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3.遺書

R15作品です。人の死ぬ場面が登場しますので、苦手な方はどうぞお気をつけくださいませ。

(これまでの拙作でも割りと死人が出ていますが

申し訳なく思います)

アナイスは自分をこの世から消すことにした。


それが最も効果的な、ただひとつの解決策に思えたからだ。


破談になってから眠れない日々が続き、医師から睡眠薬を処方してもらっていた。

はじめの一回だけは飲んでみたが、それきりにしていたから薬はほぼ全部残っていた。


それをすべて飲んでも確実に死ねないかもしれない。

だからアナイスは、別の方法を考えた。

この国ではポピュラーな毒の実、まだ熟していない青いラドラの実をバルコニーから身を乗り出してその手で()いだ。


完熟した赤い実は咳止めの薬になるが、青い実は毒性が強く、子どもの頃から危険性を教え込まれるものだ。

小さな五弁の白い可憐な花からは想像できないが、童謡などにもラドラの青い実は食べてはいけないと歌われているぐらい誰もが知っていた。



心配と頭痛の種、苛立ちと怒りの元である私がいなくなれば、家族にも平和がやって来るのではないか······。


純潔証明書だってお金を積んで偽装する人だっているだろう。

だから、それさえも私の真の潔白を証明してくれるものではないのだ。

そんな証明書を見せたとしても疑い、嘘かもしれないと思う人、信じてはくれない人もいる筈だ。


私は一生、世間から好奇と疑いの目で見られ続けてしまうことだろう。


私が純潔であるよりも、純潔ではない方が話としてはより面白く、私が奇形である方が噂の種としては盛り上がるのだ。


アナイスはそんな人間の下世話な心理、残酷さに心底うんざりしていた。


人の心の醜さに果てはないのね。



私が消えたら喜ぶ人もいるのかもしれないけれど、私は他人の不幸を願い喜ぶ人達に(くさび)を打ち込みたいの。


決して抜けない、消えない楔を。


デマで私を陥れ辱しめた人達が私の死を知ったならば、その人達の過ちをその人達の魂に刻みつけたい······。



アナイスはラドラの艶やかな緑の実を奥歯で噛み砕いた。

口の中に渋さと甘苦さが広がった。



***



アナイスの遺体は翌朝起こしに来た侍女ミミによって発見された。



アナイスの父ゆずりの淡い金髪と優しげな若草色の瞳は、赤毛碧眼のミミにとっては憧れでもあった。


そんなミミは「私は美人じゃないから」というアナイスを、何を言っているのかといつも不思議に思っていた。


「お嬢様が不美人なら、世の中の令嬢はみな不美人ですよ」

「あら、私を持ち上げても、何も出ないわよ」

「本当ですってば」


ミミはアナイスが令嬢に人気のジャンルイの婚約者として周囲から浴びせられている心無い陰口を知っていた。

お嬢様は物凄い美人ではないけれど、それでも品の良い整った顔立ちは美しいものだと思える。

化粧などしてなくても、まだ十九歳という若さなのだから十分そのままで美しい。

ミミがはじめてこの伯爵家にやって来た時には、本当にそこに天使が立っているのではないかと思ったほどだ。

人柄の良さが内側からにじみ出るような、人をホッとさせる美しさがアナイスにはあった。


そんなミミの天使は二度と目を開けず「ミミ」と自分を呼んでくれることももうなかった。



『お父様、お母様、勝手なことをして申し訳ありません。私はこの世から消えようと思います。私の遺体は焼却し、その灰は全て川に流して下さい。私のための葬儀とお墓は必要ありません。どうか皆様、私のことは何もかも忘れて、二度と思い出さないで下さい。私は元々この家にはいなかった、この世に存在していなかったということになさって下さい。私の不名誉な噂から皆様が守られますことと、皆様の幸せを切に願っております』



家族宛の遺書にはそのように書かれていた。


「そんな、こんなの嘘です!」


ミミは絶叫した。


兄は天を仰ぎ、母はその場で卒倒した。


「······馬鹿な。これではお前の汚名をすすげないではないか!」


父は怒り混じりに涙した。


報せを受け嫁ぎ先から駆けつけた姉フロランスは、アナイスの遺体にすがりつきながら号泣した。



アナイスの遺体は遺言通り燃やされ、遺灰は小舟から花と一緒に海に撒かれた。

公式に葬儀はせず、墓碑も建てることはしなかった。


アナイスは辺境の修道院へ行ったということに表向きはなっている。


ミュルジェール伯爵家では、この日からアナイスという名は禁句になった。



それから半年後、留学先から帰国した兄の友人ジェルマンが何も知らずに伯爵家へ土産を持ってやって来た。


「アナイスはどこだい?結婚したとは聞いてないけど」


凍りついた家族に代わってミミが事情を説明した。


『もしジャンルイと結婚できなかったら、俺と結婚すればいいよ』


アナイスにそんな軽口を何度か叩いていたジェルマンは、悲痛な表情を浮かべた。


「アナイス、······俺は結構本気で言ってたんだよ。君が死ぬことなんか無かったのに」

「そうだと思っておりました」


ミミはジェルマンのアナイスへの想いに気がついていた。


「······なあ、エリック、アナイスを甦らせたくは無いか?」

「まさか、そんなことができるのか!?」

「秘技中の秘技だけどな」


ジェルマン·プロワー伯爵は魔塔の人間で、白魔術と黒魔術の両方に精通する逸材だった。

隣国の王族に蘇生魔術を施すために招かれたのだが、表向きは留学ということになっていた。

ジェルマンの母方は隣国王家の縁戚だったこともあり、隣国王家は自国の魔塔へ引き抜こうと必死だった。



「どうすればいいんだ?何か必要な条件でもあるのか?」

「遺灰か骨の一部が残っていさえすれば可能だよ」


ジェルマンは遺骨から隣国の三十代の王族を甦らせて来たばかりだ。


「それが······遺灰は海に撒いてしまったんだ」

「私、持っております!」

「!?」


ミミは遺灰を詰めた小瓶をネックレスにして持っていた。


「私も······」


アナイスの母も、同じように娘の遺灰を詰めた小瓶を持っていた。


「母上、いつの間に?!」

「お前達というやつは······」


伯爵は信じられないという面持ちで妻と侍女を代わる代わる見やった。


「あの子は私の大切な娘ですもの」

「お嬢様は私の命ですから」


ミミがアナイスのよすがとして遺灰を分けてもらうことを伯爵夫人に許可を得ようとした時、二人で一緒に泣きながら瓶に詰めたのだ。


「では、決まりですね?」

「ジェルマン君、よろしく頼む」

「お任せを」

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