かに、つながっている。


 


俺と、父と。時を越えて。


 ――完――

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


この物語は、「親にちゃんと感謝を伝えられているだろうか」「もし若い頃の親に会えたら、何を話すだろうか」という思いから書き始めました。


普段は照れくさくて言えない言葉や、当たり前になってしまった存在の大切さは、失いかけて初めて気づくことが多いものです。


主人公が父と過ごした短い時間は、過去を変えるためではなく、自分の心を救うための時間だったのかもしれません。


この物語を通して、皆さんが大切な人の顔を思い浮かべたり、「ありがとう」と伝えてみようかな、と思っていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。


今後も、心に残る物語を書いていけるよう、精進していきます。


また別の作品でお会いできることを願って――。


ありがとうございました。

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