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番外編 エリックと魔法使い

エリック·ミュルジェールの通う学園には魔法科があった。

魔法科は同じ敷地内に存在しているが、 普通科は蔦の絡まる古びた校舎であるのに対して、魔法科は水晶でできた尖塔という異質さだった。

登校する門や寮、食堂、サロン、制服も別々という、まるで別の学園という体をなして、ほぼ両者は交流もなく隔絶されていた。


それならば、なぜわざわざ同じ敷地に建てたのかと疑問に持つ者は多かったが、創立時は今とは全く違い交流は頻繁にあったという。


この国では魔法は廃れつつある。

隣国でもそれは同じで、そのため魔法使いや魔力持ちはより貴重な存在になっていた。


エリックは魔力持ちでは無いため、普通科に入学した。

エリックは学園に入学すると同時に、父から婚約者となる令嬢に引き合わされた。

この国の主だった貴族達は大抵学園に在籍する間に婚約者を決めるのが主流になっている。



「お兄様、お見合いをされたのですか?」


妹のアナイスは、先日嫁いだばかりの姉の結婚式の余韻からか、ウキウキしながら聞いて来た。


「ああ、そうだよ」

「どんな方でしたか?」

「普通の令嬢だよ」

「普通······」


妹のアナイスは、兄の言う「普通」は褒め言葉かもしれないと解釈した。照れ屋の兄の照れ隠しだと、 ちょっぴりおませな妹はなんとなくわかっていた。


「やっぱり!ふふふ」


その後婚約者の家族と顔合わせをすると、アナイスは満面の笑みを浮かべた。


「何がやっぱりなんだ?」

「お義姉様になる方はとてもお綺麗ですね」


色白で藍色の髪に青紫の瞳が印象的な美形だ。


「なっ···!」


エリックは照れに照れた。


相手の令嬢が好みのタイプど真ん中だったエリックはこの縁談に乗り気だったが、相手の令嬢はどこか不満気で素っ気なかった。

自分が令嬢の好みではないのだと察して、エリックは意気消沈した。


政略結婚とはいえ、好かれていない相手との婚約は気がすすまないものだ。

仕方がないと割り切るにはまだ彼は若かった。



「はあ···、クソッ」


エリックは昼休みになると、魔法科との境の生垣近くにあるベンチで時間をやり過ごすのが最近の習慣になっていた。

今日も苛立ちながらベンチに寝そべった。

令嬢も普通科の生徒だったこともあり、チラチラと令嬢の学友達からの不躾な視線に晒されることから逃げるためだった。


「そんなに俺が嫌なら、早く断ってくれたらいいのに!」


エリックは腹立ち紛れに生垣を拳で殴った。生垣から、小さな枯れ葉がパラパラと落ちた。


「何をそんなに荒れているんだ?少年」


生垣の向こうから、エリックを覗いていたのは、魔法科の制服らしきものを纏った少年だった。

フードから銀髪を覗かせ、菫色の瞳がこちらを見つめていた。


「······少年って、君だってまだ少年じゃないか!」

「ん? ああ、過去には···そうだったな」

「過去?何言ってるんだ?」


彼は自分と同じ歳ぐらいの少年にしか見えない。


「俺は生徒ではなくて特別講師だ。普段は魔塔にいると言えばわかるかな?」

「魔塔······、魔法使いか!?」

「まあ、俺もここの卒業生だ。卒業して三百年になるけどな」

「三···?!」


魔法使いはヒラリと生垣を乗り越えて、エリックの隣へ腰かけた。


「俺はジェルマン·プロワー伯爵だ。君は?」

「エ、エリック·ミュルジェール伯爵令息だ」

「それで、エリック少年、何が悩みなんだ?」

「少年呼びはやめてくれ!」


魔法使いが伯爵という爵位持ちなのには驚いたが、目上だからといって少年と呼ばれるのは我慢ならなかった。


「悩みを話してくれたら、エリックと呼ぶことにするよ」


同年代とは思えない落ち着き払った態度、どことなく飄々とした風情は、確かに見た目の若さとは別物なのかもしれない。


魔法科の生徒や魔法使いはクセの強い人間が多いと聞いたことはあるが、エリックは魔法使いと間近で会ったのはこれが初めてだった。


それにジェルマンは偉ぶることもなく、警戒心を抱かせるような奇異さはなかった。



「惚れ薬ならやらないぞ。あんな無粋なものはないからな。相手に薬を飲ませて無理矢理好かれて何が嬉しいのかさっぱりわからない」

「それは俺も同感。自然に好かれてこそだよね」

「自分に相手の好意を無理矢理向けさせる魔法は黒魔術、呪いに近い。自分にそんな黒魔術や呪いをかける相手なんかを愛せないだろう?」

「本当にそうだよね」


自分が惚れ薬を飲ますのも、飲まされるのもどちらも絶対に嫌だ。


エリックとジェルマンはすぐに意気投合した。


ジェルマンがエリックを気に入ったのは、彼が魔法使いだと知っても、頼ることをしなかったからだ。


多くの人間は、こちらが魔法使いだと知ると、都合良く利用しようとしたり、自力でやろうという努力を捨てて何でも魔法でしてもらおうと依存的になってしまうことが多いのだ。


そのためジェルマンは他者とはなるべく距離を置いてきた。


エリックはその点、利用も依存の心配もない、極めて健全な少年だった。



それからほぼ毎日生垣のベンチで落ち合った。

時にはジェルマンが普通科の生徒の変装をして食堂で一緒に昼食を食べたり、サロンで寛いだりするようになった。



二年が過ぎ、ジェルマンの特別講師の任期が終わる時が来た。


相変わらずエリックの婚約者の令嬢は素っ気ないが、今はもう気にならなかった。

なぜなら、このニ年で彼女がツンデレだと理解できたからだ。


ジェルマンの魔法具を借りて、彼女の本心を覗くこともできたが、エリックはそれを固辞した。

魔法や道具がなくちゃ相手の気持ちがいつもわからないなんて、そんなの虚しいじゃないかと。


ジェルマンはエリックのそういう姿勢を好ましく感じていた。


エリックは、率直なコミュニケーションをマメに取るように心がけ、自分の気持ちを婚約者に誤解されることをできるだけ防いだ。

その努力の甲斐あってか、ツンデレではあるものの、婚約関係はまだ続いている。



「ジェルマン、今度家に遊びに来てくれよ、妹を紹介するから」

「妹がいるのか、今何歳だ?」

「今年の夏に十三になる」

「······幼いな」

「まあ、少年の妹だからね」

「そりゃそうだ」


エリックと魔法使いの親交は生涯続いた。



(了)

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