クリアした一人は、誰だったのか
第一章 ログイン
「最終階をクリアしたのは5年間で一人だけ」
「でも、4人パーティゲームなのに、なぜ一人だけ?」
「残りの3人はどうなったのか、誰も知らない」
この謎に興味を持った大輝が、そのゲームをダウンロードしたのは——
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大輝はスマホの画面を前に固まっていた。
画面には「選考結果のお知らせ」というメールが表示されている。本文を読み返す。
『この度は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。慎重に検討させていただきましたが、今回は見送らせていただくことになりました』
「おい……大輝?だーいーきーさーん!!」
「今はそっとしておいてやれって」
隣の席の田中が大輝の肩を叩きながら苦笑いを浮かべる。向かいに座る佐藤は心配そうに眉をひそめていた。
「最近マジでついてないな、大輝」
「俺なんて六社連続で落ちてるし、まだまだ頑張ろうぜ」
田中の励ましが胸に刺さる。みんな同じように就活で苦労してるのに、俺だけが特別不幸じゃない。分かってる。分かってるんだけど——。
「はは……マジかよ……」
乾いた笑いが漏れた。
「彼女にも振られちゃったし……」
「え?マジで?」田中が驚く。
「ちょっと待てよ、それはきつすぎだろ」
佐藤も眉をひそめる。田中の同情の眼差し。友達の優しい言葉に涙しそうになりながらも、現実は現実だ。あのお祈りメールも、彼女に振られたことも、どちらも事実。
「俺……何がダメなのかな……」
心配そうに見てくれる二人。同情されるくらいなら、内定でも持ってきてくれよ……なんて嫌なことを考えてしまう。友達は悪くないのに、嫌なことばかり頭の中でグルグルしてる。
「そうだ、大輝!このゲームやってみろよ」
田中がスマホを差し出した。
「ゲームなんてやる気分じゃないって……」
俺は恨めしそうに呟きながらも、画面を覗き込む。
『ランダム・ダイブ・ダンジョン』
シンプルな青いアイコンに、小さく「RDD」の文字。
「これ、今SNSでバズってるんだよ。落ち込んだ時にやると気持ちが楽になるって」
「ゲームで現実逃避って……どうなの」
「たまにはいいじゃん。無料だし、15分くらいで終わるしさ」
佐藤も頷く。
「俺も前にやったことある。なんか不思議なゲームなんだよな。やってると……懐かしい感じがするんだよね」
「懐かしいって?」
「うまく説明できないけど、やってみれば分かるよ」
「簡単。ランダムで選ばれた4人でダンジョンを攻略するだけ。10階層あって、最終階をクリアしたのは5年間で一人だけらしい」
「一人だけ?4人パーティなのに?」
「そこが謎なんだよ。残りの3人はどうなったのか、誰も知らない」
「みんなSNSで考察してるけど、答えは分からないまま」
佐藤が付け加える。
「でも、やった人に聞いても『どうでもよくなった』って言うんだよね。プレイしないと分からないって、みんな同じこと言う」
不思議な話だったけど、とりあえず何でもいいから、嫌なこと忘れたかった。そして、正直その謎も気になった。
「分かった、帰ったらやってみる」
「おお、そうしろそうしろ。きっと気分変わるよ」
佐藤も頷く。
「うん、俺もやった後はなんか心が軽くなったんだよね。謎の答えも、どうでもよくなっちゃうけど」
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アパートのドアを開けて中に入る。
「ただいま……」
誰も返事をしてくれない静寂。一人暮らしを始めて3年、まだ完全には慣れない。実家にいた頃は、母親が「おかえり」って言ってくれたのに。こんな時は特に寂しさが身に染みる。
冷蔵庫を開けてみるが、昨日の残り物しかない。夕食の準備をする気力もわかない。
「あー……だめだ、また暗いこと考えてる」
ソファに座り込んで、今日の友人たちの言葉を思い出す。田中と佐藤の優しさが心に染みる。でも、こうして一人になると、やっぱり落ち込んでしまう。
「そうだ、あのゲームやってみるか。夕食前に少しだけ」
スマホでアプリをダウンロード。あっという間にインストール完了。
アプリを起動すると、画面には静かな音楽と共に簡素なメニューが表示される。アバター作成画面では、髪型や服装を自由に変えられるようだった。俺は適当に茶髪の青年アバターを選んだ。現実の自分とは少し違うけど、なぜかしっくりくる感じがした。
「ダンジョンに入る」というボタンを押すと、画面が暗転し、やがて薄い光が差し込んできた。
気がつくと、俺は石造りの広間に立っていた。
自分の姿を見下ろすと、さっき選んだアバターになっている。現実より少し背が高く、髪型も違う。でも、違和感は全くなかった。まるで元々この姿だったかのように自然に馴染んでいた。
