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10.ジェルマン

「なにも、結婚式の日に思い出さなくても······」

「······ご、ごめんなさい」

「まあ、思い出してしまったものはしょうがないね」


ジェルマンは肩をすくめた。


アナイスが死んでからもう一年以上が経っていて、ジャンルイが既に別の女性と結婚したことも知っている。


アナイスの喪明けに結婚式を挙げたのは、ミュルジェール伯爵家の体面を考慮したものだ。

エリックの友人の結婚式に家族ぐるみで参加するのは不自然なことではない。

内輪だけでの式とパーティーだったから、社交界からもさほど注目もされてはいない。

元々ジェルマンは社交界には顔を出すことはあまり無い。そのため魔塔の人間として名前は知られてはいても、本人の姿をはっきり知っている貴族はそれ程いなかった。


「君が死んだのを知っている人はごくわずかだよ」

「でも、あれはまるで強烈な呪いみたいだと思って······」


アナイスは、いくら精神的に追い詰められていたとはいえ、あの時の自分はどうかしていたと、改めてゾッとした。


「仮にそいつらにこれから何か起きても、それは君の呪いじゃなくて、ただの自業自得、因果応報に過ぎないさ」


兄のエリックが不名誉極まる噂の出所を探って、シビル·クワトロ男爵夫人がどうやら怪しいというところまで突き止めた。


それはアナイスにはまだ伏せられていた。


「君は復讐したいわけではないんだよね?」

「はい、できれば」

「噂を流した犯人を知りたくはない?」

「······死ぬ直前は、あんなに許せないと思っていたのに、今が幸せ過ぎて······もうどうでもよくなってしまったのです」


アナイスは困ったような表情を浮かべた。


「それならば、もう忘れてしまえばいいよ」


ジェルマンはソファに座っていたアナイスを抱き上げた。


「ひゃっ···」

「今日は何の日かな?」

「······結婚式です」

「まだ終わっていないよ」


ジェルマンはアナイスの頬にキスをした。


「······!」


アナイスはハッとして、赤面した。


「三百歳越えの爺さんと結婚するのはどんな気分?」


ジェルマンは新婚用の装飾が施されたベッドに花嫁を横たえた。

ベッドに撒かれていた花がほのかに香った。


「爺···、ふふっ、そんなことは気になりませんよ」

「それなら良かった」

「ジェルマン様は今まで誰とも結婚したことはなかったのですか?」


それは今聞くことなのかとジェルマンは苦笑した。


「付き合った女性はいたけど、結婚まではしなかった。だから君が最初にして最後の妻だよ」


エリックと知り合いはじめて伯爵邸に招かれた時、まだ十二歳だったアナイスを一目見てジェルマンは息を呑んだ。


彼女は魔法使いか聖女なのではと思えるほどの強烈な眩いオーラを放っていたのだ。

なのにアナイスが魔力持ちでは無いと知り驚いた。

二度目に会った時には、なぜか今度は普通の人のオーラになっていたのも解せなかった。

今でもそれはよくわからない。


彼女を兄の友人として見守るうちに、 アナイスとならば家族になってみたいと次第に思うようになっていった。

ミュルジェール家の人達との交流で家族の良さを久々に味わったからなのかもしれない。


だがジェルマンは、長い時を生きる魔法使いの伴侶になることは、彼女にとって酷かもしれないと、それで二の足を踏んだ。

そうしているうちに彼女はジャンルイと婚約してしまった。


ジェルマンの元の家族や親戚達はとうにこの世にはおらず、幾世代も離れた血縁者はいても同じ時を共有しながら生きることができなかった。

百年経っても変わらずに若々しいままの彼の傍で、皆老いてこの世を去って行くのだから。


かつての婚約者ジャンルイは彼なりにアナイスを大切にしていたと思う。監視役をつけて護るほどには、彼女を独占したいという気持ちがあったのだろうから、結婚していれば案外上手くいったのかもしれない。


けれどジャンルイはアナイスを手放した。


彼がアナイスのことを手放していなければ自分の出る幕はなかっただろう。


偶然とはいえ、蘇生魔法を使う羽目になり自分の寿命が減ったことで、寿命の差を気にしなくても良くなったのは、ジェルマンにとってはまさに僥倖だった。



「魔法使いの妻だなんて、光栄です」


アナイスは顔を寄せて来たジェルマンの美しい銀の髪にそっと指先を伸ばした。




***



翌朝アナイスの父はまた涙した。アナイスが無事初夜を終え、娘の純潔が証明されたからだ。


「早く孫の顔を見せてくれ」

「あなた、急かし過ぎですわよ」


アナイスは純潔とかそうではないとかを異様に拘ったり気にされない、もっと女性が生きやすい世の中になって欲しいと心底願っている。


曾祖母達の時代は、ドレスももっと重量があり、他人に支えられないと一人で歩くのも容易ではなかった。

三人ほどで支えなければ重すぎて動けないなんてデザインもあったようだ。


ウィンプル(頭の装飾)も巨大で重たくて首も自由に動かせないような、まるでつっかえ棒で支えている舞台の道具や人形みたいで、衣服という名の拘束具、檻に閉じ込められているような、とても人としての扱いには思えないものだった。


そんな時代と比べたらまだマシではあるけれど、コルセットやパニエのいらない衣服が主流になればいいのに。


この時代の王侯貴族達の衣服は女性の美を追求しているとは思うのだけれど、あまりにも窮屈で動きにくいものだ。


アナイスは新しい衣服のデザイン、ドレス用の軽やかな生地の研究をしてみたいと思うようになった。

セレモニーで着るドレスはまだいいとして、女性が普段もっと活動的に動ける、そしてなるべく安価なものを開発できないだろうかと。


後に「アナベラ」というドレスメゾンをアナイスが立ち上げることになるのは、ジェルマンとの間に二児を産んでからだった。



アナイスが二人も子を産んだだけでなく、起業でも成功したことで、アナイスの父がとにかく御機嫌になったのは言うまでもない。

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