君の痛みに触れた日
数日後の夜。
あの日以来、ふたりは少し距離をとっていた。
話すけど、目はあまり合わない。笑うけど、心からじゃない。
けれど、ひかりは何も言わなかった。きっと、言えなかった。
流星の方は――ずっとモヤモヤしてた。
写真、女、子供。過去。全部、ひかりの中に影を落としてしまったこと。
だけどその日、たまたまひかりのスマホがテーブルに置きっぱなしになっていて、画面がついた。
「“お父さん”」という着信表示。
一瞬で、全身が凍った。
その後、ひかりが戻ってきた。
「あー……ごめん、ちょっとそれ、見た」
「……うん。わざとじゃないでしょ」
「うん。でも、あの“お父さん”ってさ……」
「血、つながってないよ。再婚相手」
「そっか……やっぱそうなんだ」
ひかりは、笑わずにうなずいた。
「小4のときから、ずっと触られてた。親に言っても、信じてもらえなかった」
「……」
「逃げても、また戻される。学校でも、なんか“おかしい子”ってバレてさ。いつの間にか全部、居場所なくなってた」
その声は、あまりにも静かで。
でも、痛みが深すぎて、逆にもう泣くこともできないようだった。
「流星。あたしさ、誰かに“好き”って言われたら、信じられないんだよ。そういう風に育ってないから」
「……じゃあ、俺が言っても、無理か?」
「……言ってみて」
一瞬、流星は言葉を詰まらせた。
だけど、初めて迷わずに言葉を選んだ。
「俺、ひかりのこと好きだよ。守りたいとか、癒したいとか、そういう“きれいごと”だけじゃなくて。ずるくても、怖くても、それでも一緒にいたいって思う。ダメかもしれないけど……でも、本気」
「……」
「俺、もう逃げないから。お前が逃げたくなったら、代わりに隠してやる。そのくらいの覚悟はある」
ひかりの目に、初めてぽろっと涙がこぼれた。
「……じゃあさ、もうちょっとだけ信じてみてもいい?」
「うん。信じてもらえるように、やるから」
その夜、ふたりは静かに抱きしめ合った。
触れるのが怖かった手が、ようやく互いを包んだ。
確変は来なかった。勝ちはなかった。
でも、あのとき心は、たしかに当たっていた。