足元には冷たい石畳、頭上には見えない天井。どこからともなく差し込む柔らかな光が、空間全体を包んでいる。ここがどこか分からないはずなのに、なぜか落ち着く感覚があった。
「あ、4人目の人が来た」
振り返ると、三人の人影があった。まるで俺を待っていたかのように。
一人目は、落ち着いた雰囲気の女性。肩までの黒髪を後ろで束ね、理知的な印象を与える。彼女は微笑みながら手を振った。
「はじめまして。私はイチノ。よろしくお願いします」
二人目は、明るい茶色の髪をツインテールにした女性。人懐っこい笑顔で近づいてくる。
「よろしく!」ワネルが元気よく手を振る。「やっと揃ったね。今回はどんなダンジョンかな?楽しそう!」
三人目は、無口そうな青年だった。黒い髪に鋭い目つきをしているが、なぜか怖くない。小さく会釈をして名前を告げる。
「アノン」
俺は戸惑いながらも、自己紹介をした。
「大輝です。えっと、これがゲームの中なんですか?」
「そうそう!」ワネルが嬉しそうに答える。「このゲーム初めて?ランダムで選ばれた4人でダンジョンを攻略するのよ。10階層全部クリアできたら終了」
イチノが補足する。
「でも、最終階まで行った人はほとんどいないの。5年間で成功したのは一人だけって言われてる」
ルールは田中たちが言ってた通りだな。俺は頷いた。「でも、4人パーティなのに一人だけクリア、か……」
アノンが静かに答える。
「不思議だよね」
不思議な話だったけど、この3人といると妙に落ち着いた。初対面のはずなのに、なぜか懐かしい感じがする。そして、なんとなく分かる気がした。イチノは魔法が得意そうだし、ワネルは弓を使いそう。アノンは前衛で俺を守ってくれそうな感じがする。根拠はないんだけど、なぜか確信があった。
第二章 記憶の階層
広間の奥に石の扉があり、そこから階下への階段が続いている。イチノが振り返った。
「準備はいい?それじゃあ、行きましょう」
第1階層は、薄暗い石の回廊だった。
松明の明かりが壁に踊る影を作り、足音だけが静かに響く。4人は自然と隊列を組んで歩いていた。先頭がイチノ、続いてワネルとアノン、最後尾が俺。なぜかこの並びがしっくりくる。
「武器とかないんですか?」俺が尋ねると、ワネルが振り返る。
「大丈夫!戦闘になったら自然と使えるようになるから。不思議でしょ?」
実際、俺の腰には剣が下がっているのに気づく。いつの間に装備されたのか、記憶にない。触れてみると、手に馴染む感覚があった。
「慣れてる気がするんですが……」
「みんなそう言うの」イチノが微笑む。「初回でも、なぜか戦えるのよね」
予想通り、イチノは杖を持っていた。ワネルは弓、アノンは短剣。俺が直感で感じた通りだった。でも、なんで分かったんだろう?
回廊を進むうちに、最初の分岐点に差し掛かる。左右の通路は同じように見えるが、アノンが迷わず右を指差した。
「こっち」
「なんで分かるの?」俺が聞くと、アノンは少し困ったような顔をする。
「なんとなく」
ワネルが笑う。
「アノンはいつも道を間違えないの。方向音痴なのに不思議よね」
その時、前方から低いうなり声が聞こえてきた。角を曲がると、薄暗い広間に一匹の魔物がいる。狼のような姿をしているが、どこか人間めいた雰囲気があった。
「第1階層のボスね」イチノが杖を構える。「みんな、気をつけて」
戦闘が始まると、俺の体は自然に動いた。剣の扱い方を知っているかのように、魔物の攻撃を受け流し、反撃を加える。イチノの魔法、ワネルの弓、アノンの短剣——4人の連携は初対面とは思えないほど息が合っていた。
まるで何度も一緒に戦ったかのように。
魔物を倒すと、次の階層への階段が現れる。しかし、俺は倒れた魔物を見つめていた。
魔物の顔が、一瞬俺の現実の顔に見えた。アバターじゃない、本当の俺の。
「あの魔物……」
「どうしたの?」ワネルが振り返る。
「なんだか、自分に似ているような気がして」
イチノとアノンも振り返る。3人の表情には、同じような困惑があった。
「私も」イチノが小さくつぶやく。「なぜか見覚えがある」
「俺も……なんでだろう」アノンが眉をひそめる。
ワネルも頷く。
「うん。戦ってる時も、自分と戦ってるみたいで不思議だった」
4人は顔を見合わせた。なぜか、とても懐かしい気持ちになる。まるで、ずっと昔から知っている仲間のような——。
階層を進むにつれて、違和感は強くなった。
第3階層の魔物はイチノに似ていた。第4階層ではワネルに。第5階層ではアノンに。そして、俺たち4人はお互いを見つめ合いながら、ある確信を抱き始めた。
「ねえ」ワネルが震え声で言った。「私たち……本当に別々の人間なの?」
第三章 真実の扉
第7階層で、俺たちは立ち止まった。
そこにいたのは、4つの顔を持つ魔物だった。俺、イチノ、ワネル、アノン——すべての顔が曖昧に混ざり合い、でも確実に俺たち4人だった。
「これは……」
イチノが息を呑む。
魔物は攻撃してこなかった。ただ、そこに立って俺たちを見つめていた。まるで鏡のように。
