心に、ただいまを
春の夜、部屋の電気を消して、ふたりで毛布にくるまっていた。
テレビはついていたけど、音はほとんど聞こえてなかった。
代わりに、ひかりの心臓の音と、流星の静かな呼吸が重なっていた。
「ねぇ、流星」
「うん」
「あたしさ、自分が誰かにとって“負担”でしかないって、ずっと思ってた」
「……」
「生きてるだけで重い。迷惑。存在ごと消えられたら、誰かが少しラクになるんじゃないかって、よく思ってた」
「……俺も、思ってたよ。俺がいなけりゃ、母ちゃんも元嫁も楽だったって」
ふたりの言葉は、まるで合わせたように重なった。
壊れるほど寂しかった夜を、それぞれ違う場所で越えてきた。
だけど今だけは、隣に誰かがいる。
「でもさ、今はちょっとだけ違う。流星といると、ほんの少しだけ“必要とされてる”って思える」
「俺も、お前といると、“守りたい”って気持ちが自然に出てくる。……それ、今までなかった」
しばらくの沈黙。
だけど、それは苦痛じゃなくて、確かめ合うための時間だった。
「……ひかり」
「なに」
「俺、ホストやめようと思ってる」
「……え?」
「ずっと虚しかった。誰かに好かれてるフリして、金もらって、でも心はどんどん擦り減ってく。だけど今、お前がそばにいると、本当に“誰かと生きていたい”って思えるから」
「……」
「昼職探す。安定もしないし、すぐには稼げないかもしれない。でも、ちゃんと地に足つけて生きてみたい。お前と一緒に」
ひかりは、しばらく目を閉じていた。
心がざわつく。期待と不安と、希望と怖さが混じる。
「……もし、あたしがまた過去のことで揺れたり、突然黙り込んだり、泣いたりしても、嫌いにならない?」
「ならないよ。全部知ってるし、それでも一緒にいたいと思ったから」
「……じゃあ、あたしも言う」
「うん」
「高校卒業の資格、取りたい。……ゆっくりでいいから、ちゃんと、“未来”の準備を始めたい」
その言葉に、流星は本気で驚いた顔をしたあと、ポンとひかりの頭を撫でた。
「……まじで、泣きそうなんだけど」
「泣いたらバカにするからね」
「……でも、嬉しい。すげぇ、嬉しい」
ふたりはそのまま、毛布の中で手を繋いだ。
ぬくもりはまだ不器用で、ちょっと頼りなくて、でも確かに“信じよう”としていた。
それはもう、ただの居場所じゃない。
ふたりにとって、初めて“これから”を名乗れる場所になりかけていた。