深く潜って、光を探す
深夜2時。眠れない夜。
ひかりは突然「話したいことがある」と言い出した。
テレビの音を消し、ふたりはソファに並んで座る。
「流星さ、なんであの日“逃げた”の? 子どもとか、奥さんとか」
「……うん、聞く?」
「聞きたい。じゃないと、あたし、怖くて先に進めない」
流星は、少し間を置いてから、語り始めた。
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「22のときにデキ婚した。好きってより、“責任取れ”って感じで」
「うん」
「でも、子ども生まれて、最初は頑張ろうって思ったんだ。バイト掛け持ちして、眠れなくても働いて」
「えらいじゃん」
「だけどさ、ある日子どもが熱出して、救急車呼んで病院行ったんだ。診察料払えなくて、恥かいて。帰りにコンビニで立ち尽くして、ふと、“俺がいないほうがいいんじゃねぇか”って思った」
「……」
「そのまま帰らなかった。金もない、情けない、無能。俺の中の“自分”が、全部邪魔だった」
「逃げたのは、家族からじゃなくて、自分自身だったんだね」
「うん。いまだに、ちゃんと自分のこと嫌いだよ」
流星はうつむいた。
その言葉には、妙な清々しさと、自嘲が混じっていた。
ひかりは、しばらく黙ってから口を開いた。
「じゃあ、あたしも言うね」
「……うん」
「最初に“触られた”のは、小学4年のとき。夜中に部屋入ってきて、何も言わずに布団に入ってきた。何回も、何回も」
「……」
「朝になったら“夢見たのかな”って思うようにして。でも、次第に毎日になって、どんどん現実になって、身体が動かなくなった」
「……親は?」
「“被害妄想でしょ”って言われた。母親がね。そっちを選んだんだよ、男を」
言葉は静かだった。涙もない。
でも、あまりに深く、痛い。
「自分が悪いって思った。笑ったり、反抗したりしたから罰が当たったんだって」
「違う」
「わかってる。でも、心のどっかでまだ思っちゃう。汚れてるって」
「違うよ、ひかり」
「……信じたいけど、怖いよ」
流星は、そっとひかりの手を取った。
小さく震えていた。
「じゃあ、俺が信じる。ひかりが信じられないなら、俺が代わりに信じる。お前は汚れてない。壊れてない。守られるべきだった」
「……っ」
「お前の心に染みついてる“嘘”を、これから一緒に少しずつ書き換えていこう。焦らなくていい」
沈黙が落ちたあと、ひかりがかすれた声で言った。
「……そんなこと言うから、好きになるじゃん」
「好きになっていいよ。俺は、もう好きだから」
その夜、ふたりはずっと手を繋いでいた。
傷は消えない。でも、“痛みを知る人”に触れられたことで、少しだけ軽くなった。