静寂の中、俺は3人を改めて見つめた。
イチノの心配そうな表情。「大丈夫?」と気にかけてくれる優しい声。どこかで聞いたことがある。
「あなたも無理しちゃダメよ」
その口調……。
「お母さん?」
俺は思わずつぶやいた。イチノが振り返る。
「え?」
次にワネルを見た。明るくて、いつも俺を励まそうとしてくれる。
「大丈夫だって!きっとうまくいくよ!」
この楽観的な励まし方、人を元気づけようとする話し方——
「田中……」
「え?田中って誰?」ワネルが首をかしげる。
最後にアノン。無口だけど、いつも俺のことを気にかけてくれている。言葉は少ないけれど、確実に支えてくれる存在感。
「そばにいる」
その一言の重み。そっと寄り添ってくれる感じ——
「佐藤……」
俺の胸に、温かいものが込み上げてきた。
「俺……一人じゃなかったんだ」
涙が頬を伝う。
「お母さんの『おかえり』も、田中の励ましも、佐藤の優しさも……全部俺の中にあったんだ」
イチノ、ワネル、アノンが俺を見つめている。その瞳に、理解の光が宿った。
「そうか」イチノが微笑む。「私たちは……」
「君の大切な人たちだったんだね」ワネルが嬉しそうに言う。
「ずっと一緒」アノンが静かに頷く。
4つの顔を持つ魔物の姿が変わっていく。4つの顔が溶け合い、やがて俺の本当の顔になった。現実の大輝の顔に。
でも、もう寂しくなかった。
俺の中には、大切な人たちがいる。お母さんの愛情も、友人たちの優しさも、全部俺の一部として生きている。
「俺は……一人じゃない」
その瞬間、光が俺たちを包んだ。
第四章 また、会いに行く
気がつくと、俺は現実のアパートにいた。
スマホの画面を見ると、確かに15分ほどしか経っていない。でも、胸の中には深い満足感があった。
そして、不思議なことに——あの謎なんて、もうどうでもよくなっていた。
翌日、大学で田中が声をかけてきた。
「どうだった?あのゲーム」
「……面白かった」
俺は小さく微笑んだ。
「謎の答え、分かった?」
「ああ……でも」俺は首を振った。「もうどうでもいいや」
「だろ?」佐藤も安心したような顔をする。「みんなそう言うんだよな」
「うん。ありがとう、二人とも」
心の中で、俺はあの3人に感謝していた。イチノ、ワネル、アノン。俺の一部でありながら、確かに俺を支えてくれた存在たち。
その後、俺は無事に就職が決まった。新しい彼女もできた。でも、たまに落ち込むことはある。そんな時、俺はあのアプリを思い出す。
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それから3年が過ぎ、俺は社会人2年目になっていた。
今夜もそんな夜だった。
新しい職場でのストレス、上司との関係、一人暮らしの孤独感。大学時代とは違う種類の悩みが俺を押しつぶそうとしている。
スマホの画面に青いアイコンが現れる。『ランダム・ダイブ・ダンジョン』。
「久しぶりに、会いに行こうか」
俺は微笑みながらアプリを起動した。
画面が暗転し、やがて光が差し込む。見慣れた石造りの広間——でも、そこにいたのは見知らぬ3人だった。
「あ、4人目の人が来ましたね」
一人目は、落ち着いた声で話しかけてくる青年。短い黒髪に眼鏡をかけ、知的な印象を与える。
「テトラです。よろしくお願いします」
二人目は、元気よく手を振る赤い髪の女性。活発そうな笑顔で近づいてくる。
「ファイだよ!今回はどんな冒険になるかな?」
三人目は、銀髪をポニーテールにした女性。クールな表情だが、どこか温かみがある。
「ヘクサ。よろしく」
俺は戸惑いながらも、自己紹介をした。
「大輝です。えっと……」
初めて見る顔なのに、なぜかとても安心できた。イチノ、ワネル、アノンとは全然違う姿なのに、この安心感は何だろう?
「あれ、前に来たことありますよね?」ファイが首をかしげる。
「ええ、数年前に」
「そうなんですね。でも私たち、初めてお会いしますけど……なんだか安心します」テトラが微笑む。
「戦う時も、きっと息が合いそうな気がします」ヘクサが静かに言った。
そうだった。俺の心が変われば、現れる人たちも変わる。でも根本は同じ。みんな俺の一部で、だから初対面でも安心できるんだ。
「おかえり」
誰が言ったのか分からない。でも、3人の声が重なって聞こえた気がした。
俺は深く息を吸った。
「ただいま」
人は何度でも、自分に会いに行ける。それが、このダンジョンの本当の意味だった。
そして俺たちは、また新しい階層へと歩き出した。自分自身と向き合うために。自分を愛するために。
――― 完 ―――
運営開始から5年、最終階をクリアしたのは一人だけ。
それは、自分自身を受け入れることができた人。
残りの3人は消えたのではない。その人の心の中で、永遠に生き続けている。
そして、その答えを知った人は、もう誰がクリアしたかなんて気にならない。
大切なのは、自分が自分と出会えたということだから——。




